第百十四話 支援連携
◆遭遇した魔物◆
・アラクネフィリア レベル6 戦闘中 ドロップ ???
自らが吐き出した糸で行動を制限されることはないのか、蜘蛛の巣を突き破って飛び出してきた魔物は落とし穴の手前に着地する。そして、甲殻に覆われた頭部と思われる部分についた幾つかの複眼をこちらに向けた。
「ギ……ギギ……」
名前つきでないというのに、この巨体と威容。もはや『普通の魔物』という概念自体が意味を無くす――『グランドモール』あたりとは感じる圧力が比べ物にならない。
胴体の後ろ側に巨大なコブがあり、蜘蛛なのか蠍なのかという姿をしている――どんな意義のある部位なのか、現時点では想像がつかない。
「蜘蛛っていうより、なんだかごわごわした毛の生えたロボットみたいですけど……っ」
「七番区は硬そうな敵が多いわね……でも、アリヒトがいてくれれば……」
「――まず、俺が遠距離から仕掛ける! みんな、『気を引き締めて行こう!』」
「「「はいっ!」」」
『支援高揚1』で士気を上げつつ、俺は魔法銃に『弾力石』を装填する。『支援攻撃2』
で使っても威力が出せそうかどうか、まず単体攻撃で調べておきたい。
「――当たれっ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『魔法銃』に『弾力石』を装填
・『アリヒト』が『ソフトバレット』を発射 → 『アラクネフィリア』に命中 脳震盪を付加
銃を構え、引き金を引く。撃鉄が打ち鳴らされ、装填された魔石の力が銃身から放たれる――回転が加わった光は、唸りを上げながら蜘蛛の頭部に当たり、派手な音を立てて炸裂した。
「――ギィィィッ……!!」
着弾時の衝撃は、『弾力石』の特性なのか、表面だけではなく内側にまで響いているように思えた。ライセンスに目を走らせると、思った通り『脳震盪』が付加されている――内部にまで振動が伝わったのだ。
撃った後の魔石は空薬莢のように排出されてしまい、再利用はできそうにない。しかしこれだけの威力があるなら、戦況に応じて魔法銃を使う価値は十分はある。
「勝機……っ、キョウカ、シオン、仕掛けるわよ!」
「ええっ……行くわよ、シオンちゃん!」
「ワォーーンッ!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が『群狼の構え』を発動 → 『キョウカ』『シオン』の能力上昇
・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動
・『シオン』が『戦いの遠吠え』を発動 → 前衛の攻撃力上昇
シオンの新たなスキルで、前衛三人の攻撃力が上昇する――そして。
(三人のコンビネーションは、かなりこなれてきてる……そこにこの技能が加われば、一体どうなるか……!)
「――『支援連携』……『前衛』!」
スキルレベル1――その数字から、俺はただ、皆が連続で攻撃したあと、打撃を向上させる程度のものだと思っていた。
「っ……これ……後部くんの指示……?」
「――シオンが崩して、私たちが押し込む……!」
俺はシオンの持つ全ての技能を把握しているわけではない。しかし――シオンの技能も合わせて、大きな破壊力を生む『連携』が思い浮かぶ。
「――ワォォンッ!」
「削る……!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援連携1』『支援攻撃1』を発動
・『シオン』が『ショルダーインパクト』を発動 →『アラクネフィリア』に命中 防御力低下 連携技一段目
・『エリーティア』の『アーマーブレイク』 →防御力低下 連携技二段目
最初の一撃――シオンがその身体を魔力に包み、肩から強烈な体当たりを蜘蛛に見舞う。
「ギィィィッ……!!!」
その後ろから追随したエリーティアが、抉りこむような突きを繰り出す。敵の装甲に打撃を与える『アーマーブレイク』――シオンが態勢を崩し、防御力が低下したところでのさらなる追い打ち。しかし、まだ終わらない。
「――キョウカ!」
「行くわよ……っ、やぁぁぁっ!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』の『スパイラルサンダー』 →感電付与 連携技三段目
・連携技『インパクト・ブレイク・スパイラル』 支援ダメージ36 連携加算ダメージ12
さらに重ねて繰り出されるのは、五十嵐さんの突き――『雷黄玉』の力を込めた突き、『スパイラルサンダー』。
「――ギギギッ……ガ……ガガァァァ……ッ!」
◆現在の状況◆
・『アラクネフィリア』が行動不能 感電継続
全身に帯電し、たたらを踏む蜘蛛――さらに三連撃分の支援ダメージに加え、もう一撃分が追加で入ったように見えた。
こんなに有利に戦闘が運ぶとは。『射法八節』を発動して攻撃の準備をしていたスズナも、構えを解くかどうか俺に目配せで聞いてくる。
「このまま完全に倒し切りたい。次は後衛の俺たちで、遠距離攻撃の連携を……」
「――アトベ殿っ、気を抜いてはいけません! その蜘蛛は……っ!」
「えっ……だ、だって、もう全然動いてないですよね?」
聞こえてきたのは、セラフィナさんの声――俺たちのパーティが見える位置だが、まだかなり遠い。それでも警告できるということは、セラフィナさんには『蜘蛛』との戦闘経験があったということだ。
(先手を打って押し込む……できるか……いや、今は……っ!)
「――みんな、蜘蛛から距離を取れ!」
連携を入れたエリーティアたちは、再び攻撃を仕掛けようとしていた――それを待ち構えていたかのように、蜘蛛の複眼が輝く。
◆現在の状況◆
・『アラクネフィリア』が『死んだふり』を発動 →感電、脳震盪状態解除
・『アラクネフィリア』が『ウェブスピナー』発動
「なっ……!」
蜘蛛にあるまじき巨大な針が、胴体の中心から飛び出して地面に突き刺さる。次の瞬間、蜘蛛は接地していた足をふわりと浮かせると、猛烈な勢いで回転を始める――白い糸を吐き散らしながら。
「くっ……!」
「キャゥンッ!」
「きゃぁっ……!」
前衛を巻き込む危険を避けて、どうしても後衛はタイミングをずらすしかない――その間に強引に割り込むような反撃。蜘蛛の身体から針が突き出すところが見えてからでは回避しようがない。
「えっ、ちょっ……お、お兄ちゃんっ、どうしたら……!」
「アリヒトさんっ、敵の姿が……!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』『エリーティア』『シオン』が捕縛状態
・『アラクネフィリア』が『フォームチェンジ』発動 →『アラクネメイジ』に形態変化
「な、何ですかあれっ……く、蜘蛛人間……?」
蜘蛛の胴体にあるコブのように見えた部分は、身体を丸めて擬態していただけで、人間の上半身そのものの形をしていた。
まるでフードつきのローブを羽織った魔道士のような姿――『鷹の眼』で見れば、その衣服に見える部分が蜘蛛の表面を覆っている毛と同じものであることが見て取れた。
「アトベ殿っ……!」
セラフィナさんがこちらに駆けてくる――彼女が加勢してくれるとしても、それを待てば一度は捕まっているメンバーが攻撃を受ける。
「こんな糸でっ……解けなさい、このっ……!」
「エリーティアさん、だめっ、触ったらますます絡みついてくるっ……!」
糸を解く方法――物理的に切ることが無理なら、それ以外を使うしかない。魔石を使うとしても、何が適切なのか。
◆現在の状況◆
・『アラクネメイジ』が魔法の詠唱を開始
蜘蛛の人間部分が、両手に紫色の光を宿す――声としては聞こえないが、『鷹の眼』で見れば、口が動いているのが分かった。何かの呪文を唱えているのだ。
魔法銃、スリング、スズナの弓、ミサキのカード――いずれの攻撃も、詠唱を中断するほどの速さが保証できない。それでも破れかぶれで撃つしかないと、全員で構えようとしたときだった。
(――いる……いるんだな、そこに。テレジア……!)
姿の見えないテレジアが、俺の指示を待っている。目には見えなくとも分かる――彼女が『俺の前方』にいるならば。
「――テレジア、『支援する』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 → 支援内容:『フォースシュート・スタン』
・『テレジア』が『アクティブステルス』を発動中
・『テレジア』が『アサルトヒット』を発動 →『アラクネメイジ』に対して攻撃力二倍
・『テレジア』が『アズールスラッシュ』を発動 → 『アクティブステルス』解除
テレジアは自分の判断で『迷彩石』の能力である『アクティブステルス』を発動し、敵の裏に回っていた――気づかれない状態での『アサルトヒット』を、彼女は新たな武器で繰り出す。
『レイザーホーン』という技を繰り出すために『背反の甲蟲』が使った角。その角を組み込まれて改造されたテレジアの剣は、『蒼炎石』の力に反応して青い光を放つ。
「……っ!」
「――キィァァァァッ……!」
俺の位置からでも、蜘蛛の背後に回っているテレジアの斬撃が見えた――青い光が閃き、『蜘蛛』の人の姿をした部分が悲鳴のような声を上げ、大きく前のめりに態勢を崩す。
◆現在の状況◆
・『アラクネメイジ』の部位破壊
・『アラクネメイジ』の魔力燃焼 ノックバック小
・『支援攻撃2』が発生 → 『アラクネメイジ』がスタン、行動がキャンセル
「すごっ……テレジアさん、ものすごーく強くなってる……!」
「――テレジア、回避だ! 反撃の糸が来るぞ!」
「っ……!」
◆現在の状況◆
・『アラクネメイジ』が『復讐の螺旋』を発動 → 技能即時発動可
・『アラクネメイジ』が『ウェブスピナー』を発動
・『テレジア』が『蜃気楼』『シャドウステップ』を発動
・『テレジア』が『ウェブスピナー』を回避
ゆらり、とテレジアの姿が揺らぐ――攻撃の瞬間に解除されていた『アクティブステルス』を続けて使うのではなく、テレジアは巧みに回避系の技能を組み合わせることで、敵の注意を引きつけて糸を吐かせ、回避する。
テレジアが敵から完全に視認できなくなれば、束縛されているエリーティアたちが狙われる可能性がある。しかしテレジアも、立て続けに技能を使えば魔力が持たない――だが。
「次は俺たちの番だ……スズナ、ミサキ!」
「「はいっ!」」
スズナは『射法八節』の予備動作を終えている。ミサキもまたやる気十分だ――今はそれでまったく問題ない。
『後衛三人』の攻撃技能を組み合わせることで、もう一つの連携技が発生する。テレジアに気を取られていた敵が、ようやくこちらの動きに気がついた時には既に遅かった。
「『支援連携』……『後衛』!」
「――!!」
蜘蛛の人間の姿をした半身が、両手を広げる――『鷹の眼』で、その口が再び動くところが見えたが、呪文が効果を発現する前に、俺はすでに魔法銃の引き金を引いていた。
(一発分の弾丸の消耗で、二人に支援できるのか……どう転ぶにせよ、これで倒れてくれよ……!)
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援連携1』を発動
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 → 支援内容:『ソフトバレット』
・『アリヒト』が『ソフトバレット』を発射 →『アラクネメイジ』に命中 脳震盪付加 支援攻撃一段目
・『スズナ』が『ストームアロー』を発動 →『アラクネメイジ』に命中 脳震盪強化 速度低下 支援攻撃二段目
・『ミサキ』が『ブラストカード』を発動 →『アラクネメイジ』に命中 失神 『アラクネメイジ』が素材を1つドロップ
俺の弾丸が人間部分に着弾して蜘蛛がよろめいたところに、スズナの烈風をまとった矢が胴体に突き立ち、強風が絡みつくようにして敵の動きを鈍くする――そこにダメ押しのように、ミサキが放ったカードが着弾し、蜘蛛は爆風に包まれた。
「ギィィッ……ァ……」
◆現在の状況◆
・連携技『バレット・ストーム・ブラスト』 →『アラクネメイジ』に命中 失神状態延長
三段目が当たったところで連携技による追加打撃が入り、蜘蛛は完全に動かなくなる――ガクン、と脚から力が抜けて、ぺしゃんと胴体が地面に着いてしまう。
人間の姿をした部分を覆っていたローブのような部分が吹き飛び、その下にある肌が露わになっている。魔物だと割り切ろうとはするが、やはりデミハーピィのように人間に近い姿をしていると、積極的に止めを刺す気にはなれない。エリーティアも剣を構えているが、俺の決断を待っていた。
「人間にしか見えない部分があるからって、いつも情けをかけてるわけにもいかないのかもしれないが……」
「そうね、捕獲しておいてもいいと思うわ。素材は牧場に送ったあとでも、取ろうと思えば取れるしね」
「おっきい蜘蛛って牧場の人も怖がりませんか? うーん、でもこっちの部分は女の人みたいな……あっ、私のせいで大変なことに……っ」
「あっ……ア、アリヒトさん、少し向こうを向いていてください。私、手ぬぐいを持っているので、隠してあげてきます」
「ちょっと待って、皮膚毒があるかもしれないから。私の靴は『毒耐性2』があるから、靴で乗る分には大丈夫だと思うわ」
エリーティアがスズナから手ぬぐいを受け取り、蜘蛛の上に飛び乗って、人型の部分の胸を覆い隠す――と、俺は見ていてはいけない。
「後部くん、どうする? デミハーピィの歌で眠らせておくとか……」
「それもハーピィの魔力のことを考えると、長時間は難しいと思います。この強さだと、デミハーピィに見張ってもらうのは気がかりですし……」
一旦魔物牧場に預けてくるしかないか――そう考えたところで、俺たちの戦いを見ていたセラフィナさんが、遠慮がちにこちらにやってきた。




