第百十七話 撤退戦
ミサキは『スティールカード』を取り出す――カードには表と裏があり、普通のトランプのように表側に数字が書かれている。
「このカードに勝負をかけます……っ!」
◆現在の状況◆
・『ミサキ』が『フェイクハンド』を発動
・『★無慈悲なる断頭台』の行動がキャンセル
それはギャンブラーの用いるハッタリと言っていいだろう――『何かが起こる』と敵に思わせることができればそれでいい。
「止まった……っ!」
スズナが驚きの声を上げる――すかさず大鋏を振り上げた巨大蟹が、確かにミサキの身振りを注視して動きを止めたのだ。
「――からのぉぉぉっ!」
◆現在の状況◆
・『ミサキ』が『サレンダー』の技能を取得 →即時発動
・『★無慈悲なる断頭台』の戦意が低下
ミサキは俺の指示を聞き、さらにその先を行った――技能の検討をしたとき、彼女と話していたことを思い出す。
――この技能は、パーティの窮地を救う切り札になりそうだな。だけど、スキルポイントが2必要っていうのが悩みどころだ。
――じゃあ咄嗟のときに使えるように、心の準備をしておきますね。お兄ちゃんが使いたいときにバッチリ使えたら、褒めてくれます?
まさに今がその時というときに、ミサキは見事にやってくれた。しかし鈍った動きでも、巨大蟹の鋏は振り下ろされる――『サレンダー』が発動した直後では、その威力は通常の半分以下にまで落ちていた。
「――今度こそ、受けきる……!」
「セラフィナさん、『支援します』!」
◆現在の状況◆
・『セラフィナ』が『ディフェンスフォース』を発動
・『セラフィナ』の防御範囲が拡張
・『アリヒト』が『アザーアシスト』を発動 →対象:『セラフィナ』
・『アリヒト』が『支援防御1』を発動 →対象:『セラフィナ』
・『★無慈悲なる断頭台』の範囲攻撃が『セラフィナ』に命中 ノーダメージ
振り下ろされた鋏は、セラフィナさんの数倍の質量がある――彼女はそれを構えた大盾で受け止めきり、砂地に走る振動の余波を、防御範囲を広げて抑え込んだ。
「っ……ここから……押し込ませてもらう!」
「私も……っ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・ヒュプノス』
・『セラフィナ』が『シールドスラム』を発動 →『★無慈悲なる断頭台』に命中
・『スズナ』が『ストームアロー』を発動 →『★無慈悲なる断頭台』に命中 弱点攻撃 速度低下
・『支援攻撃2』が2回発生 →『★無慈悲なる断頭台』が混乱
「……グワララララララ……!」
セラフィナさんが盾を構えて敵にタックルし、大きな鋏が打ち上げられて隙ができる――そこにスズナが矢を射掛けると、敵が今までとは違い、悲鳴のような声を上げた。
「き、効いてるっ……スズちゃん凄い……!」
セラフィナさんの防御、そしてカウンター――そしてスズナの矢が巨大蟹に通じ、このまま倒すきっかけが掴めたかに見えた。
「二人とも、撤退を! ここは私が引き受けます!」
「駄目……っ、『彼ら』は、まだ……っ!」
セラフィナさんを制するように、スズナが声を上げる。俺は砂地を蹴るようにして走りながら、巨大蟹を包み込む、得体の知れない気配を感じた。
◆現在の状況◆
・『★無慈悲なる断頭台』が実体化 →魔法無効 状態異常解除
・『★無慈悲なる断頭台』の特殊行動 →『クリエイトゴーレム』を発動
・『サンドシザーズ』8体が召喚
(砂が、蟹の形に……こんなことまで……!)
この砂浜で無数に狩られた、巨大蟹の仲間――『ゴーストシザーズ』の骸から現れた魂が砂を集めて、元の蟹の形を形成していく。
「そんなもので……っ!」
先を行くエリーティアは、自分より巨大な砂の蟹に向かって果敢に斬りかかっていく。俺はライセンスに目を滑らせる――そこには。
◆遭遇した魔物◆
サンドシザーズA:レベル6 警戒 物理無効 ドロップ:???
ただの攻撃では通らない相手。しかし、エリーティアには力を温存する気はない。一瞬の足止めが命取りになる場面で、加減した技を使うという選択はない――それならば。
(エリーティア、『支援する』……!)
「――生まれた砂に還れ。『ブロッサムブレード』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃1』を発動
・『エリーティア』が『ブロッサムブレード』を発動
・『サンドシザーズA』に12段命中 ノーダメージ 支援ダメージ144
・『エリーティア』の追加攻撃が発動 →『サンドシザーズ』に8段命中 ノーダメージ 支援ダメージ96
・『サンドシザーズ』を1体討伐
目にも留まらぬ斬撃を受け、砂蟹が爆散する――まだ『支援攻撃1』が通用しているのは、エリーティアの圧倒的な攻撃回数の賜物だ。
「剣自体の手応えは無かったのに、『斬れた』……っ」
「みんな、砂でできた蟹には通常の攻撃が効かない! 避けて逃げてくれ!」
「そ、そうは言っても道が塞がれて……っ、だめ、『サレンダー』しようとするとめまいが……」
「ミサキちゃん、しっかり……っ、もう少しだから……っ!」
このままでは、ロランドさんの身体を背負って走り続けているシオンも道を塞がれる――トーマスさんも行く手を阻まれて動けていない。
(巨大蟹の混乱は解除されたが、戦意は落ちたままのはずだ……頼む、『バブルレーザー』は撃ってくるなよ……!)
「――もう一度来てくれ、デミハーピィ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『デミハーピィ』を三体召喚
「ヒミコとアスカはトーマスさんと、五十嵐さんを頼む! ヤヨイは『眠りの歌』を歌ってくれ!」
「後部くんっ……!」
「俺は大丈夫です! 必ず逃げ切りますから、五十嵐さんは先に行ってください!」
「うぉぉっ、ま、魔物使いかっ……おい、死ぬなよ、スーツのあんたっ! あんたが死んだら何もならないんだからなぁっ!」
死ぬ気は毛頭ない――指示に従ってくれた五十嵐さんだが、帰った後に説教の一つもしてくれるだろう。なぜ自分のことを後回しにするのかと。
それは残ったのが俺一人ではないから。『彼女』は俺を置いて逃げることをせず、どんな手を使っても残ってしまうと分かっているからだ。
◆現在の状況◆
・『ヤヨイ』が『眠りの歌』を発動 → 『サンドシザーズE』『サンドシザーズF』が睡眠
(通じた……! 砂でできていても通じるっていうことは、聴覚だけに作用するわけじゃないみたいだな……)
「ふぁっ……な、なんか、蟹さんが動かなくなってない!?」
「今のうちに……っ、アリヒトさん、テレジアさんも早くっ……!」
「俺たちは大丈夫だ! みんな、今は向こう側に逃げることだけを考えるんだ!」
「だ、大丈夫に見えませんけどっ……お兄ちゃんっ……!」
可能な限り巨大蟹から離れて走らなくてはならないが、『サンドシザーズ』が周到に道を塞いでくる。前方の砂から現れた蟹は、俺に鋏を振りかざして襲いかかってきた。
しかし、やはり彼女は居てくれる――指示を出さなくても、『俺が居て欲しいと思う位置』に、移動してくれている。
「――テレジアッ!」
「っ……!!」
◆現在の状況◆
・『サンドシザーズD』が『クラブハンマー』を発動
・『テレジア』が『アクティブステルス』を発動中
・『テレジア』が『アサルトヒット』を発動 →『サンドシザーズD』に対して攻撃力2倍
・『テレジア』が『アズールスラッシュ』を発動 →ノックバック小 『アクティブステルス』解除
・『サンドシザーズD』の部位破壊 →『サンドシザーズD』が素材をドロップ
・『アリヒト』が『フォースシュート・スタン』を発動 →『サンドシザーズD』がスタン 行動がキャンセル
(俺たち二人じゃ、一度の攻撃じゃ倒しきれないか……それなら……!)
テレジアの剣についている魔石の力なら物理攻撃ではないので、打撃を与えることはできている。スタンでできた隙を逃さず、俺たちは再び連撃を叩き込んだ。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃1』を発動
・『テレジア』が『ダブルスロー』を発動 →『サンドシザーズD』に2段命中 ノーダメージ 支援ダメージ24
・『テレジア』が『アズールスラッシュ』を発動 →『サンドシザーズD』に命中
・『サンドシザーズD』を1体討伐
(倒しきれた……しかし、このペースで魔力を消耗するのはまずい……!)
「……っ」
「テレジア、しっかりするんだ!」
「……!!」
『蒼炎石』の威力は非常に高いが、その代わりに魔力の消耗が大きすぎた。走ろうとして足をもつれさせた彼女の身体を支え、『アシストチャージ』を使う。
「…………」
「気にしなくていい、俺はまだ大丈夫だ……!」
残された障害は、『サレンダー』で下げられた戦意が戻りつつある巨大蟹――テレジアは『アクセルダッシュ』を使えるほどには魔力が回復しているが、大きすぎる鋏を振り回されれば、回避することは困難だ。
すでに逃げ切っているメンバーに『バックスタンド』を使うことはできる。しかし、テレジアも共にたどり着くまで、彼女を置いていくわけにはいかない。
「――ヤヨイ、テレジアを頼む!」
「っ……!!」
「俺は最後でいい! でなければ、何が『後衛』だ!」
説得が伝わったかは分からない。『眠りの歌』を終えたヤヨイを呼び、テレジアを運んでもらう――彼女は手を伸ばすが、俺は自分の足で走ることを選ぶ。
「アトベ殿……貴方のような方を、絶対に死なせるわけには……!」
「――セラフィナさんっ!」
◆現在の状況◆
・『★無慈悲なる断頭台』の戦意が回復
・『セラフィナ』が『防御態勢』を発動
・『セラフィナ』が『オーラシールド』を発動
・『★無慈悲なる断頭台』の攻撃 → 『セラフィナ』に命中
「くぅっ……ぁぁ……あぁぁぁぁっ!!」
セラフィナさんが『無慈悲なる断頭台』の攻撃を打ち上げる。自分の数倍はある、岩の塊のような大鋏を受け止めれば、衝撃で無傷では済まない――それでも彼女は、闘志のみを宿した目で俺を見た。
「アトベ殿、私が時間を稼ぎます! 貴方は必ず生き残るべき人物です……っ!」
このまま攻撃を受け止め続け、敵の注意を引こうというのか。しかしそうすれば、まだ残っている砂の蟹がセラフィナさんを狙う可能性がある。
すでに脱出した仲間の後ろに『バックスタンド』で飛べば、俺は助かる――だが。
俺を生かすために敵の攻撃を引きつけてくれたセラフィナさんを、何としてでも助けなければならない。
「もう誰も、私の前で……絶対に、やらせない……っ!」
一度は無事に逃げ切ったエリーティアが、戻ってきてでも『無慈悲なる断頭台』の前に出てしまう前に。




