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第百三十八話 掘り出し物/霧のルーン

 家に帰ってくると、みんな宴席の熱気が冷めやらぬようで、部屋に戻って話の続きをしたり、疲れた人は休んだりと、それぞれの行動を取る。


「なりゆきで寄らせてもらってしまったけど、え、ええんかな……?」


 『フォーシーズンズ』の四人も、まだ帰るのが惜しいからということで俺たちの宿舎にやってきている。


「うーん……だめ、かじっちゃ……アトベさん、それはビート板です……」


 俺はスイミングスクールの子供ではないので、そんなものはかじらないが――リョーコさんはどうやら不思議な夢を見ているようだ。


「すみません先生、急にお邪魔しちゃって……」

「リョーコは皆さんが六番区に行くまで会えないかもしれないと思っていたので、呼んでいただいて凄く嬉しかったみたいです」

「そんなん言って、顔には出さへんけどアンナもめっちゃ嬉しいんやからね。もちろんうちもやけど」

「俺も楽しかったよ。リョーコさんの気持ちは分かる……俺も強いやつを飲んで、ちょっとクラクラしてるからな」


 酔うと少し気が大きくなる感覚はあるので、自重しなくてはと思う。とは言っても、世間並みの酔い方だろう。


「カエデちゃんたち、リョーコさんをベッドで寝かせてあげませんか? 私たち、まだ寝ないのでベッドは空いてますよー」

「いいの? あたしたち、そんなに長居しちゃいけないと思ってたんだけど……」

「二階までリョーコ姉を運ぶのも大変やなぁ……アリヒト兄さんは、ミサキちゃんをおんぶしてきたばっかりやし」

「ははは……いや、だいぶ酔いも覚めてきた。ソファよりはゆっくり休めるだろうし、俺で良ければ運ぶよ」


 『支援回復』の効果で時間をかければ『酩酊』が治るようなので、リョーコさんもかなり回復しているのではないだろうか。『アザーアシスト』を使ったことで俺自身は疲労感もあるのだが、一晩寝れば回復するだろう。


 ◆◇◆


 今日中に掘り出し物を見て、購入するかどうかを決めておかないといけない。出かける前も風呂に入っていた皆だが、また入りたいというメンバーが何人か連れ立って浴室に向かった――マドカは掘り出し物のことを覚えていて、風呂に入る前に俺のところにやってくる。


「お兄さん、お疲れ様です。あの、お話していた掘り出し物のことなんですが……」

「ああ、俺も声をかけようと思ってたんだ。どんな品物があるのか、見せてくれるか」

「はい、あの、まだこちらからお願いしているような品物は入荷していないんですが……あっ……!」

「どうした? 掘り出し物だし、早いもの勝ちで買われちゃったか」

「い、いえ……お願いしていたものが一つ、夕食の時間に入荷していました。お兄さんにプレゼントしたいなと思って……」


 マドカがおずおずとライセンスを見せてくれる。何か恥ずかしがっている様子だが――その理由は、表示されている品物を見て分かった。


 ◆掘り出し物入荷リスト◆


 ・シルク・ネクタイ+1

 ・ライトレザー・ボディスーツ+3

 ・静音のブレスレット+1

 ・★修道士のアンク


「ネクタイ……これ、俺のために探しておいてくれたのか?」


 聞いてみると、マドカはターバンを引っ張って顔を隠そうとする――もちろん隠せないのだが、耳まで真っ赤になっている。


「……勝手にこんなものを買おうとして、駄目ですよね、相談もしないで」

「い、いや……正直言って、凄く嬉しい。そうか、ネクタイか……少しでも装備としての効果があると、確かにありがたいな」

「は、はい。こういったものがあるっていうことは、お兄さん以外にもスーツ姿の人がいるんでしょうか?」


 経緯は分からないが、『シルク・ネクタイ+1』には防御力上昇の効果がついていたので、今のネクタイよりは探索向きだろう。どんなネクタイなのかは絵が添付されているが、身につけるには全く支障なさそうだ。


「……あっ、出品者がルカさんになってます。夕食会の後に出品してくださったんでしょうか?」

「そういうところを見られてたのか……服のことになると、あの人はやっぱりプロなんだな」


 顔を合わせて売ってくれても良さそうなものだが、あえてこの形を取ったのは、マドカのことを考えてだろうか――いずれにせよ、値段も金貨十五枚と手頃なので、即決で購入させてもらう。


 他の品揃えを見ると、やはり黒い箱から出てくるような装備はなかなか出品されないようだ。しかし、一つだけ星付きの装備がある――何か訳ありなのだろうか。


「一つずつ見ていくか……ボディスーツ? これはどういうものだったっけ」


 ◆ライトレザー・ボディスーツ+3◆

 ・『物理防御』が少し向上する。

 ・『魔法防御』が少し向上する。

 ・『敏捷性』が少し向上する。

 ・組み合わせによって性能が上昇する。


「ん……け、結構際どいデザインというか、これは……」


 七番区にいるうちに手に入らないと後で手に入れるのは難しくなるとセレスさんが言っていたが、これは『奇術師装備セット』の一つではないだろうか。


「あ、あの……すみません、組み合わせで強くなる装備だというお話だったので、全部揃ったらいいなと思って要望を出していました。七番区の古着屋さんにあったみたいです、その、形が形なので、買われないで残っちゃってたみたいです」


 シルクハット、ボディスーツ、黒いタイツ――五十嵐さんが遠慮していたのも分かる、なかなかコメントに困る組み合わせだ。


「ミサキさんのマントもセットの中に入っていたので、これで四つ揃いました。四つ以上で組み合わせ効果が発動するそうです」

「そういうことなら、一度ミサキに試してもらった方がいいか……いや、このボディスーツはさすがに、性能を重視しても身につけるのは厳しいか」

「お兄ちゃーん、マドカちゃーん?」

「っ……ミ、ミサキさん、びっくりしましたっ……!」


 ぬっ、とミサキがソファの後ろから顔を出す。掘り出し物に集中していたとはいえ、全く気づかれずに背後に回るとは、なかなか気配を消すのが上手い。


「人がお風呂に入ってるうちに噂話なんて、ドキドキしちゃうじゃないですかー……これが掘り出し物ですか? 掘り出し物って響きだけでワクワクしますよねー……ん、んー?」


 ミサキはライセンスに表示されているボディスーツの絵面を見て、何やら喉を鳴らす。


「……これってボディコンって言うんじゃなかったです?」

「ま、まあ今はそういう言い方はしないけどな。迷宮国じゃ通じないだろうし」

「そ、そんな冷静に言ってますけど、通じるとか通じないとかじゃなくて、こ、こんなの着て歩いてたら自分に自信がありすぎるみたいじゃないですかー! もう怒りましたよ、キョウカお姉さんの着替えを隠して、ボディスーツに入れ替えてきます!」

「お、落ち着け。ミサキ、これは組み合わせの装備なんだ。強制はしないが、いい効果が発揮されるようなら、誰かが装備してもいいと思う」

「ミサキさんには似合うと思います、もう組み合わせの一つのマントを着けていて、すごく似合ってますし……」

「そういうこと言うお口は……はぁ~、マドカちゃんには怒れないですよね。しょうがないですね、お兄ちゃんがそこまで言うのなら、一度は試着してあげますよ」

「無理はしなくていいからな。ただ、必要そうな場合は改めて装備してもらうように頼むかもしれない」

「ま、まあお兄ちゃんがそこまで言うなら? 絶対駄目とまでは言いませんが?」


 何かミサキが勿体つけているうちに、風呂からエリーティアとスズナが上がってきて、こちらにやってきた。


「何を遊んでるの、ミサキ……アリヒトが困ってるでしょ」

「……ミサキちゃん、何を見てたんですか? ……あっ……」


 スズナにもボディスーツは過激な装備に見えるようで、顔を赤くして引いてしまう。


「……必要なときは、恥ずかしがらずに装備することは大切だと思います」

「必要なら装備しますよ、させていただきますけど? そんなこと言ってるとスズちゃんの巫女さん衣装も、透明な素材をふんだんに使って透け透けになっちゃうんだからね」

「っ……セレスさんとシュタイナーさんは、きっと配慮してくれるから……そうですよね……?」

「ま、まあそうだな……あまり身構えないでもいいんじゃないか」


 あの二人だからこそ侮れないという気もするが、装備できないようなデザインに改造することはないだろう。その辺りは全幅の信頼を置ける人たちだ。


「この装備の組み合わせ効果は届き次第試すとして、次は……『静音のブレスレット』か」


 ◆静音のブレスレット+1◆

 ・行動によって生じる音を低減し、発見されにくくなる。

 ・敵に気づかれていない時に発動する技能が強化される。


「これはテレジアかメリッサだと、技能と合わせて生かせそうだな……テレジアはもう腕輪を一つ付けてるから、『待ち伏せ』が使えるメリッサに……ど、どうした?」


 この場にいる四人全員が、『静音のブレスレット』の名前を聞いた途端に何か驚いたような、慌てているような反応をする。


「そ、そうね……アリヒトが、有効に使えるメンバーに渡してあげて」

「そ、そうですよねー、私たちも欲しいなんてそんなこと思ってないですよ?」

「エリーティアさん、ミサキちゃん、そんな顔したら、アリヒトさんに……」

「スズナ、この装備が何か気になるのか?」

「あっ、いえいえ、何でもないです、こっちの話ですから……そ、それじゃお兄ちゃん、お休みなさーい!」


 三人が連れ立って二階に上がっていく。マドカを見やるとやはり慌てているが、とりあえず最後の掘り出し物について確認しておかなければ。


 ◆★修道士のアンク◆

 ・他者に対して体力・魔力の回復行動を行ったとき、自分の魔力が少し回復する。

 ・技能使用時に魔力が不足しているとき、代わりに体力を消費する。

 ・致死的な打撃を受けたとき、低確率で体力をわずかに残して耐える。

 ・『瀕死』状態になったとき、追加経験を得る。


 アンクというのは、チャームと同じで持っているだけで効果を発揮する補助的な装備品らしい。


「……使い所がありそうなのに、どうして売りに出されたんだろうな」

「迷宮の攻略に失敗してしまったので、立て直しの資金が必要になったそうです。星付きなので出品価格も高めですし、私たちの提示した予算を見て購入権が回ってきました」


 購入するかどうかは別として、出せる金額自体は高くしておくと選択肢が増えると思うのだが、ひとまずマドカには金貨二千枚を上限にしてもらっておいた。


 このアンクは金貨千五百枚――効果を考えると、決して高くはないと思う。


(俺の『支援回復』が発動するたびに、魔力が回復する。魔力切れでガス欠になることは滅多になくなりそうだな……)


 致死的な打撃を耐えるというのは、確率で発生する効果である以上は安易に期待できるものではないが、『フォーチュンロール』を使うと確実に一度攻撃を耐えられるという性能に変わることになる。


「よし、これも買うことにしよう。注文したら、届くのはいつくらいになる?」

「翌日には届けられます、同じ区にある商品なので。独り占めになってしまわないように、『掘り出し物』は区ごとに出回る商品が違って、購入権も均等に割り振られます。『商人』やお店の人でないと『掘り出し物』の技能がないので、買える人は限られているんですけど」


 そういうことなら、リストの全てを購入すること自体に問題はなさそうだ。商人組合は不公平のないよう、探索者をサポートしようと制度を考えてくれている――そのことに、改めて感謝したいと思った。


 ◆◇◆


 金貨二千九十五枚、それが今回支払った金額だ。現状の残額は金貨二万八千枚ほどになるが、場合によってはこの金額も決して余裕があるわけではない気がしてくる。


 『黒い箱』から貨幣を大量に獲得できる前提で動くのではなく、計画性は重要だろう。マドカから渡された出納帳を見て俺は考える――食費が得られる収入に比べて安価で、光熱費などのインフラ費用がギルド宿舎で賄われているため、日々の出費をさほど意識しなくていいのは助かるところだ。


「…………」

「え、えーと……そうだよな、風呂に入らないというのは気になるか」


 テレジアがこのまま寝るのかというようにこちらを見る。確かに俺も酒を飲んだあとは身体が熱くなるので、さっぱりしておきたい気持ちはある。


 浴室に向かうと、テレジアがぴったり後ろからついてくる。逃がすまいとしているかのようだ――俺が彼女と入るのを遠慮しているのは、さすがに分かっているらしい。


 いつものようにテレジアに背を向けたままで服を脱ぎ、彼女が入ったことを確認してから浴室に足を踏み入れる――すると。


「……ん?」


 浴室の中はやけに湯気が濃く、足元に何か文字が浮かび上がっている。その中でも、浴室が広いとはいえ、無視できない大きさの甲冑が隅に鎮座しており、俺は思わず声を出しそうになった。


「ご主人様もこんなことしてたら、いつか本気でアトベ様に怒られちゃうよ……?」


 シュタイナーさんの声――鎧の中で反響しているような声ではなく、湯気の向こうから聞こえてくる。


「……日頃からテレジアと入っておるのなら、さして問題はあるまい。久しぶりに迷宮で力を使ったからの……制約が緩くなっておったようじゃ」

「っ……セ、セレスさん、すみません、誰も入っていないのかと……テレジア、俺は一旦外に出るから……っ」


 外に出ようとしたとき、湯気の向こうでざば、と水音を立てて、見たことのないシルエットの誰かが立ち上がった。


 そこにいるのはセレスさんのはずだが、セレスさんより背が高い――そして声自体も、何か大人びて聞こえる。浴室だから反響しているとか、そういうことではない。


「お主は何も気にすることはない。これがルーンの力ということじゃ……決して後ろを向くでないぞ。テレジア、お主はいつもどのようにしてアリヒトと入浴しておるのじゃ」

「…………」


 端的すぎて推測するにも心もとないが、セレスさんは『ルーンメーカー』としての技能を使ってまで風呂の湯気を濃くし、俺に気付かれないように浴室に招き入れたということのようだった。


「……キョウカとルイーザが、皆が風呂に入り始めてから何かそわそわとしておってな。事情を聞いてみれば、アリヒトもなかなか肝が座っておるではないか。パーティメンバーとの裸の付き合いなど、できぬ性格じゃと思っておったが」

「お、俺は……その、裸の付き合いというほどのことはしてませんが……」

「それゆえ、こうしてわしらがここにおるというわけじゃな。シュタイナーは鎧を洗わなくてはならなくてのう、錆はルーンで防げるのじゃが、ずっと着たままでは問題がある」

「そ、それは言わないでください、ご主人様……我輩は湯船から出ないからね」

「全く腰が引けておるのう、いつも女は度胸じゃと言っておろうが。のう、アリヒト。お主は自分を引っ張ってくれるような相手の方が合っておるのではないか?」

「た、確かにそういう面もあるかもしれませんが……」


 話しかけられながら背中を流される――やはりセレスさんの背格好が、大人とは言わないまでも、いつもより大きくなっている。


「わしの姿については気にするな、年齢相応にはまだ遠かろう。こんな娘の姿でよければ、見てもらっても構わぬが……特に減るものでもない」


 セレスさんからすると、俺などまだ若輩もいいところで、百十五歳から見た二十九歳というのは、もしかしなくても少年の扱いなのかもしれない。だが、俺の意識としては一人前の大人でありたい――やはり振り向くことはできない。鏡に映っているセレスさんの姿も直視すべきではない。


「……律儀じゃのう。お主のパーティの娘らが、お主を慕う理由が分かる。そういった態度を見て、女がどう思うか理解しておるか?」


 それについて俺は何も答えてはならないし、勝手な想像をするのも、皆に対してのルール違反というものだ。


「まあ、ルイーザとキョウカには許可を取っておいたからの。彼女らがいいというのなら、わしがお主の背中を流しても問題はなかろう。ご苦労であったな、アリヒト」


 つまり二人は、セレスさんがここにいることを知っているわけで――もしかしなくても、テレジアがいるので変なことにはならないという信頼感があるのかもしれない。


「…………」

「霧はリザードマンの肌には相性が良いのかのう、つやつやとして……若いというのはうらやましいことじゃ。肌が水を弾いておるぞ」

「ご主人様、ゆっくりしてたらアトベ様が風邪を引いちゃうよ」

「ほほう……良いのか? 洗い終わったら、シュタイナー、お主のおる湯船にアリヒトが入っていくことになるぞ」

「っ……そ、それはちょっと……我輩、潜水できる技能があるから大丈夫なんだけど、いくらなんでものぼせちゃうよ」


 シュタイナーさんは鎧のままで水に落ちても大丈夫という、転ばぬ先の杖のような技能を持っているとのことだった。


 結局風呂で一緒になってもシュタイナーさんの姿を見ることはなく、セレスさんの姿もまともに見ないまま、二人が先に上がってくれた。


「…………」


 二人きりになったあと、テレジアの背中を流し始めて思う。彼女の尻尾を洗うところを二人に見られなくてよかったと。

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