第百八話 魔法銃
ファルマさんは箱屋でシオリさんと話をしていくということで、宿舎に帰るときにまた迎えに来ることになった。
次の行き先はブティック・コルレオーネだ。店長のルカさんはちょうど他の客の対応を終えたところで、俺を見るなりウインクを飛ばしてくる。
「もっと時間がかかると思ってたけど、さすがは期待の新星ね。それともアタシに会いたくて頑張っちゃったのかしら」
「それもありますが、色々と上手く行きまして。共闘してくれたパーティや、皆の頑張りによるものですが」
「また謙遜でできてるようなことを言うわねえ。アリヒトはイメージを裏切らないわ」
俺も調子に乗ってしまうことはあるが、常に忘れてはならないのは、俺たちの戦果は協力して得たものだという意識だ。
「さて……他の子たちには店の商品でも見ててもらって、アリヒトだけ来てくれる? 全員で入れるほど広くはないから」
「そういうことなら、前に来た時に買えなかったやつを……あー、やっぱり水着は滅多に入荷しないんですねえ」
「こればかりはタイミングの問題ね。無駄遣いしない範囲で、必要なものを買い足しましょう」
ミサキをたしなめつつ、五十嵐さんが俺を見て頷く。ルカさんはそれを確認したあと、店の奥に俺を案内してくれた。
◆◇◆
ブティックの店内は明るく、誰でも足を運びやすい内装だったが、ルカさんが商談に使うという部屋は、間接照明で仄かに明かりがあるのみで、革張りの椅子と黒い艶のある石でできたテーブルが置かれた、まさにギャング映画に出てきそうな部屋だった。ムスクの香りがするが、これはルカさんのこだわりだろうか。
「いかにも密談に使う部屋だって思ってるんでしょう。最初はみんな驚くのよ。店員たちは慣れてるから、ここで世間話しながらお茶を飲んでるけどね」
「い、いや……確かに雰囲気は出てますが。凄くセンスがありますね、ノワール映画に出てきそうっていうか」
ルカさんは俺の比喩には曖昧に笑うだけで答えてはくれない。だが本当に、俺を裏社会に引きずり込もうとかそういうことではないようだ。『カルマ』がある以上悪事をそうそう働けないので、当たり前といえば当たり前だが。
「元はここから出してきたのよ、あの魔法銃。隠し金庫ってやつね」
壁に飾られた角鹿のような魔物の剥製は、隠された仕掛けのスイッチになっていた。ルカさんが剥製の口の中に手を入れると、壁に掛けられた絵がゆっくりと横にスライドし、その向こうに金庫が入っている。
(ん……この金庫が入ってる部分、周りに焼け焦げのあとがあるような……)
「魔道具って便利よね、電気仕掛けじゃないとできないようなことも色々できて」
「こんな仕掛けが家にあったら、ちょっとワクワクしますね」
「あら、分かる? 子供心って、幾つになっても忘れちゃいけないわよね」
金庫のダイヤルを回して開けると、その中には前も見せてもらった銀のアタッシュケースが入っていた。俺もライセンスを取り出し、ルカさんが言っていた上質な繊維が採れそうな『羊の魔物』たちの討伐証明を表示する。
ルカさんはもう一度仕掛けを動かして絵を元の位置に戻し、テーブルにアタッシュケースを置くと、俺の対面に座って手を組み合わせた。これで俺が期待外れなことをしたら、早撃ちでもされそうな緊張感だ。
「さて……アリヒト、私が頼んだものは手に入った?」
「今解体中ですが、一両日中には素材を持ち込めると思います。これらの魔物の素材は、スーツを作るための材料になりますか?」
ライセンスに表示された魔物の種類と討伐数を見て、ルカさんは目を見張る。そして、震えるような息を吐くと、テーブルの上に置かれた葉巻を手に取り、火を点けようとして――俺を見て、苦笑して手を止めた。
「驚いたわ……まさかここまで期待に答えてくれるなんて。七番区で入手できる中では、羊毛の繊維、つまりウールは最高の部類と言えるわよ。それにこの魔物……名前つきの身体から採取できた素材も使えれば、現時点で最高のスーツができるわ」
「良かった……確かに、ウールはスーツの素材として使いますからね。クリーニングに出さないと縮みそうですが」
「どんな服も、ある程度傷むのは仕方ないわよ。手入れ次第で、寿命はいくらでも長くなるけど……アンタたちは、きっと驚くほどの早さで次の区に行っちゃうでしょうし。アタシが服の手入れをさせてもらえる期間は、精一杯やらせてもらうわ」
八番区でも服屋で買い物をしたが、ルカさんほど不思議とウマが合うというか、色々と話してくれたり、服を作ることに進んで取り組んでくれる職人には、そうそう会えないだろう。こればかりは巡り合わせの妙だ。
「ルカさんはもうどこかと契約されてると思いますが、もしまだ枠に空きがあったら、ぜひ専属契約を結ばせてもらえませんか。スーツのメンテナンスだけでなく、これからもみんなの服のことを相談したいですし」
一度スーツを作った店を贔屓にするというのは無くはない話だ。ルカさんは何とも言えない顔をする――戸惑ってはいるが、最初から却下ということでもないようだ。
「……そうね。実際に素材を見てみないと装備としての強さは出せないけど、今は弟子が服を作ってるから、アタシがアリヒトのスーツにかかりきりになれる。一週間で完成させてみせるから、そのときに改めてアタシの仕事を評価してみてくれる?」
「一週間……凄いですね、スーツって作るのに一ヶ月以上はかかりそうですけど」
「まあそこは、長年のノウハウってやつで何とかするわ。店には普通に並んでるけど、スーツ以外の防具なんかも量産は効かないのよ。粗雑なできの装備も多いから、ただのレザーアーマーやバックラーを大事にしろとは言わないけどね」
一つひとつの武器防具を、職人たちが作っている――そう思うと、箱から出てくる大量の余った武具も、できるなら持ち主を見つけられればと思う。
「まず『サンダーヘッド』の繊維を裏地に使うから、雷の耐性はつくでしょうね。それにこの『ダークネスブリッツ』……ものすごく希少なんだけど、はじめから染まっているからスーツの表地にはピッタリなのよ。普通は『ストレイシープ』の繊維を染色して使うんだけど、色味が全然違うのよ」
「なるほど……今のスーツは着心地は悪くないんですが、特殊な効果は一つもないので、何か効果がつくとありがたいですね」
「ウールだと通気性に問題があるから、そこはアタシの手持ちの素材で対策しておくわね。特にアリヒトはスーツの上から防具を着けてるし、スーツは鎧下のようなものと考えた方がいいでしょう」
スーツの仕様について話し始めたルカさんの目が輝いている――子供心を忘れてはいけないと言ったとおりだ。
「……いい大人がはしゃいじゃって、って思ってる?」
「いえ、これだけ熱を持ってスーツを作ってもらえることが嬉しいです。転生する前も毎日スーツは着てましたが、そこまで一着のスーツに思い入れを持ったことがなかったので、すごく新鮮です」
「そう言ってもらえると有り難いわね。アタシもいつもは既製服を作るばかりで、こんなふうに一点物の服が作れる機会は滅多にないのよ」
店に並んでいる服だけでも十分な品揃えだが、デザイナーとしてはそれだけでは物足りないこともあるのだろう――と考えていると、話は一段落したということか、ルカさんはアタッシュケースを開いた。
中に入っているのは、鈍く輝く黒い金属でできた銃――だが、弾薬を込めて使う銃とは構造が大きく異なっている。
「これが『魔法銃』……ずいぶん、火薬を使う銃とは違うみたいですね」
「これを聞くと、コストが高いと思うかもしれないけど。ここに魔石をはめ込む場所があるでしょう? この魔法銃を装備できれば、魔石の力を『装填』して放つことができるわ」
「装填……なるほど。でもそれだと、魔石を装着した武器で特殊攻撃をするのと、どう違うんでしょう?」
ルカさんは良いところに気がついた、というように微笑むと、アタッシュケースに入っていた透明な魔石を手にとってみせる。
「アリヒト、魔石っていうものはどうやってできると思う?」
「迷宮から産出するみたいですから、迷宮の中で生成されて、それを魔物が箱の中に持っていたり、身体のどこかに付けてたりするんだと思ってましたが」
「そうね、でもそれは少し違うのよ。迷宮の中で技能が使われると、エネルギーが霧散しているように見えて蓄積しているらしいの。たとえば水属性の技能を敵味方問わず多く使う迷宮では、水系の魔石が多く産出する。魔石の鉱床っていうものもあるそうだけど、宝石の鉱床とは全く違った原理でできているのよ」
ただ興味深いと思って話を聞いていると、彼はそんな俺の反応に気を良くして笑う。
「なんて、博識ぶってみせたけど、これはギルドの資料館に行けば調べられる情報なのよね」
「七番区には資料館があるって話でしたね。まだ行けてなかったな……」
「七番区で、六番区以上の情報が全く手に入らないということはないけど。資料館ではどの区まで行ってるかに応じて閲覧に制限がかけられるから、もどかしい思いもするでしょうね。入り浸る人もいるけど、必要な時に行くだけしかお勧めはしないわ……と、脱線はこれくらいにしておきましょうか」
「いえ、すごく参考になります。それで、その魔石は……」
ルカさんは俺に魔石を渡してくれる。透明な石の中に、白いもやのようなものが見える――そのもやは、じっと見ていると微妙に揺らめいているようにも見える。
「火や風みたいな属性のない、いわゆる無属性の魔石ね。たまに迷宮の中で無属性の攻撃しかしない魔物がいる階層があるんだけど、そこでは魔物のレベルに応じてこの種の魔石が出るのよ。これはグレードが一番低い『白晶石』っていうんだけど……ライセンスで詳細を見てみるといいわ」
◆白晶石【3】◆
・『魔石操作2』の技能が無いと使用できない。
・スキルレベル1の魔法系技能をチャージすることができる。
・同じ技能を複数回チャージすると威力が上昇する。
・チャージ回数を使いきると壊れる。
「こんな魔石が……魔法銃もそうですが、七番区で手に入れるのは物凄く難しいものなんじゃ……」
「それの価値が分かるのなら、是非遠慮なく使ってちょうだい。アタシも気に入った探索者には長生きしてもらいたいしね」
ルカさんは明るく振る舞おうとするが、隠しきれず声が憂いを帯びる。
支援者は多くの探索者に接する――中には命を落とす者がいてもおかしくない。むしろ探索者よりも支援者の方が、人の生死に触れる機会は多いのかもしれなかった。
「白晶石が欲しいのなら、アタシが今言ったような条件の迷宮を探すこと。もしくは、魔石商と懇意になることね。需要のある石だから、他の区で捌かれることも多いのよ」
「ポーションも上の区で需要があるので、高くて手に入りづらい……っていうことでしたよね」
ポーションという言葉が出たところで、ルカさんはふとすれば見落とすくらいの短い間、遠くを見るような目をした。
「……一つ、言っておくけど。もし窮地に追い込まれても、後に響くような手段を使うのは避けなさい」
「はい、勿論です……と言いたいですが。俺はどうも、スイッチが入ると無謀をしがちで、気をつけないといけないですね」
「闘争心があるのはいいことよ。名声を得たいっていう気持ちで無謀をするなんてことは、アリヒトには無いんでしょうしね」
彼が二人で話す時間の間に、何を伝えようとしているのか――それが、俺は今やっと分かった気がした。
この魔法銃は、ルカさんが現役の時に使っていたもの。俺がそれを使うということは、彼の意志を引き継ぐということだ。
◆ライトミスリル・リボルバー+3◆
・『魔石』を装着し、『装填』『発射』を行うことができる。
・『魔石操作2』で使用できる魔石を装填できる。
・銃身のクールダウン時間が少し短くなる。
・耐久性が時間と共に少し回復する。
・『ガンスミス』の技能によって生産された。
この銃自体が、『魔石操作2』の技能を補ってくれる――これを作った『ガンスミス』という職の人は、どれだけ高度な技術を持っているのかと感嘆する。
「その魔法銃に一般的な魔石を『装填』して『発射』すると、武器に魔石をつけて特殊攻撃を発動させるよりも一撃の威力は高くなる。そして『白晶石』を上手く使えば打開できる場面も増えるかもしれないわ。まずは使わなくて余ってる魔石があったら、それで試してみなさい。一度発射した魔石は破損することがあるから」
「コストが大きいっていうのはそういうことですか。リスクもありますが、切り札として頼りになりそうですね」
「ええ、懐に忍ばせておけば頼りになるわよ。時には、鉛弾と硝煙の匂いが懐かしくなることもあるけれど……なんてね」
冗談めかせて言っているが、やはり彼が転生する前の経歴は只者ではなさそうだ――と、想像を巡らせるだけにしておく。
今のルカさんは優秀な仕立て屋で、今度は俺が彼の仕事を評価する側に回る。どんなスーツが仕上がってきても、きっと俺が着るには勿体無いくらいの出来になるだろうと期待してしまう。
「スーツの内ポケットに銃を吊っても目立たないようにしておくわね。男はいつでも危険な香りをさせておくものよ」
俺にそのイメージは果たして似合うのだろうかと思うが、事前に説明しておかないと、仲間たちに驚かれてしまいそうだ。
魔法銃を切り札として使うなら、今後もスリングを使っていくことになる。装備を問わない『後衛』の特性を、最大限に生かしていきたいところだ。
「……ところでアリヒト、アタシが理由あって、その銃をこの部屋で使ったことがあるのは気づいてた?」
最後の最後に、ルカさんが種明かしをする――金庫を隠してある壁の穴を、どうやって開けたのか。
あの小さくはない穴が、この銃によるものだとしたら。性能を引き出せれば、この銃は必ず今後の戦闘で助けになるという予感がしていた。




