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第百二話 諸刃の槍

「やぁぁぁぁっ!」

「――五十嵐さんっ!」

「キョウカ、待って! その武器は……っ!」


 ◆現在の状況◆

 ・『キョウカ』が『ダブルアタック』を発動 →『★誘う牧神の使い』に二段命中 支援ダメージ24

 ・『キョウカ』にダメージが逆流 防具が破損

 ・『キョウカ』の体力と魔力が回復


「グォォォォァァ……ッ!!」

「くぅっ……!」


 五十嵐さんの体力が大きく減る――『アンビバレンツ』の威力は凄まじく、『ストレイシープ』の守りが薄い敵の腕に突き立ち、青い血しぶきが上がる。これまでどれだけの打撃を与えても、明らかな被害を与えることはできなかったというのに。


 しかし逆流したダメージもまた、とても見ていられるようなものではなかった。五十嵐さんの身につけていたレディアーマーの装甲が弾け飛ぶ――白い肌が露わになっても、彼女は全く怯んだりはしない。


「――今よ! 私の分身……シオンちゃん、メリッサさんと一緒に、思いきりやりなさいっ!」

「ワォーンッ!」

「……ふたつとも、獲る……っ!」


 ◆現在の状況◆

 ・『★アンビバレンツ』の特殊効果により、『キョウカ』と戦霊の攻撃力が上昇

 ・『キョウカ』の戦霊が『ダブルアタック』を発動 →『★誘う牧神の使い』に二段命中

 ・『メリッサ』と戦霊が『シオン』と戦霊に騎乗して『ライドオンウルフ』を使用

 ・『メリッサ』と戦霊が『切り落とし』を発動 →『★誘う牧神の使い』が素材を2つドロップ


「ゴォォッォァァァァ……アァァァァッ……!」


 メリッサと戦霊は十字に交錯するようにして『肉斬り包丁』を振るい、『牧神の使い』の角を切り落とす――五十嵐さんの戦霊が繰り出した槍は、彼女がダメージを受けた分だけ威力を増し、『牧神の使い』の左側頭部に命中して、額にまで届く大きなキズをつけた。


(額に何か見える……あれは、弱点? 『鷹の眼』で特定できないが……)


 これは――五十嵐さんが立てた作戦だったのか。あえて『アンビバレンツ』を使うことで逆流するダメージを受け、『アンビバレンツ』の真価を引き出したあとで戦霊に攻撃させる。さらにメリッサと戦霊を、シオンとその戦霊に乗せ、同時に『切り落とし』を入れることで、『牧神の使い』の角を二本同時に切り落とす――これで、魅了や召喚を使われて逆転される可能性は消えた。


 ――だが。五十嵐さんの一撃が強力だったために、一つの誤算が生じてしまう。


「……私は……乗り越える……血を見た、くらいで……」

「エリーティア、しっかりしろ! 『ベルセルク』が発動したとしても、俺たちがついてる! 決して恐れたりはしない!」

「っ……アリヒト……」

「エリーティアさん、大丈夫です! 何があっても私がきっと、あなたを引き戻しますから……!」


 俺とスズナの声が届き、エリーティアが頭を振る。その後には、彼女はすでにそこにはいなかった――『ベルセルク』、そして仲間たちの支援で強化された身体能力で、さらに『ソニックレイド』を発動したのだ。


「――花のように散れ。『ブロッサムブレード』……!」


 金色の髪を持つ少女剣士と、彼女と同じ速度で追従する戦霊が、戦場に刃の花弁を散らす――狂い咲くように。


 ◆現在の状況◆


 ・『エリーティア』と戦霊が『ブロッサムブレード』を発動

 ・『ストレイシープ』7体に命中 『★誘う牧神の使い』に二十五段命中 支援ダメージ300


 降り注ぐ斬撃の雨を受けながら、それでも『牧神の使い』は立ち続ける――だが、ついに押し切られて片膝を突く。


 三十二段の斬撃――しかしそれで終わりではない。降り注いだ刃の雨が、反転する――エリーティアの切り返しによって。


「――舞い上がれ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『エリーティア』と戦霊の追加攻撃が発動 → 『★誘う牧神の使い』に三十二段命中 支援ダメージ384

 ・『エリーティア』の体力、魔力が回復


「グォォォッ……ォォォ……!!」


 支援によって強化された斬撃自体のダメージ、そして支援ダメージ――それでも敵はまだ沈まない。しかしエリーティアは、『ベルセルク』が発動している状態でも深追いはしなかった。


「私は……私はっ……アリヒトのパーティの一員……もう、仲間を傷つけたりはしない……!」


『――マスターの剣として、その言葉を誇りに思う。後は私たちに委任し、下がるがいい』


 ムラクモが俺の肩に手を置く――『彼女』の戦いが今からもう一度見られるのだと理解し、同時に自分がどう動くべきかを頭に思い浮かべる。


(ムラクモの読み通りになるか……今は、それに従うのみだ。奴を倒し切る……!)


 追い詰められた『牧神の使い』が、身体に張り付いた残りの『ストレイシープ』全てに黒い雷をまとわせる――守りを捨て、最後の反撃を試みようとしているのだ。


 ――これより、『自律戦闘機構オートブレードシステム』を起動する――


 ◆現在の状況◆

 ・『★誘う牧神の使い』が『ストレイシープ』15体を『ダークネスブリッツ』に変換

 ・『ムラクモ』が『籠之鳥かごのとり』を発動 


 リン、とどこからか鈴の音が響いた――刀の姿が八つに分かれて、敵の周囲を回転し始める。


『マスター、私の分身だけでは敵の標的を引きつけるには足りない……私に向かって、弾丸を……!』


「ああ、分かった……っ、ハーピィの皆も一緒に仕掛けるぞ!」


 俺はスリングに魔力を込めながら、上空を旋回していたデミハーピィに指示する――『ダークネスブリッツ』に変わっても、生き物としての性質を備えているのならば、彼女たちの得意技が通じる可能性はある。


「――喰らえっ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『ヒミコ』が『眠りの歌』を発動

 ・『アスカ』が『輪唱』を発動

 ・『ダークネスブリッツ』が3体睡眠

 ・『アリヒト』と戦霊が『フォースシュート・バウンス』を発動

 ・『ムラクモ』と『★誘う牧神の使い』の間で『フォースシュート』が跳弾

 ・『ストレイシープ』4体に命中 『★誘う牧神の使い』に六段命中


 ムラクモが言った通りだった――『籠之鳥』で分裂しているように見える剣すべてに質量があり、俺の弾を跳ね返しながら、『牧神の使い』の周囲を回転する。


 もはや『牧神の使い』は声を上げなかった。ただ執念を込めた瞳を輝かせ、反撃を試みようとする――しかし。


『正しい答えを選ばなければ、籠の鳥は外には出られない――』


 ◆現在の状況◆


 ・『ダークネスブリッツ』8体が『アリヒト』のパーティを攻撃

 ・『ムラクモ』が『流星突き』を発動 →『★誘う牧神の使い』に命中 『ダークネスブリッツ』8体の行動がキャンセル

 ・『★誘う牧神の使い』が『デーモンズブラッド』を発動

 ・『★誘う牧神の使い』の充電レベルが最大に上昇


 『籠之鳥』で分身したムラクモを『ダークネスブリッツ』を無差別に撃ち出して薙ぎ払おうとした『牧神の使い』は、背後で実体化した少女の姿のムラクモによって、刀による致命の一撃を受けた――しかし青い血しぶきが上がると同時に、羊頭の悪魔は全身を青く発熱させながら黒い雷を纏う。


 狙うのは俺――だが敵の正面にいるのは、『もう一人の俺』――戦霊だ。


「うぉぉぉぉぉっ……!」


 歌に加わらなかった最後のハーピィ――『ヤヨイ』の足につかまって上空に飛び上がっていた俺は、意を決して飛び降り、角を失った『牧神の使い』の額を目掛けて突っ込んでいく。


(五十嵐さんの攻撃が頭に当たったときに、額にまで傷がついた……間違いない。『ストレイシープ』で本当に覆いたかったのは、ここだったんだ……!)


「――来い、ムラクモ!」


 攻撃を終えた後のムラクモは、『ガードアーム』を呼んだときと同じように、俺の求めに応じて任意の場所に現れる――振り上げた手の中に。


 ◆現在の状況◆

 ・『アリヒト』が『天地刃』を発動 →『★誘う牧神の使い』に命中 急所攻撃


 俺がムラクモを使って繰り出せる技は、一度見たことがあるものだけ――振り落とされた刀は額の中央に突き立つ。


「……ォ……ォォ……」


 浅瀬に『牧神の使い』の巨体が両膝を突く。俺は強化された身体能力を頼もしく思いながら、三メートルほどの高さがある敵の頭上から飛び降りた。


 泉に大きな波が生じる――その波に足を取られないように耐え、改めて敵の姿を見やる。膝を突き、動かなくなったその姿は、奇しくも数分前の俺自身と同じだった。


 ◆現在の状況◆

 ・『★誘う牧神の使い』を1体討伐

 ・『ダークネスブリッツ』が全て消滅

 ・『アリヒト』による『全体相互支援』が解除

 ・『アリヒト』が6レベルにアップ

 ・『テレジア』が6レベルにアップ

 ・『キョウカ』が5レベルにアップ

 ・『スズナ』が5レベルにアップ

 ・『ミサキ』が5レベルにアップ

 ・『エリーティア』が10レベルにアップ

 ・『メリッサ』が5レベルにアップ

 ・『シオン』が5レベルにアップ

 ・戦闘終了により『エリーティア』の『ベルセルク』が解除

 ・『緋の剣帝』の斬獲数が1000に到達 『カースブレード』の固有技能が解放


 全員のレベルが上がる――それほどの苦戦であったことは間違いない。一時的に『フォーシーズンズ』に入っているマドカも、レベルが上がっているといいのだが。


 しかし、『緋の剣帝』に関して不穏でもあり、収穫とも言える表示がライセンスに出ている。エリーティアはまだ『ベルセルク』が解除されたばかりだからか、荒く肩で息をしており、ライセンスの表示には気づいていない。


「しかし今は、ひとまず……うわっ……!」


 みんなと勝利を喜ぼうと振り返ったとき、いきなり胸に誰かが飛び込んできた――勝った安心感で、大胆な行動に出てしまったのだろうか。


 だが俺の胸にすがりつくようにして、目を潤ませて見つめているのは――無謀とも言える戦術を実行に移して、勇猛果敢な姿を見せてくれたばかりの五十嵐さんだった。


「……後部くん……良かった……良かったぁ……っ」

「い、五十嵐さん……あ、あの、ご心配をおかけしたことは大変申し訳なく思っていてですね、でもちょっと今はその、何というか事態がまだ切迫しておりまして……っ」

「なに……? あんな無茶しておいて、逃げようとしてもそうはいかないわよ。後部くんが死んじゃうんじゃないかって、本気で思ったんだから……」


 鎧が壊れて、上半身の半分くらいが露わになっている――こんな壊れ方をする鎧もどうかと思うが、そうなってしまったものは仕方がない。


 しかしこの距離では、浴室のような必然の事情もなく、見てはいけない姿を見てしまいかねないうえに――俺の胸に、大きすぎるワタダマのような何かが当たっている。


(ワ、ワタダマは失礼だよな……しかし他に例えが……スライムとも違うし、俺は一体どうすれば……!)


「キョ、キョウカさん……っ、アトベさんが心配なのは痛いほど分かりますが、それはちょっと大胆すぎますっ」

「え……きゃぁっ!」


 二十五歳元上司が、現役女子大生でも通用しそうな可愛らしい悲鳴を上げ、俺から離れる――その瞬間、リョーコさんが自分のボアコートを脱いで、五十嵐さんにかけてくれた。


「……見えてなかったわよね? 見えてたら私……私、僧侶に転職しなきゃ……」

「えっ……な、なぜ僧侶に……?」

「だ、だって……悟りでも開かないと、パーティにいられそうにないから……あぁっ、どうしてこんな壊れ方……」


 つまり、戦闘中は鎧が壊れているという自覚がなかったのだ。俺もそんなことになるとは思っていなかったので、『アンビバレンツ』は色々な意味でピーキーな武器だと言わざるを得ない。威力もリスクも絶大なものがある。


「アリヒト兄さんっ……ああ、ほんまにどうなることかと思った……兄さんが倒れはったとき、うち、頭をがつんってされたみたいに目が覚めて……」

「……私もです。もっと早く正気に返っていたら、イブキに迷惑をかけずに済んだのですが」

「あはは……びっくりしたけど、いろんな魔物がいるからね。でも、あたしにはどうして効かなかったのかな?」


 魅了された仲間と戦うことになっても、すでに気にしていないイブキの豪胆さにも感心するが、確かに『享楽の角笛』が効いたメンバーと、そうでないメンバーがいたことが少し気になる。


 ライセンスの表示は、ある程度遡ることができる。俺は『享楽の角笛』を使われた後のあたりで、何があったのかを見てみた――すると。


(……そ、そういうことか……!)


 ◆状況記録◆

 ・『テレジア』『キョウカ』の信頼度ボーナス →『魅了4』までを完全防御

 ・『スズナ』の信頼度ボーナス →『魅了3』までを完全防御

 ・『ミサキ』『エリーティア』『マドカ』の信頼度ボーナス →『魅了2』までを完全防御

 ・『イブキ』『シオン』の信頼度ボーナス →『魅了1』までを完全防御


 『支援』をするたびに、信頼度が上昇する――その特性が、こんなところで効いてくるとは。


 しかし、まだ会ったばかりのイブキの信頼度の高さが、『先生』という呼び方に表れていたのだろうか。信頼度=好感度でもないのだろうが、何か照れるものがある――と、十歳以上も離れた女の子なので、単純に有り難いことだと思うべきだろう。二十九歳でおっさんと言われることも往々にしてある世の中だ。


(しかし……四段階に分かれてるけど。テレジアと五十嵐さんの信頼度が同じくらいなのか……最初期からパーティを組んでるからな)


 いずれにせよ、信頼関係が強いほど『魅了』耐性が強くなるということだ。リョーコさんには初対面と比べるとかなり見直してもらったような気がしていたが、信頼は一日にしてならずということだろう。メリッサはパーティメンバーで唯一耐性がないので、これから努力して信頼を得ていきたい。

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