第百十一話 同盟の誤算/技能の検討
徐々に酒が入って皆の気分も上がっていく――大人同士の話に年少のメンバーも混ざって談笑が始まり、賑やかなのはいいことなのだが。
「なあなあ、アリヒト兄さんって付き合ってた人とかおったの?」
こういう席だと出てきがちな話題ではあるが、カエデはここぞとばかりに聞いてくる。五十嵐さんとは上司と部下だったというのは彼女も知っているが、それなら他に相手がいたのではということか。
「仕事仕事でそういうことは無かったな……って言い方は言い訳っぽいか」
「ううん、そんなこと全然あらへんよ。バリバリ仕事してる人ってかっこいいやんか」
世間的に言う『社畜』だったと自覚のある俺としては、仕事しかしない=退屈な人だという評価を受けるものだと思っていた。カエデも実際に仕事をしているところを見たら、サラリーマンは大変だと思っただろう。
「アトベ様はスーツというものをお召しになっていらっしゃいますが……これが、前職での制服だったんですか?」
「俺はスーツでしたが、服装は自由でした。私服で出社する社員も多かったですよ」
迷宮国生まれのファルマさんは俺の服装が気になるようで、隣に座って質問してくる。食事が始まってしばらくしてからネクタイを緩めたのだが、そのネクタイがどうやって巻かれているのか気になるようで、頬に手を当てて観察していた。
「迷宮国には色々な服装の方がいますから、アトベさんのスーツ姿もそういうものだと思って受け入れられていますね」
「そうね、思ったより後部くんは悪目立ちしてないわね。リョーコさんは、水着が戦闘用の装備なのよね……」
「小麦色の肌じゃから、水着も良く似合うのう。ただ、破損には注意せねばならぬな」
『私なんて鎧を破壊されたら命にかかわるからね。うっかり壊されないように気をつけないといけないよね』
シュタイナーさんの鎧の中が見てみたいと今みんなが思っただろうが、誰も実際には言わなかった。人には聞いてはいけない秘密もある。
そうこうしているうちに、席を外していたルイーザさんとアンナが戻ってきた。俺もいったん席を立たせてもらうことにする――テレジアは肉鍋をほとんど空にしていたが、食べる手を止めて席を立ってついてきた。
◆◇◆
食事の途中で席を立つのは礼儀に反しているが、如何せん酒を飲みすぎた。同じような客は多いらしく、廊下に出ている人がいる。
「……待った、テレジア」
「…………」
淡い照明になっているので遠目には気づかなかったが、別の大部屋から出てきた人物をよくよく見て、遅れて気づく。
ロランド――『同盟』のリーダーが、グレーの髪をした男性を連れて店の突き当りまで歩いていく。間違いない、グレイだ。
また『同盟』と同じ店を選んでいたことに驚くが、大人数が入れる店となれば選択肢も限られてくるということか。
何度も立ち聞きをするのも良くはないが、特に耳を澄ませなくても、苛立ちに声を荒げるロランドさんとグレイの声が聞こえてきた。
「俺たちは昨日までと何も変わらなかったはずだ。『蟹』を待ち伏せして狩る……だが、今日のありさまはどういうことだ。なぜ奴らは急に出てこなくなったんだ……畜生……!」
「お、落ち着いてくださいよ、ロランドさん。今日は上手くいきませんでしたが、やりようはいくらでもありますって」
「いくらでもあるだと? なら言ってみろ、出てこなくなった魔物を湧き出させる方法でもあるって言うのか」
今日で終わると言っていたロランドさんの貢献度稼ぎは、想定外の事態が起きて失敗に終わった――魔物が予定外の行動を起こすというのは、無くはなさそうな話だ。
そしてグレイは、魔物が出なくなったときの対策を知っているという。彼らがいる廊下の角を曲がった先から、得意げな声が聞こえてきた。
「迷宮国に数人といない希少職の『召喚士』は、近くにいる魔物を呼び出す『魔物の呼符』ってものを作れるんだそうで。『蟹』の湧く場所でそれを使えば、引っ込んじまった『蟹』を引きずり出せるはずですよ」
「……そんなものを、どうやって手に入れる?」
「俺独自のルートってやつです。こう見えて、故買屋なんかに顔が利くんすよ」
「フン……狩りに参加しない間に何をしてるかと思ってたが。お前が裏街で何かやってたって話を、俺が知らんと思ったのか?」
「い、いやいや、やだなあロランドさん、俺はただサボってたわけじゃないんだ、本当ですよ」
ロランドさんの声からただならぬ気迫を感じるが、グレイはたじろぎつつも半分笑ったような声のままだった。
「まあいい。その『魔物の呼符』ってやつを、目的の数だけ調達できるのか」
「そりゃもう、もちろんやらせてもらいますよ。こいつさえ何とかしてもらえれば」
『こいつ』というのは代金のことだろう――ジャラ、と重たげな貨幣の鳴る音が聞こえた。金貨袋を渡したのだろうか。
「明日は間違いなく、目的を達成する。今回のことが上手くいけば……」
「俺を次期リーダーに推薦してくれると嬉しいんですけどね。悪いようにはしませんって」
「……他にも初期から貢献してくれているメンバーはいる。中途参加のお前を特別扱いはできん。ただ、お前の功績については皆にも話しておこう」
ロランドさんは話を終えるとその場を離れる。残ったグレイがこちらが見える位置に出てきそうになったので、俺達は物陰に隠れる――すると。
「自分じゃ何もできねえくせに、好き勝手説教してくれやがって……ロートルが。一回リタイアした時点で、あんたの時代は終わってんだよ……!」
声を荒げて毒づくと、グレイは壁を殴りつける。しかしその後には表情を切り替え、いつものように薄く笑みを浮かべると、自分たちの部屋に戻っていった。
グレイは二面性があるというより、本心を隠して成り上がろうとしている。他人のやり方を否定するつもりはないが、俺とは相容れそうにない。
「…………」
「付き合わせてごめん、テレジア。今の話が良い酔いざましになった……そろそろ戻ろうか」
テレジアはこくりと頷く。『ローグ』の技能である『無音歩行』を何も言わなくても発動していて、それでいて気配もほとんど感じない。隠密行動をさせたら彼女の右に出る人はそういないだろう。
「…………」
「ああ、さっき聞いたことはみんなにも説明する。『同盟』の動きにちょっと気になるところがあるから、明日は敵情というか、ライバルの状況を見ておきたい」
テレジアがそういうことを聞きたいのかは分からないが、俺の言うことはちゃんと伝わっていて、彼女はこくりと頷く。頷きと首を振るの二つができれば、そこまでコミュニケーションに差し障りはない――だが、何度でも思う。
テレジアの『意見』を、その声で聞きたいと。
◆◇◆
案の定と言ってはなんだが、リョーコさんが酔って足取りがおぼつかなくなってしまったため、俺はフォーシーズンズの面々を宿舎まで送っていった。
今日はファルマさんも泊まっていくため、俺は一階の居間で寝ることにした。備え付けのソファはそういった用途を想定しているのか、十分横になって寝られるほどスプリングの弾力がある。
「アリヒトにこそ休んでもらいたいから、私のベッドと交代してもいいけど」
「それはありがたいが、女の子をソファに寝させるのはちょっとな」
居間には先ほど風呂から上がってきたエリーティアの姿がある。その手にはライセンス――これから彼女と二人で、新しい技能の選択をすることになっている。
「……まだみんなに自分の技能を明かさないのは、良くないと思う?」
「そうだな……というより、俺だけがエリーティアの技能について見せてもらってるのは、バランスが悪いかもしれないな。いずれは全員でミーティングできた方がいいが、剣の呪いが解けてからが良さそうかな」
エリーティアが個別に相談したいというのは、彼女が『カースブレード』としての技能を人に見せることを避けているからだ。
だが、彼女の技能で俺たちは何度も救われている。みんながエリーティアの技能を知っても、恐れたりすることはないだろう。
「私ったら、そんなことばかり言って……自分のことを悲劇の人だと思いすぎてるみたいで、恥ずかしいわよね。『死の剣』なんて呼ばれて、自分は怖がられてるんだって……」
「『ベルセルク』が発動しても、エリーティアは今まで俺たちを一度も攻撃したりしなかった。『緋の帝剣』の悪い部分を抑え込むことができてるんだ。発動せずに敵を倒せればそれに越したことはないが、俺はリスクのある面も含めて、エリーティアの力を信頼してる。パーティって、多分そういうものなんじゃないかな」
「……ありがとう。アリヒトに相談すると気持ちが落ち着くから……面倒をかけてごめんなさい」
戦う時は呪われた剣を手放すことはできないが、非戦闘時だけは手放すことができる。就寝前のエリーティアは、そこにも安心を覚えているようだった――二階に置いてある剣を、やはり少しは気にしてしまうようだが。
エリーティアはソファに座っている俺に近づき、ライセンスを見せてくる。そこには、新しい技能が表示されていた。
◆エリーティアの習得できる新規技能◆
スキルレベル3
・スカーレットダンス:『レッドアイ』発動時に魔力を消費して連続攻撃を繰り出す。攻撃するたびに威力が上昇し、防御力が低下する。
スキルレベル2
×ピアース2:刺突攻撃の届く距離が伸び、攻撃回数が上昇する。必要技能:ピアース1
×レックレスレイド:離れた敵に飛び込んで攻撃し、敵の行動を妨害する。
×ブレードオーラ:剣で敵を倒したとき、『剣のオーラ』が蓄積する。
残りスキルポイント:4
四つ習得できる技能が増えたのに、ほとんどが『カースブレード』では取得できない剣士の技能だ。しかし、一つだけ『カースブレード』として取れる技能がある。
「レベル10からは、スキルポイントが4手に入るようになるんだな」
「あっ……そうね、今まで気がつかなかった。レベル10が一つの区切りになっているってことね」
「おそらくそうだな。しかし、気になる技能があるのに取れないのは勿体ないな……ここに出てる技能だけじゃなくて、剣士の技能が沢山あるのに」
「それは私自身も何度も思ってることよ。最低限、剣士として立ち回れる技能は取っておけたと思っているけど……本当は、刺突剣の方が得意なのよ」
彼女は二刀流ができる『ダブルウェポン』を取得できるので、『カースブレード』でなくなると戦い方の幅が大きく変わる可能性がある。違うタイプの剣で二刀流をしたりもできるわけだ。
「『緋の帝剣』の呪いが解けても、強力な武器としてそのまま使えるといいんだけどな」
「そうね……『旅団』では、呪われている武器だからこそ強いって言われていたわ。呪いを解くなんて発想は初めから無かったけど、もしかしたら……」
「可能性はある。いや、必ず何かあるはずだ」
「そうね、初めから諦めていたら始まらないわ」
エリーティアは表情を和らげる。そして彼女は、選択の余地のない一つの技能を指差した。
「『スカーレットダンス』……これを取っておくわ。切り札になるかもしれないから」
「……エリーティア、『レッドアイ』はどうやって発動するものなんだ?」
それを尋ねると、エリーティアは少し答えにくそうにする。やはり『カースブレード』の技能は、呪いを示す『▼』のマークがついていなくても、何らかのリスクがあるのだろう。
「『ベルセルク』とは違って、『レッドアイ』には無差別攻撃をするデメリットはないわ。ただ……『自分が流血したときに発動する』ものなの」
「っ……それは……」
そんな技能を狙って使おうとしたら、あまりに危険すぎる。しかしエリーティアは、そのリスクを口にしてもなお微笑んでいた。
「剣士なら、誰でも怪我をすることはあるわ。それにキョウカだって、体力が減るほど強くなる『アンビバレンツ』を使ったじゃない」
「……あれは、本当に凄い勇気だった。五十嵐さんは、肝心な時にああいう行動ができる人なんだ。でも……」
「アリヒトだってそう。みんなのためなら、危ないことでも躊躇わずに実行に移してる。簡単にそれをさせないために、私たちにもできる限りのことがしたい。覚悟なら、とっくに決めているんだから」
あまり何度も無理はさせられない――などという俺の月並みなセリフは、エリーティアにはお見通しだった。
先手を打たれて、俺は苦笑するしかない。そのうちに、エリーティアはハッとした顔をして口に手を当てる。
「……ご、ごめんなさい。お説教みたいなこと言ったりして。アリヒトに助けられてるってわかってるのに、心配で……」
「い、いや、俺も危険だとは分かってたから、生きていて何よりというか……」
「本当に……『後衛』なのに、肝心な時に誰より前に出ちゃうんだから」
そう言うエリーティアの表情は、時折見せる年齢相応の少女のものだった。どれだけ強くても、十四歳の彼女に心配をかけすぎてはいけないと思う。
「あのー、技能の打ち合わせなのに、いい雰囲気になってませんか?」
「っ……い、いい雰囲気とかじゃなくて……普通に話をしてただけだから。アリヒト、技能はさっき言った通りに取っておくわ。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。ミサキ、スズナ、待たせてすまなかったな」
「い、いえ、呼びに来てもらえるまでミサキちゃんには待っているように言ったんですが、その……こうなってしまいました」
「お兄ちゃんに呼ばれるの、みんな部屋で正座しながら待ってるんですよ? そこはですね、割り当て時間は守ってもらわないと。私とスズちゃんで合わせて二倍でお願いします!」
やはり順番待ちを考えると全員でミーティングして技能を決めた方が良さそうなのだが、現状では個人面談で決める流れが定着している。ミサキは特に遠慮なく俺の右隣に座り、スズナも逆側に座る――ミサキが近すぎるので、スズナの適切な距離感を見習ってもらいたい。
「アリヒトさん、遅くまでかかりそうですが大丈夫ですか?」
「今夜中には終えておかないとな。みんなも遅くまで待ってると大変だと思うけど……」
「他のみんなはファルマさんとお話してますよ。お兄ちゃんのことも話題に出てます」
「そ、その……アリヒトさんがいると話せないことですけど、変なことではないんです。ファルマさんが気になると言うので、少しだけ……」
一番もどかしい説明だが、スズナにこれ以上聞くのも申し訳ない。俺がいないときにしかできない話とは一体――と、想像している場合ではない。
「まだ何人も待ってますから、あんまり悩まずに決めちゃいたいですね」
「うん、早めに決めてアリヒトさんにゆっくり休んでもらわなきゃ」
二人なので時間も二倍と言っていた気がするが、多分他の皆にも配慮してくれているのだろう。二人で目配せしたあとにミサキが先にライセンスを出してきたので、丁重に見させてもらうことにした。
◆◇◆
それから一時間ほどかけて、最後にテレジアを残して技能を検討することができた。
「お兄さん、ありがとうございました! また明日、よろしくお願いします!」
「お疲れさま。私も仮眠して作業に戻る」
「明日セレスさんが装備を仕上げてくれたら、迷宮に行こうと思う。今回は、メリッサもマドカと一緒に休んでおいた方がいいか」
「……そうする。でも、また大物がいたらとっておいて」
解体作業を終えたあとにすぐ探索というのはメリッサの負担が大きい。休みを取ると言っていながら、動く目的ができてしまった――見なかったことにして休むこともできるが、一日中気になっていると落ち着かない。
『同盟』にとって想定外の事態が起き、彼らは足止めを喰らった。状況を打破する方法はあるようだが、そう思い通りに行くのだろうかという疑問がある。
メリッサとマドカが寝室に戻ったあと、外にいるシオンのところに行くことにする。護衛犬は自主的に技能を取るらしいので、選択の余地はないのだが。
(……それにしても、テレジアはどこに行ったんだ? もう寝てるのか)
技能の選択をするというのは伝えていたのだが、順番が来ても姿を見せない。ライセンスの位置表示は家の中を示しているので、もうどこかの部屋で休んでいるのだろうか。




