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第百二十一話 信頼

 報告を終えた俺は、外で待ってくれている仲間と合流するべくロビーに出た。そして既視感のある光景に、多少の頭痛を覚える。


「何を言ってるの? 失ったメンバーの補填だなんて、貴方にそんな権限があるの?」


 エリーティアが鋭い言葉を向けているのは――灰色の髪の、黒服の男。『自由を目指す同盟』のグレイだった。


「エリーティア・セントレイルさん。君みたいな有能な探索者が『ドロップアウト』してるのを見たら、普通どんなパーティでも声をかけるさ。前に見かけた時も、もしかしたらと思ってはいたんだよ」

「……そんな話は聞いてないわ。勧誘なんてしている余裕があるなら、あなた達のリーダーを助ける努力をしたらどうなの?」


 エリーティアは『ドロップアウト』という言葉が出たとき、明らかに殺気を見せた――しかし挑発だと悟っているのか、その意味を問い質しはしなかった。


 グレイはエリーティアが俺たちのパーティで活動していることを、『脱落ドロップアウト』と表現した。やはり根っから、俺たちとは相容れない相手のようだ。


「そのリーダーが俺だよ、お嬢さん。元リーダー……ロランドは、俺の功績を高く評価してくれていてね。もしものことがあったら、俺にリーダーを譲ると言ってくれていたのさ」


 ――それを聞いた瞬間、テレジアが、俺を見やった。


 グレイは嘘をついている。それは分かりきったことだったが、どんな立ち回りをしたのか、本当にグレイは『同盟』のリーダーの座についたようだった――『緑の館』の入り口に、残ったメンバーの姿がある。


「……確か『同盟』には、ロランドさんの奥さんがいるはずよね。彼女がリーダーを継ぐことにならないのは、どういった理由なのかしら」


 俺は五十嵐さんの、これほど冷たい声を久しぶりに聞いた。取引先が不義理をしたとき、セクハラめいた冗談を言ってきたときなどは、目に見えて声の温度が下がることもあったのだが。


 本気で怒っている――その迫力を前にして、グレイは引きつった笑いを浮かべる。彼はだらしなく締めたネクタイに手を添えるが、それは動揺したときの癖だろうか。


「ダニエラさんには気の毒なことになったが、あの人は近々引退する予定だった。さっき元リーダーと一緒に医療所に運ばれたが、彼女は……分かるだろ? 夫婦なら、そういうことはいつ起きてもおかしくない。リーダーもしょうがない人だが、俺たちは彼ら夫婦の無計画を責めたりはしなかった。こういうことになったのは残念だが、『仕方がない』だろ?」


 それは、俺も少し気になっていたことだった。六番区にもうすぐ上がるというときに、ダニエラさんは身重の身体でロランドさんに同行していた。


 しかし今の状況では、ダニエラさんが強く主張できないことを理由に、グレイがリーダーの位置にすげ変わったようにしか思えない。


「『スーツの男』は見たところ何もしないで、後ろからついてくるだけみたいじゃないか。そんなパーティより、俺たちの方が職種も豊かだし、あんたをエースとして第一パーティを編成することだってできる。そうしたら……『死の剣(デス・ソード)』と言われるあんたの目的も、早くに叶えられるんじゃないか?」


 グレイはいい演説ができたとでも言うように、エリーティアだけでなく、他のパーティまでぐるりと眺め回す。ミサキは愛想笑いをしているが、その手にはダイスが握られている――ぶつけたいほどに怒っているが、辛うじて抑えているのだ。


 俺も同じだが、怒りを通り越すと逆に感情は無になる。言いたいことがあるなら好きなだけ言わせてやっても構わない。それを決して許容できないと、初めから決まっているのなら。


「さあ、改めて希望を募ろうか。俺たち『自由を目指す同盟』は、多少遠回りをすることにはなるが、確実に六番区に上がり、さらに進んでいくことを選択する。新規で募集するメンバーは六人だ……とりあえず今ここにいる全員、俺たちの仲間に入らないか?」


 話しているうちに自信がつきでもしたのか、最後は雑に締めてもいいと思ったようだ。


 そして俺は気づく――なぜグレイが、こんなにも自信に満ちているのかということに。


 ◆現在の状況◆


 ・『グレイ』が『トリックスター』を発動 →『グレイ』の技能発動が隠蔽


 街中では、誰もが本当に必要な時にしか技能を発動しない。


 だが、『発動していることを隠蔽する』技能が存在するとしたら。何食わぬ顔をして目の前の人物が技能を使っていても、気づかないという危険はありうる。


 ――しかし俺は、その発動を察知することができた。グレイが見せた僅かな違和感を、『あの技能』は見逃すことがなかったからだ。


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が『鷹の眼』を発動 →『グレイ』の技能隠蔽を無視

 ・『グレイ』が『ジェントルパフューム』を発動 →異性に対する印象を向上

 ・『グレイ』が『ネゴシエーション』を発動 →交渉の成功率が上昇


 『黒服』には、時に店のキャストを勧誘するための技術が必要だ。それをグレイは、迷宮国に来たことで与えられてしまった。


 だが俺は、もしもの事態が起こりうるなんてことは欠片も想像しなかった。


 グレイがエリーティアに右手を差し出す。ほぼ成功すると思っている彼は、好青年然として笑顔を浮かべている――しかし。


「あいにくだけど、私には『同盟』の人たちのチームワークは真似できないわ。他の人を当たってもらえる?」

「っ……お、おいっ! ま、待てよ、誰か一人くらい……っ!」


 エリーティアが俺を振り返って微笑む。そしてみんなは俺がいることに気づく――誰にも、グレイの技能は効果を発現してはいなかった。


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』のパーティの信頼度判定 →『ネゴシエーション』が無効化


 まず最初にエリーティアが、グレイの横を通り過ぎ、同盟のメンバーを横目に『緑の館』の外へと出ていく。その後に、他のメンバーも次々と続いた。


「一つ言っておくけど、『フォーシーズンズ』のメンバーに色目を使うのはもうやめなさい。しつこい人は嫌われるわよ」

「なっ……て、てめえっ……」

「まだ『同盟』さんは大勢メンバーがいるんですから、ドンマイですよー」

「これからも探索者として競い合う関係になりますが、皆さんも頑張ってください」


 五十嵐さんが釘を刺し、ミサキは冗談めかせて勧誘を受け流す。スズナは礼儀正しく頭を下げるが、追いすがろうとするグレイを振り返ることはない。


 最後にグレイの横を通るとき、想定してはいたが、やはり道を塞ぐようにして因縁をつけてくる――もはやごろつき以外の何物でもない。


「言わなくても分かってるよな? おまえには『死の剣』は勿体ねえよ。おまえから言ってくれるよな? 『同盟』に移れってよ」


 何の事情も知らず、好き勝手言ってくれる――だがそれだけ、俺のパーティメンバーがグレイにとって魅力的に見えているのだろう。


「なに、悪いようにはしない。あんたが一人になっても、この区で遊んで暮らせるくらいの金はやるよ。金貨千枚もあれば苦労しないだろ?」

「その金は、努力して稼いだものなのか? まあ、だとしても貰う気はしないけどな」

「……あ? 言っている意味が分かんねえのかよ、オッサン」


 俺の仲間を引き抜けなかったことに相当苛立っているようだが、こちらとしてはそんなことで怒られても筋違いというやつだ。


「君よりもずっと『トリケラトプス』のメンバーの方がまっとうな人たちだった。俺には七番区の女性を泣かせてたっていうのも、ロランドさんがしてたこととは思えないな」

「――んな話は、今は聞いて……!」


 恫喝のために声を荒げようとした瞬間――俺は、『彼女』が踏みとどまってくれたことに安堵していた。


「…………」


 テレジアがグレイの背後に立っている。グレイはそのことに気がつくと、だらだらと冷や汗をかき始め、何を考えたのか両手を上げる。


「や、やろうってのか……ここで俺をやったら、お前らが牢獄に……っ」

「そんなつもりはない。君が負傷した仲間と転移したこと自体は、理解の余地はある……だがこれ以上理不尽に絡んでくるつもりなら、こちらにも考えがある」

「……見てやがったか。ボーッとしてやがるようで、抜け目ねえ奴だ……あんたも『死の剣』と女共にコバンザメして、ヒモやってんだろ? 偉そうに説教してんじゃねえよ」

「そうかもしれないな。こんなに甲斐のないことは、転生する前にも一度もなかったよ」


 他人に説教するなんて俺には向いていないし、そう取られるような話もしたくはない。これ以上話をする時間に意味を感じず、俺はグレイの横を通り過ぎる。


「ま、まだ話は終わって……ひいっ……!?」


 終わったかどうかを決めるのはこちらだ――と、声に出して言うこともない。


 ただ振り向いただけのテレジアに驚いて、グレイはその場で腰を抜かしていた。あれで、七番区のトップを走っていた組織の新リーダーだというのだから、この先が思いやられる。


 俺はテレジアを連れて歩いていく。少し後ろをついてきていた彼女は、そのうちに足を早めて横に並んできた。


「――このままじゃ済まさねえぞ! お前らが失敗したときを楽しみにしててやるよ!」


 同盟のメンバーは、グレイの見せる醜態をどう思っているのか――現状で分かることは、芳しくない表情だというくらいだ。


 トーマスさんも並んでいるメンバーの中に含まれている。彼自身も、グレイが嘘をついてリーダーになったと気づいていて、何かの理由で本当のことを明かせずにいるのだろう。


 彼から聞きたいことはあるが、今はまだ難しそうだ。そう考えていたが、外に出てすぐに、トーマスさんだけが走って追いかけてきた。


 後でグレイに何を言われるかも覚悟して、それでも彼は追ってきた。それを考えれば、話を聞かないわけにはいかない。


「……こんなことを言えた義理じゃないのは分かってる。グレイの非礼は俺から詫びる……その上で、頼みたいことがある」

「頼みたいこと……というのは?」

「ダニエラさんに、会ってくれないか。彼女は『同盟』の副リーダーだったから、制度上はロランドさんの代わりにリーダーになる権限を持っている。グレイがリーダーというのは、仮のことなんだ。だがあいつがダニエラさんに譲渡を促せば、近く彼は正式なリーダーになる……しかし……」


 ロランドさんはまだ生きている。トーマスさんは諦めていないが、同盟を動かして『落陽の浜辺』に入ることもできない――そういうことだ。


 皆も異存はないと態度で示す。トーマスさんからダニエラさんが入ったという病室の番号を聞き、俺たちは医療所に向かった。



※いつもお読みいただきありがとうございます、更新時間が遅くなって申し訳ありません!

 ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、重ねて御礼申し上げます。

 次回の更新は11月8日(木)の夜になります。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここで最高に笑えるのが、仮にグレイがリーダーになったとして、ロランド抜きで六番区へ上がれると思っている点。腰抜かして逃げた奴と、瞬時にPT崩壊し何もできずに撤退した面子でどうやってアレに勝つ…
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