第十一話 ヴァルキリー
ルイーザさんは俺をギルドの入り口まで送り出してくれたが、最後まで上機嫌だった。担当官になって以来、ここまで驚くような結果を出したのは俺が初めてで、嬉しくなってしまったとのことだ。
(しかしテンションが上がったとはいえ、最後の提案はどうなんだ)
とりあえず退院後の課長がどうするかについて、気にしすぎても仕方がない。序列で決まったことなら、課長が馬小屋での寝泊まりを受け入れるということも十分ありうる。それは話してみないと分からないことだ。
ギルドから歩いてすぐの場所にある医療所に向かい、受付で課長の病室を教えてもらう。体力がすでに回復していたからか、彼女は応急用のベッドで寝ているそうだった。
応急処置室から出てきた看護師の女性が、俺を見て素性を確認する。彼女の知り合いと答えてライセンスを見せると、面会を許可された。
「今は眠っていらっしゃいますが、もうすぐ目を覚まされると思います。戦闘のショックがあると思いますので、ゆっくり話しかけてあげてください」
「分かりました。部屋に入っても大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。何かあったら、私たち治癒師を呼んでください」
看護師ではなく、彼女も治癒師だった。専門職の治癒系技能を見たことがないので興味を持つが、それは俺がダメージを受けた時に治癒してもらえば分かることだ。後衛がダメージを受けない立ち回りが前提とは考えているが。
ノックしても返答はないが、許可を得ているのでドアを開ける。すると、薄いカーテンの引かれた明るい部屋で、生成りのシーツをかけられて眠っている課長の姿を見つけた。
「……失礼します」
俺はベッドサイドに置かれている木製の椅子に座る。課長の顔色は少し青白く見えたが、穏やかに眠っている。
起きたら何から話せばいいだろう。彼女のプライドを傷つけないようにするか、パーティが組めなかったら無茶をするべきではなかったと諭すべきか。
「……ん……」
考えがまとまらないうちに、課長がわずかに身じろぎをする。そして、薄く目が開いた。
「良かった、気がついたんですね。課長、もう大丈夫ですよ」
「…………」
まだ意識がはっきりしないのかと心配になるが、課長はこちらに視線を向け、俺がいることに気づくと苦笑する。
「……寝起きをあんたに見られるなんて、異世界生活もなかなか幸先不安ね」
「すみません。でも、本当に良かったですよ。一時はどうなるかと……」
「私も死んじゃったかなと思ったけど、そうでもなかったわね。『サンダーボルト』で少し動きが鈍ってたみたいだから、まともに受けずに済んだみたい。でも、腕が折れてると思うくらい痛かったんだけど……」
治癒師が治してくれたことにしようかと一瞬迷った。『支援回復』をした時のことを考えると、寝てる間に何をしたのか、と詰問されかねない。
しかし俺が曖昧にする前に、課長は考えるように目を伏せて、そして言う。
「……あのとき……後部が私の介抱をしてくれたってこと?」
「あ……え、ええと、何ていうか……」
「そう……あのとき、もう赤い魔物はやっつけられてたか、いなくなってた。魔物が気まぐれを起こして逃げたんじゃなければ、後部と仲間の人で、やっつけたってことになるけど……」
普段の課長なら、俺がレッドフェイスを倒したなんて信じず、一笑に付すところだろう――と思ったが、今回は何か様子が違う。
最初こそいつもの課長らしく、棘のある態度だった。しかし今は、俺とまともに会話をしてくれているし、気を遣って言葉を選んでいるように見える。
「……私の想像が間違ってたら笑っていいわよ。でも、あんたがいなかったら、多分私は死んじゃってた。それは事実よね」
「それは……そうなっちゃいますかね。でも、俺も運が良かっただけで、次に強敵が出ても上手く行くとは限りませんよ」
「……成功した時くらい、もう少し自分に自信を持ちなさいよ。だからあんたは、いつまでもうだつが上がらないのよ」
「……そうかもしれないですね」
いつもの課長に戻ってきた――とは思うが、やはり彼女とパーティを組むというのは、俺にとって針のムシロというやつじゃないだろうか。
しかし俺の浮かない表情を見て、いつもの課長ならさらに機嫌が悪くなるところが――急に勢いをなくして、目を伏せて言う。
「……ごめんなさい。全然ダメなのは、格好ばかりの職を選んで、仲間も見つけられなくて……一人でも何とかなると思って、どうにもならなかった私の方よね」
「い、いや……俺は、探索者が常識と思ってることの全てが正しいと思ってません。この世界だと、どんな職もレベルが上がれば強みが出てくると思うんです。俺はどんな職の人たちとパーティを組んでも、強いパーティを作れると思ってますから」
弱りきっている課長に追い打ちをかけて、前世の憂さを晴らす。そうしたいという考えがあったはずなのに、俺は一体何を言ってるんだろう。
そして熱弁してしまって、何か恥ずかしくなる。会社では、こんなに熱のある話を課長の前でしたことがなかった。熱くなりやすい社員は扱いにくいというような社風だったこともある。
「……ま、まあ何ていうか……俺はヴァルキリー、いいと思いますよ。将来的に凄く強くなりそうだし、装備も格好良さそうじゃないですか」
「……あんたって、どこまでお人好しなの? 私があんたに言ってきたこと、してきた仕打ちを、転生した時に忘れたとか、そんなわけもないでしょう。こうなった私を見て、もっと笑ったり、馬鹿にしたりすればいいじゃない。そういう権利を、あんたは持ってるじゃない……」
「いや、それはしないですよ。課長は逃げないでくれたじゃないですか。俺のスリングショットが当たって、奴が俺たちを狙ったあと、魔法を撃ってくれましたよね」
それを言うと、課長は何か慌てたような顔になって、もぞもぞと向こうを向いてしまった。
「……あれは、悔しかっただけだから。あんなネズミに追い回されてるのが我慢ならなかったのよ。あんたが危なかったから助けたとかじゃないから。助けられてないし」
「ええ、課長は無謀なことをしましたよ。でもあれで、俺も火が点いたんです。あいつを倒せたのは運が良かったのが大きいですが、だけど何度遭遇しても倒す自信はあります」
「それって……あんたが選んだ職業が、そんなに強いってこと?」
「条件が揃えば強さを発揮できます。そのために、できればパーティメンバーを揃えて行きたいと思ってるんですが……」
そこまで言ったところで、課長がそろそろと後ろをうかがう。
「……そんなに強いなら、強い人を集めることもできるんじゃないの?」
「そうかもしれないですね。でも、レベルが近いメンバーがいいと思ってるので。技能の取り方も、俺の技能を前提に考えてもらった方がありがたいですし」
「あんたがリーダーで、人を集めるの?」
「ま、まあ……課長は、俺にはそんなのガラじゃないと思うでしょうけど。俺もこの世界では、それなりに自分のやりたいことを達成したいと思ってるんです。そのためには、リーダーとしてやっていくのは基本線だと思ってるので」
まるで会社のミーティングで話してるような気分だ。俺というリーダーの方針についてのプレゼン――課長にはどう受け取られているだろうか。
「それで……もし俺が無能で頼りないと思ったら、途中で抜けてもらって構いません。課長、俺のパーティに入ってくれませんか」
こちらを窺っていた課長の表情は変わらず、向こうを向いてしまう。元部下の下につくなど、この人のプライドが許すわけもないか。それはそれで仕方のないことだ。
――なんてあっさり諦めかかる俺の想像は、次の瞬間に裏切られた。
課長は仰向けの姿勢に戻って、俺に視線を送る。いつもなら睨まれていると感じるところだが、今は違っていた。
「……助けてもらって、励ましてもらって。それであんたの言うことなんて聞かない、とか言うほど、私はどうしようもない人間じゃないわよ」
「え、ええと……それは、承諾と受け取っていいんですか?」
「サインしろっていうならするわよ。私の言うことなんて、信用できないでしょうし」
「い、いや……そんなことないですよ。じゃあ、課長……」
「その課長っていうの、あんたがリーダーなんだから変えていいわよ」
「じゃ、じゃあ……五十嵐さん。俺のパーティに入ることの利益を、常に示していきたいと思ってますので……」
「ふふっ……そんな心配しなくても、もう利益は出てるわよ。こうして生きてるっていうのが、何よりの利益だしね」
こんなふうに笑うのか――と、新鮮に感じてしまう。それほど俺は、この人を喜ばせたことがなかったんだろう。
まあ、いつまでも部下根性でいるつもりもないが。技能の取り方は自主性を尊重しつつも、俺がお願いしたものは確実に取ってもらいたい。必須だと感じる技能を揃えていけば、パーティは確実に強くなる。
課長――五十嵐さんは身体を起こして、ベッドに腰かけた。もう身体は何ともないようだ。
「まず、服を何とかしたいわよね。これじゃ目立って、変な人に声をかけられるし」
「ははは……確かにそうですね。また後で武具屋に行きますか」
セーターとタイトスカート、そしてブーツ。それで槍を持っているヴァルキリーというのも、確かにアンバランスだ。
「……あ。そういえば私、やられちゃったから序列が低く出てるわよね……」
五十嵐さんが自分のライセンスを確認する。そしてその手が震える――貢献度ゼロだから、かなり順位が低いはずだ。貢献度にはマイナスがあるようなので、最下位ではないだろうが。
「3039人中、2987……や、やっぱり馬小屋で寝ないといけないの?」
「ま、まあ、そうみたいですが……五十嵐さん、一つ提案があるんですが、怒らないで聞いてもらえますか」
「え、ええ……一体何? そんな真剣な顔して」
頭の中でいくつか言い方をシミュレートしていたが、結局はシンプルに言うしかないと覚悟を決める。
「え、えーと……俺の宿舎に、仮宿ってことで来ませんか。もちろん変なことはしないですし、序列が上がるまでの非常措置ってことで……」
そこで「はぁ?」と言うことなく、五十嵐さんは上目遣いに俺の様子を窺いつつ、そして答えた。
「……馬小屋だと体力とか、回復しないっていうし……あ、あんたがいいなら、お邪魔させてもらいたいけど……」
「わ、分かりました。じゃあ、早速行きましょうか」
「えっ……い、行くってどこに?」
「俺の宿舎です。スイートルームってやつらしいんで、広いと思いますよ」
「ス、スイート……後部くんってそんなに序列高いの……?」
呼び方がさりげなく変わっている。呼び捨てより幾分柔らかい――と、そんなことで癒やしを感じている自分は、なんだかんだ言って単純だと思う。
ライセンスに表示された宿への地図。まずそこで腰を落ち着けてから、夕食でも摂りにいくとしよう。
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次回は夕方ごろに更新いたします。




