8.残された皇帝➁
※本日もシュテファン《回想》回です。
「お前の価値など、皇帝の子を儲けない限り無いに等しいんだからな!」
暴言が、聞こえた。
(くっ、酷い言い草だ)
実家でもこうして、エリザを罵っていたのか。
「ずいぶんな言葉が聞こえたようだが」
声に静かな圧を乗せ、皇妃の部屋に入った。
ベルントは俺の義兄にあたるが、公爵子息。
身分では、圧倒的に皇帝である俺が上だ。
俺の登場に、慌ててベルントがソファから腰を上げる。
"皇妃"としての妹を立て、一応は下座に座していたようだが、態度が皇妃に接するそれではなさすぎる。
(夫である皇帝も侮辱したことになるとわかって……ないだろうな、こいつは)
俺の視線に、ベルントは頭を下げた。
「これは、陛下。"ずいぶん"など……。"妻としての務めを果たせ"と説いていたところです」
「要らぬ気遣いだ。夫婦のことに口を出すな」
エリザが傷ついてないかと彼女の表情を探ると、完璧な笑みを見せている。
だが、これは。
俺が彼女に論破されまくる時の空気と、とても良く似ている。
(確実に怒ってるな。ベルントは気づかないのか。ヤツが鈍いのか、それともエリザが怒ったところで歯牙にもかけないということか?)
おそらく両方だろう。
エリザは家族に対して自分を見せない。
自分を見せることを諦めているのは、長年抑圧されて過ごしたためだろう。
エリザを軽く扱ったリーネル家が腹立たしい。
「俺にも茶を貰おうか」
エリザの横に腰掛けると、「はい」と頷いた彼女が軽く手をあげ、控える侍女に指示を出す。
エリザは人前では皇妃としての威厳を保ち、自ら茶を淹れることはしない。
つまりエリザが淹れた茶を飲めるのは、俺だけだ。
優越感に浸りながら、侍女の出したカップを口に運ぶと、ベルントが話を振って来た。
「そうだ、陛下。反逆を企てたメクレン領を解体されたそうですね! メクレン領の兵たちがあぶれているようですが、リーネル家で預かりましょうか?」
(またこいつは、唐突に何を言い出すんだ)
皇家への報告なしに、規定以上の私兵と傭兵を雇い入れた辺境領。
そのメクレン領が隣国シルムと繋がり、叛意を見せたことから、解体したのは最近のこと。現地には新しい領主が就任したが、余剰兵力をそのまま野に放つわけにもいかず、皇家預かりとしている。持て余していたその兵を寄越せと、ベルントが言い出したところで。
「──メクレン家が保有していた兵は数が多い。雇うにしても、食費や給金が大変だろう。皇家でも悩ましい予算を、リーネル家が賄うと?」
「いえいえ、そこは国の予算でみてください。こちらで人員管理を引き受けるのですから」
(馬鹿なのか?)
どうして人件費こちら持ちで、兵力だけ預ける皇帝がいる。
しかもメクレン領で、どんな思想を吹き込まれたかわからない兵たちだ。危険極まりない一団を、まとめて譲り渡すはずがないだろう。
「そうか。だが、リーネル家だけに背負わせるのはしのびないからな。──他に何か案は?」
「あ、その、と、特には……。わ、我が家はいつでも受け入れますので、良ければご検討ください」
冷ややかな俺の空気をようやく感じとったベルントは、口ごもるように何かモニョモニョと言っていたが。やがて。「それでは、これで失礼します」
そそくさと退室していった。
なんだか無駄に疲れた気がする。
「ベルント殿はいつもああなのか」
エリザの青い目を見る。
「……俺が子を作らないと言ったから、あなたに辛い思いをさせているようだ」
最近彼女は、しっかりとした食事に身体が出来てきたように思う。
もとより艶やかだった髪は一層煌めき、肌も健康的に光って、瞳は生き生きと力強い。
(この調子で栄養を行きわたらせていけば、もしかして子を産める未来もあるか……?)
まだまだ油断は出来ないが、しかし。
「あなたが望むなら──」
「大丈夫ですわ、契約は守ります」
俺の言葉に被せるように、エリザはきっぱりと言った。
「子どもは授かりものですので、いくら実家が言ってきたとしても、突っぱねることは出来ます。陛下のお気を揉ませるようなことは致しませんので、ご安心ください」
「…………」
(まだ、誤解させたままだ)
当然だ。弁明もしていないのだから。
意気地のない自分を叱りたくなる。
が、どうにも彼女の前では、自分が自分でなくなってしまうようだ。
彼女の反応が怖い。これ以上嫌われたらと、怖気づいてしまう。
戦場では一度も湧き出ることのなかった不思議な恐怖に戸惑いながらも、彼女と一緒にいられる時間をとても心地よく、愛しく感じる。
この相反した気持ちが何なのか。
「お茶が冷めたな」
「淹れ直しましょう」
エリザは侍女を下がらせると、当然のように自ら席を立って茶を淹れ始める。
少し伏せられた瞳にかかる長いまつげ。流れる銀の髪が白い胸元を飾り、清らかな手元では流麗な指が優雅に動く。
(ずっと見ていたくなる……)
「先ほどの話、あなたならどうする? メクレン兵の話だ。皇妃としての考えを聞いてみたい」
ふと、ベルントとの話題をエリザに向ける。
皇家が持て余す、反乱のために集められた兵士たち。
少し思案する素振りを見せてから、エリザが口を開いた。
「まだ反抗心がある兵力は、分けておくべきです。各領に分散し、領主たちに管理を委ねてはいかがでしょうか? 給金もその地の領主持ちで」
「ほう? 給金を自腹で負担してまで、領主たちが引き受けるか?」
「メリットがございますれば。管理を持ち掛けるのは、大街道に沿った領主たちです」
各領を跨いだ大街道は、帝国の流通を発展させるために先々代が作った道だったが、整備も甘く野盗が出現して、いまいち機能していなかった。
エリザは兵たちに、その街道を利用する商隊の護衛をさせてはと言う。
安全に交易できると保証されれば、往来が盛んになり、各地の人の出入りが活性化する。大街道本来の効果が発揮されれば、国も人もにぎわう。
自領の発展に繋がるため領主も納得するだろうし、兵たちがいずれ家庭を持ち、各地で馴染む頃には、危険な思想も薄れているのではないかと、彼女は言った。
舌を巻くようなアイディアだった。
(──リーネル公爵は、後継者選びを間違えたな)
空気も読めない公子を家に残して、才気溢れる公女を俺に差し出した。
「あなたの案、検討してみよう」
「光栄です」
(初夜の件はいつか謝ろう──)
俺は茶の香気の中、頷いた。
しかし。頭の痛い問題が解決していないまま。
媚薬を飲んでしまった俺は、エリザの部屋に押し掛けるという更なる失態を犯してしまった。
身体からどうにも抜けない媚薬に心を刺激され、気がついたらエリザのもとに向かってしまったのだ。
こんなはずじゃなかった。
寝所の許しは、いかに彼女を大切に思っているかを伝えた後、得るつもりだったのに。
完全に順序を間違えた俺を、エリザは咎めなかった。
俺が夫で皇帝だから?
いや、彼女には契約を主張する権利がある。
だけど契約に触れなかったということは、俺と彼女の未来に望みがあるという解釈をしても大丈夫、なのだろうか?
ぎこちなく過ごしていた最中、同盟国からの援軍要請。
皇太子時代、戦場で助けられた相手国だけに、兵だけ派遣で済ませるわけにもいかず、皇帝親征で出陣して、帰還を果たすと。
エリザが、消えていた。
(やはり俺に愛想を尽かしていたのか──)
絶望を感じる。だが、それとは別に。
リーネル公爵家の娘である以上、リーネル派から命を狙われる心配はないが、対抗家門の思惑もある。
皇宮から出たら、どんな危険や事故に巻き込まれるか、予想もつかない。
「探すな」という手紙はあったが、彼女の行方を確かめ、まずは安全を確保しなければ。
その一方で。
エリザからの手紙に記されていた内容。
ーーーーーーーーー
せめてものお詫びとして、少しでも陛下の助けとなりますよう、下記のことをお伝えいたします
ーーーーーーーーー
彼女はリーネル家の黒い部分と、かの家を突き崩すための綻びを用意してくれていた。
「陛下。リーネル家の家令を、秘密裏に呼び出しました」
「会おう」
エリザの実家で、エリザにあてられるべき予算を横領していた家令。その家令の弱みをついて、持ち出させるべき資料まで、手紙に明記されてあった。
ーーーーーーーーー
どうぞリーネル公爵家を抑え、貴族派を制されますように
陛下の御代に、輝かしい栄光があらんことをお祈りしております
ーーーーーーーーー
手紙はそう結ばれていたが。
──エリザ、必ずあなたを探し出す。
あなたには迷惑かも知れないが、どうか初夜に傷つけてしまったことを謝らせて欲しい。
媚薬で無礼を働いてしまった件も。
そのうえで許して貰えるなら、少しでいい。俺の気持ちに、耳を傾けて欲しい。
ようやく気付いた。
あなたを前にすると勇気がなくなる、この気持ちが"愛する"という感情なのだと。
俺には、あなた以外の皇妃は考えられないんだ──。
更新時間が遅れてしまいました。
明日以降の更新もランダムかもしれませんが、引き続き完結までお読みいただければ嬉しいです。
当初20,000文字だった予定を、頑張って加筆して増やし中です。どうぞ楽しんでいただけますように。
「ブクマ」「評価」「いいね」いつも励みになります。ありがとうございます♪ヾ(*´∀`*)ノ




