第百二十四話 必殺の大鎌
元が巨大な甲虫の甲殻を利用したものとは思えないほど、金属を使って盾として加工を施されたそれは、洗練された美しさを持っていた。
「このような盾を、七番区で入手されているとは……これは、『名前つき』の素材を使用されたのですか?」
「はい、『牧羊神の寝床』という迷宮で遭遇した魔物の素材を使って、『ミストラル工房』の職人さんたちに加工してもらいました」
セラフィナさんは俺たちに一言断ってから、彼女がいつも使っている大盾を壁に立てかけ、『鏡甲の大盾』を両手で持ち上げてみせる。
◆★鏡甲の大盾◆
・物理攻撃の被害を軽減する。
・魔法攻撃の被害を軽減する。
・盾を使用する技能を発動したとき、魔法防御力が大きく上昇する。
・魔法攻撃を反射することがある。威力は小さくなる。
・息攻撃を反射することがある。威力は小さくなる。
・『怒涛の進撃』の技能を使うことができる。
盾としての性能もさることながら、『背反の甲蟲』の特性だろう、敵を追い詰めるための移動系技能も発動することができる。
しかし、セラフィナさんは使ってくれるかどうかが重要だ。今までの盾のほうがいいということも往々にしてあるだろう――と思ったのだが。
「『大盾』は、使える職の人がそんなに多くないし、大きな素材が必要だから入手機会も限られているのよね……セラフィナが使っている盾も、とても貴重なものだと思うんだけど」
「八番区では、入門用の木製などの大盾が売られてはいます。しかし私も、六番区に上がるときまで盾の更新ができず、かなりの苦戦を強いられました。仲間と協力することで、辛うじて八方塞がりにはならなかったのですが」
セラフィナさんもギルドセイバーになるまで、探索者として活動していた。以前のパーティはどうしているのかが気になるが、今は時間も限られているので聞かずにおく。
「セラフィナさん、その盾は使えそうでしょうか」
「はい、私が持っている盾よりは物理防御が少し落ちますが、それは技能で補うことができると思います。『シールドパリィ』は成功さえすればほとんど被害を受けなくなりますので……ですが、よろしいのですか? これほど貴重な盾を貸し出していただくなど……」
「これも、作戦の一環です。セラフィナさんが対応できる攻撃が増えれば、それだけ被害は減ることになります。『盾役』と言われる役割の人が、ケガをしていいわけではないですから」
「……ありがとうございます。この盾に賭けて、必ず与えられた役割を果たしてみせます」
セラフィナさんが装備を交換し、彼女が使っている『震える塔の盾+3』を倉庫に預けておく。運用の負担を軽減する『筋力上昇』の効果を持つ盾だが、重量が非常に重いため、『鏡甲の大盾』と扱いやすさは変わらないらしい。
「『シールドスラム』などの威力は下がりますが、私に求められる役割は『受け』を起点としてチャンスを作ることかと思いますので、問題はないかと考えます」
俺が事前に考えていたことと近いことを言われて、もう何も言うべきことがない――彼女と一緒に戦ってすでに分かっていることだが、パーティに加わって即座に活躍してくれるというのは、頼りになることこの上ない。
「後部くん、敵に物理と魔法のどちらが効く状態かを見極めて、適切な攻撃をするのよね。可能な限り、確実にできた方がいいと思うんだけど……」
「そうね……それと、『クリエイトゴーレム』の対策をしておかないと。放置しているうちに、勝手に召喚系の技能を使い続けたりしていないといいけど」
「『名前つき』の中には、標的がいなければ敵対活動をしない魔物がいます。『巨大蟹』は、私たちが撤退したところで追跡をやめ、姿を消していました。おそらく、標的が近づかなければ再度出現することはないでしょう」
砂浜が『サンドシザーズ』で埋め尽くされている光景はぞっとしないが、セラフィナさんの言う通りならその危険性はない。
しかし、エリーティアの親友が捕まったという『赫灼たる猿候』は、捕らえた探索者を従えて今も迷宮の中で活動している――知能が高く強力な魔物は、一度撤退したパーティを迎え撃つために、人間と同じように策を使ってくる可能性は高い。
「『巨大蟹』は、戦いが始まればいずれ『クリエイトゴーレム』で仲間を増やすだろう。それと、あの砂浜は『同盟』が狩った蟹の遺骸が至るところにある……昨日までに狩られた蟹は素材として持ち帰ったんだろうが、今日の分は残されている。『ネクロブレイク』には気をつけないといけない」
「『ゴーストシザーズ』が狩られた数は、百体ではきかないでしょうしね……『クリエイトゴーレム』を使うには『ゴーストシザーズ』の魂が必要だけど、ほとんど無制限だと考えていいわ。数を増やしすぎる前に、短期で決着をつけないと」
「一回も召喚させないくらいが理想だが、そうはいかないだろうな……そうすると『ファントムドリフト』を使われて、俺たち後衛が狙われるリスクが出てくる」
『巨大蟹』の動きは普段こそ速くはなく、攻撃時にも予備動作がある。しかし『ファントムドリフト』を発動した後は、長い足を高速で動かして、曲がる時もドリフトのように砂を巻き上げて失速がほとんどなくなる。
しかし、でたらめな動きだと弱音を言っては戦いにならない。エリーティア、五十嵐さん、テレジアは回避手段を持っているが、俺とミサキ、スズナ、メリッサはそういった手段を持たない――そこで、考えられる対策が一つある。
「デミハーピィ……アリヒト、そういうことね」
「ああ。それと、砂地でも速く動けるメンバーはシオンがいる。元から動きが速いが、シオンは防具に『速度上昇』の効果がついているから、足場の悪さが関係なくなってるみたいだ」
「バウッ」
『ハウンド・レザーベスト』を強化したことが、土壇場で効いてくる――他の装備も、自覚せず効果が出ているということはあるだろう。
「……リーダー、私が敵のどこかを破壊する役目を担当するなら、速く動けた方がいい。シオンに乗って移動できるといいと思う」
「あっ、メリッサさんがお兄ちゃんのことリーダーって呼んでる。リーダー、作戦を実行する前にお花を摘みに行ってもいいですか?」
「それは後でだな……重要だが、緊張感を削ぐ発言はほどほどに頼む」
迷宮の中ではほとんどそういう話は出てこないが、みんな言わないようにしているだけだろうか――と、それはまた後で気にするべきことだ。
メリッサはシオンに騎乗することで『ライドオンウルフ』という技能を使っていたし、コンビネーションについては問題ない。彼女に担ってもらう役割を考えると、デミハーピィより瞬発力のあるシオンと組んでもらうのが最適だ。
「俺たちは『デミハーピィ』の力を借りて、敵の攻撃が届かないような位置取りをする。空への攻撃に対しては……」
「『バブルレーザー』は、私が『プロヴォーク』を使って敵対度を上げ、地上に注意を向けさせることで、使用を控えさせられると思います」
「……すみません、セラフィナさん。一番リスクが大きな役割を頼んでしまって」
「いえ、それが私の職の存在意義でもありますから……あまりご遠慮なさらないでください。前衛の皆さんが協力することで、攻撃を散らすこと、一人一人の危険を減らすこともできるでしょう」
「ええ、それは任せておいて……できるだけ引きつけるから。でも、アリヒト……何度か攻撃の機会を作って、『連携』を入れることができたとして、それで倒しきれなかったら……」
「あれだけ大きいと、弱点の部分を攻撃しないとあまり効かないっていうこともあるんじゃないかしら」
「それについては、俺が新しい技能を取ろうと思っています。それを使えば、狙った場所への集中攻撃ができると思います……弱点の一つは『蟹』の口ですが、他にも可能性のある場所があります。俺が『ムラクモ』を使って、奴の鋏に入れたヒビ。そこは脆くなっていると思いたいですが……」
『支援攻撃1』による固定ダメージだけでは、敵を倒しきるだけの威力を得ることが徐々に難しくなってきている。
数値として表示されない個々の攻撃の威力を最大限に発揮する。しかし、ただ打撃を与えて倒すというだけを目指すわけではない――今回に限っては。
「可能な限り弱点を狙う、それも重要なことですが。もうひとつ、今回は事前に準備ができるからこそ試せる戦法があります」
「……っ、アリヒト、『そういうこと』……?」
「えっ……エリーティアさん、後部くんの考えてることが分かるの?」
エリーティアも、『あれ』を入手したときから考えてはいたのだろう。
『即死攻撃』を使うのは、敵だけというルールはない。こちらも、可能であれば狙っていくべきだ――貴重な武器が壊れるかもしれないというリスクはあるが、今回は確実に勝ちに行く。
「『フォビドゥーン・サイス』……即死耐性のある魔物も多いから、ずっと使える戦法ではないけど。物理攻撃が効くときの『無慈悲なる断頭台』には、通じるかもしれない。『クリティカル時に敵を倒すことがある』の可能性は、元々はそれほど高くないと思う……でも、私たちにはミサキがいる」
「ふぁぁ……こ、ここにきて、私に一世一代のビッグウェーブが……! お兄ちゃん、上手くいったらお休みと遊びをください!」
「焦りすぎて何か混ざってるわよ……でも、その意見には私にも賛成ね。マドカちゃんも、いつも残って仕事をしてると、退屈なこともあるでしょうし」
「わ、私は……みなさんが、無事で帰ってきてくだされば、それだけで嬉しいです。でも、少しだけ……」
「……エリーティア、少しだけいいか?」
「ええ……これ以外にない方法で、みんな協力して先に進もうとしているんだもの。それで嬉しい出来事がないなんて、寂しいでしょう」
ミサキは冗談のつもりで言ったようだったが、好意的に受け入れられて戸惑っている――だが嬉しそうだ。マドカも同じで、やはり留守番は寂しいのだろう。
「……私が『フォビドゥーン・サイス』を装備して……どうすればいいか、教えて」
次の行動が確実に成功する、ミサキの士気解放『フォーチュンロール』。それを発動させたあと、メリッサの最初の行動――通常攻撃でクリティカルを発動させる。
『クリティカル時に敵を倒す』という部分に『フォーチュンロール』の効果が発揮されれば、あの飛び跳ねる重戦車のような強敵を、理論上は一撃で倒すことができる。
「そのような武器まで入手されていたのですね……そして、全員が同じ方向を向いている。このようなパーティだからこそ、『新星』と呼ばれているのですね」
セラフィナさんの賛辞を受けて、みんなが顔を見合わせて照れ笑いをする。俺も心から思う――このメンバーでパーティを組むことができて良かったと。
事前の対策は済んだ。俺たちは装備を整え直し、マドカも倉庫を出て迷宮の入り口までは一緒に向かった。
「…………」
「……あっ……だ、大丈夫です。ありがとうございます、テレジアさん」
テレジアはマドカが緊張していることを察したのか、二の腕のあたりにぺたぺたと触れる。それを見ながら、俺は思う――この正念場を、必ず乗り越えてやろうと。




