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第百三話 帰途/秘神たちの誓い

「アリヒトお兄さんっ……!」

「おおっ……マ、マドカもか。俺は大丈夫だ、マドカが回復薬を使ってくれたおかげだよ」

「良かった……私、そんな効果があるって分からなくて……それでもお兄さんのために、何かしたくてっ……」


 ぽろぽろと大粒の涙をこぼすマドカ――これだけ優しい子を、過酷な戦闘にいつも連れて行くのは、やはり忍びないと思える。


 だが、今は感謝しかない。マドカが勇気を出してくれたおかげで、俺は生き延びられた――大きな収穫が得られるからといって、一番リーダーの俺が深入りしすぎる傾向にあるというのは、大きな反省点といえるだろう。


「慎重に、でも大胆に……やね。アリヒト兄さんのこと、うちはまだ全然分かってへんかったみたいや」

「みなさんを守るための、とっさの判断……ハラハラします。ですが、正直を言うとこうも思ってしまいました。頼りがいのある男性とは、貴方のことを言うのだと」

「い、いや……頼りがいがあるどころか、死にかけてたわけだけど……」

「もう……またそんなふうに。凄いことをしたんですから、もっとどっしり構えていてください。それと……」


 リョーコさんは何か、俺の姉さんみたいな空気を出している――俺の方が年上なのだが。


 彼女はまだ何か言いたそうだったが、俺を顔を見ているうちに、ふっと表情を和らげた。


「……ありがとうございます。アリヒトさんがいなかったら、私は取り返しのつかないことをするところでした」

「いえ……色々と、魔物も考えてるみたいですから。もし困ることがあったら、互いにサポートしながらやっていきましょう」


 苦戦はしたが、『フォーシーズンズ』との共闘作戦は成功を収めた。六番区に上がるまでは、協力体制を築いてやっていきたい。『自由を目指す同盟』に対抗するために組んだのだから、その目的を達するまではできるだけ力を合わせるべきだろう。


「アンナが目的としてた素材は、『サンダーヘッド』のものでしたよね。『牧神の使い』の方からも、いい素材が取れそうですが」

「いえ、『サンダーヘッド』がガットの素材に良いとだけ聞いているので、そちらだけおすそ分けをいただければ。この『名前つき』は、ギルドに報告したら大変なことになると思います……納品するか、解体屋に持ち込むか、皆さんでじっくりご検討ください」

「ああ、そうさせてもらうよ。じゃあ『サンダーヘッド』一体は、そちらで持っていってもらえるかな。メリッサに解体してもらうこともできるけど、どうする?」

「ラケットを作っている工房で解体もお願いできるそうなので、そちらに持ち込みます。メリッサさんも、大物の解体でかかりきりになるでしょうし……」


 メリッサは戦闘に使った巨大包丁を持ったまま、『牧神の使い』の巨体を見つめている――恍惚とした表情で。


「……青い血を流す魔物は、斬っても青いと思う?」

「え、えーと……まあ、それが自然なんじゃないかと……メリッサ、貯蔵庫には転送できそうか?」

「なんとか入れられる。解体するために少し人手が必要だから、可能なら父さんを呼ぶ」


 ライカートンさんなら、娘のために上の区まで来てくれるということはありそうだ――探索者を引退して支援者となれば、ある程度区の間の移動は融通が効くということか。


「お兄ちゃん、みんなの運が良くなってたからかどうなのかわかりませんけど、浅瀬のところに例のあれが落ちてますよー」


 ミサキに言われて見やると、『牧神の使い』が落とした黒い箱が落ちていて、半分砂に埋もれている――嬉しいのだが、今は生き残った安堵の方が大きくて実感が湧かない。


「もう、恒例になってしまいましたけど……本当は物凄く貴重なものなんですよね」

「これほどの魔物が落とした箱だと、罠には気をつけた方が良さそうね。また、『七夢庵』に頼みましょうか」

「ああ、それがいいな。マドカ、倉庫にいったん仕舞っておいてくれ。落ちてる素材もみんなで集めよう……凄いストレイシープの数だな」


 何体か回収してみて分かったことがある――『ストレイシープ』と『ダークネスブリッツ』は、なんと違う個体になっているということだ。『ストレイシープ』もワタダマよりは小さいものの、マドカがやっと抱えられるくらいの大きさなので、かなりの羊毛が取れそうではある――白と黒、どんな性質があるのか楽しみだ。『サンダーヘッド』は発光していたのでわからなかったが、羊毛は黄色みを帯びている。


「バウッ、バウッ」


 素材回収をしているとシオンがやってきて小さく吠えるので、何事かと確認する――すると、『トリケラトプス』の面々が、遠巻きにこちらを見ている。


 みんなに少しだけ外すと言い置いてから、俺はシオンを連れて『トリケラトプス』の三人が潜んでいるところまで向かった――すると、彼らは相変わらずギリースーツで草むらに一体化していたが、三人とも立ち上がらずそのままでいる。


「もしかして、腰が抜けてしまったりとか……?」

「……情けない限りだ。というより、あんたは俺たちが思った以上にキレてる」


 ヒゲの人が顔だけを上げて言う。顔色が悪かったりはしないのだが、何か夢でも見ていたかのような、そんな現実味のなさそうな顔をしていた。


「キレてる……危険だっていうことですか?」

「ち、ちげぇよ……あんた、自覚ねえのかよ?」

「普通は思ってもできないだろう。仲間を守るために、自分だけハーピィの足に捕まらず、魔物の攻撃を受け止めて……そこから起死回生だ。最高にクールだった。久しぶりに胸が躍ったよ」


 迷彩ヘルメットの人は変わらず淡々とした口調だが、言っている内容は絶賛にも聞こえる――いや、疑うのも失礼だろう。


 キレているというのは、彼らにとっては『クールだ』という意味合いらしい。こちらは無我夢中で戦っているだけなので、そんな感想を抱かれるのかと意外に思いもするが、格好悪いと思われるよりは良いだろうか。


「ふう……ようやく落ち着いてきた。これは現実に起きた出来事なんだな……あんたたちがそういう星の下に生まれてきたんだとしたら、羨ましいようで恐ろしい気もする」

「で、でもよ……俺らだって、ここまでやってきたプライドはある。あんたらの戦いとその結果に、水を差す真似はしたくねえ」

「俺たちは何も見なかった。あの魔物のことは秘密にしておくし、グレイに対しても情報を漏らしたりはしない。あんたたちの心象を害することはしたくない……それくらいのものを見せてもらった」

「そうしてもらえると有り難いです。『同盟』がどうしてもというなら、俺たちと競う場面は出てくるかもしれない。その時は、堂々とぶつかりましょう」


 ぶつかるといっても、ただ序列を争うだけだ。俺たちも一位にならなければ、先に進むことができない――『同盟』がまごついているようなら追い抜いていく、それくらいの気持ちだ。


「あなたたちは約束を守ってくれると思います。この『フクロウのスコープ』、預かり物を使ってしまって申し訳ないんですが、凄く助かりました」

「い、いや。そいつが助けになったなら、あんたが使ってくれ。あんたたちが逃げなかったのは、万一にも魔物を放置して『スタンピード』にならないようにってことだろ? 俺らも感謝したいっつーか、なんつーか……」

「俺たちならあの『名前つき』には絶対勝てない。やらなくても分かる、その感覚だけで生き延びてきたようなもんだ。だがあんたたちが勝ったことで、俺たちは希望をもらえた。情けないかもしれんが、今俺たちはかつてないくらいやる気なんだ」


 ヒゲの人の目が輝いている――俺たちに触発されたというのは本当のことのようだ。だが、こんな貴重品をそのまま貰うわけにはいかない。


「じゃあ……価値に見合う金額で買い取りたい。金貨千枚でどうだろう?」

「っ……ゲホッ、ゲホッ。金貨千枚、確かに俺たちも稼げなくはないが、その額をポンと出すのか?」

「どれだけ危ない橋渡ってんだよ……もっとワタダマとか狩れよ。旨味が少ないとはいえ、七番区でもあれくらいの魔物が出るとこはあんだぜ」

「俺たちはグランドモール一体でもかなり苦戦していて、狩るにはかなり苦労する。あれが一体で良くて金貨五十枚といったところだから、千枚はかなり助かるよ」

「分かった、商談成立だな。これからも何か使えそうなものがあったら言ってくれ、店に売るより色をつけられるかもしれない」


 金貨についてはマドカのライセンスに備わった機能を使い、彼らに送金してもらうことにする。『トリケラトプス』の面々が手を振って立ち去ったあと、俺は再び素材の回収に戻った――もう少しで、帰途につくことができる。


 ◆◇◆


 テントを撤収し、俺たちは一度街に戻る――もし『黒い箱』から鍵が見つかれば、この迷宮に戻ってくることもあるだろう。


 一行の一番後ろを歩きながら、やはり五十嵐さんの後ろ姿が気にかかる――『アンビバレンツ』を使ったこともそうだが、今回の彼女には驚かされっぱなしだ。


『マスターのために、貢献したいという思いはパーティの皆が同じ。私がそうであるように』


 背負ったムラクモが語りかけてくる――武器は武器であるべきで会話すべきじゃないと言っていたが、今回の戦いを通して少し饒舌になったのだろうか。


『私がマスターの刃となるのは、機神アリアドネの一部パーツであるから当然のこと』


(今回は助かった。アリアドネもムラクモも、俺たちのパーティには不可欠の存在だ)


『……機神アリアドネにも聞こえているはず。私は彼女のパーツに過ぎない。返答については彼女に一任する』


 ムラクモは気を使ったのか、気配を薄れさせた――そして。


 あの『聖域』から俺たちを見守ってくれる、彼女の気配が蘇る。さっきは会話が途切れてしまっていたので、彼女が無事かどうか気になっていた。


(アリアドネ、本当に助かった。可能なら、ショートを防ぐ準備を……)


『……私が電撃に弱いばかりに、契約者である貴方を死なせるところだった』


 五十嵐さんや、みんなと同じ――アリアドネも、俺のことを案じてくれていた。


(心配かけてすまなかった。だが、俺の『士気解放』は、今のところああやって発動するしかないらしい……戦術には組み入れず、次回からはより安全策を……)


『……貴方が仲間たちを守るなら、私は貴方を守る。それでパーティの全員が守られる。機神の加護とは、それを理想とするべき。改めて学ばせてもらった』


 俺を心配して、過保護になるなんてことはない。彼女は前を見据えている――俺たちを、彼女なりに導こうとしてくれている。


『盾のアーマメントが、早いうちに見つかるとよい。『ガードアーム』の電撃に弱いという弱点を、『ガードヴァリアント』ならば克服できる』


(そればかりは、天の配剤ってやつだな。神様に言うことじゃないが)


『……私たちは全能ではなく、創造者ではない。人間の持つ可能性は、時に私たちの想定する未来を変動させる。強き生命を持つ者は、強い力で運命を引き寄せることができる』


『そこは運命を切り開く、と言ってもらいたい。星機剣である私と、機神アリアドネの力で』


 アリアドネとムラクモは似たもの同士だが、どちらかといえばアリアドネの方が生真面目に感じる――それが悪いということではなく、彼女たちそれぞれの愛すべき個性だ。


『……愛……数値化することのできないもの。機神が理解しえない感情』


『私がマスターに感じているものは、愛ではなく、愛着といえる。武器としてどれだけマスターにフィットできるかを重視する。今回のマスターの自己評価を聞きたい』


(そうだな……二人は120点だ。俺自身は、まだまだだけどな)


 二人が沈黙する――やはり、100以上の点数はこの場合存在しないとか、そういう返答になるのだろうか。


『……私は貴方を、点数で評価できない。貴方以上の契約者に出会うことは無いと考えている』


『私は機神アリアドネの意思に従う。これからもマスターの剣となる』


 アリアドネの気配が遠のき、ムラクモも沈黙する――俺がどう答えていいのかと迷う間に。


「…………」


 少し前を行くテレジアが、俺を見ている。何を思っているのだろうか――俺がアリアドネたちと話していたことを察しているように見える。


 彼女は何も言わず、俺の横に並んだ。ただそれだけで、言葉は無くとも、テレジアが案じてくれていることは伝わってくる。


「心配かけてごめん。いつもありがとう」

「…………」


 声をかけても、テレジアはこちらを向かない。しかし歩いているうちに、蜥蜴トカゲのマスクが徐々に少しずつ紅潮していた。


※いつもお読みいただきありがとうございます!

 これにて『牧羊神の寝床』二層ボス戦が一段落となります。

 次回更新は近日中となりますので、今しばらくお時間をいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 楽な蟹漁に夢中になっているから、こういうのがいることにすら気づかないビヨンドリバティ。というか、過去に退治できたパーティっていたんだろうか。男性のみの構成なら或いは……しかし、7番区の名前つ…
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