7.残された皇帝①
※本日はシュテファン《回想》回です。
親愛なる皇帝陛下
諸事情あり、契約にありました離婚を前倒しさせていただきたく存じます
必要な書類を添えておきます。お手続きのほど、よろしくお願い申し上げます
結婚生活中は細やかにお心配りいただきましたおかげで、不自由なく健やかに過ごすことが出来ましたこと、心よりお礼申し上げます
なお、勝手を申し上げますが、私のことはどうか探さないでください
せめてものお詫びとして、少しでも陛下の助けとなりますよう、下記のことをお伝えいたします──……
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「陛下?」
近侍の声に、ハッと意識を引き戻される。
もう何度読み返したかわからないエリザからの手紙を握りしめ、近侍に問いかけた。
「どうだった」
俺の問いかけに、すまなさそうな表情を作った近侍が、首を横に振る。
「は。報告では西部地方にも皇妃陛下らしき人物は見つからなかったと──」
続く報告は、耳の上をただ流れていくだけだった。
エリザが居なくなった。
遠征先で、エリザは気分転換を兼ね、別荘に赴いたと聞いていた。
けれど戻って来た俺を待っていたのは、皇妃行方不明の報と、彼女が残した置き手紙。
魔力での封蝋は、誰に侵されることもすり替えられることもなく、俺の手元に届いた。確かに彼女の筆跡で。
「探すなと言われて、"はいわかりました"と言えるわけないだろう──」
エリザ、あなたはわかっていない。
俺はもう、あなたがいない生活なんて考えられないことを。
◇
◇
◇
「貴様など、生まれて来なければ良かったのだ。貴様のせいで妻は死んだ!」
俺が父から掛けられた最初の言葉は、確かこうだったと記憶している。
幼い頃。
酔った父は妻を失った全責任を俺に被せ、詰り、罵倒して離宮へと押し込めた。
後に、父は俺が持つ金紫の瞳も憎んでいたと知った。
皇族だけに受け継がれる不思議な色の瞳。だが父の目は、混じりけのない金色で紫味を帯びていなかったから。
しかしいくら父が俺を遠ざけようとも、皇帝と皇妃の血を受け継ぐ正統な皇子は俺だけだ。
俺の冷遇を知る貴族たちが、父に新しい花嫁を勧めたが、母を恋しがる父は、その提案を悉く突っぱねた。
おかげで俺に、第二の母や腹違いのきょうだいはいない。
父のことは情けない皇帝だと思っていたが、唯一その点だけは評価に値する。
……推薦された後妻が、息子ほど年の離れた相手で、食指が動かなかっただけかも知れないが。
筆頭貴族のリーネル公爵家からも、娘ふたりを推して来たらしい。縁談が受け入れられなかった後、長女はさっさと有力家門に嫁ぎ、次女のほうは俺との婚約話が持ち上がった。この次女が、エリザ・リーネル。後の俺の妃だ。
だが当時は、俺に強力な後ろ盾が出来ることを嫌った父が、話を棄却。
俺とエリザの縁はそこで切れていた、はずだった。
俺の年が十二を過ぎると、貴族たちへの牽制として、立太子の儀が執り行われた。
変わらず俺は離宮に押し込められていたが、その後初陣として戦場に送られ、それ以降は。戦地を転々と回され続け、皇宮に戻ることはほぼなかった。
事態が急変したのは、父が崩御してからだ。
父の急死に呼び戻され、流れるように即位して、俺は新帝となった。
しかし長年政治を顧みなかった父のせいで、皇権は失墜しており、貴族たちはすっかり奔放になっていた。
好き放題を重ねる貴族たちを抑えるため、武力に政略にと何でも使った。
そのうちの一件が、リーネル公爵の娘エリザとの婚姻。
皇都における貴族たちを束ねているのはリーネル公爵家で、公爵は力を貸す代わりに娘を娶れと言ってきた。
他国からの縁談も山と来ていたが、内部がガタガタのまま迎え入れると、嫁とその背後にある国に、どんな根を張られてしまうかわからない。
足場を固めるため、俺は公爵の提案を飲み、そうして俺の元にエリザが来た。
……おそらく公爵にはずっと算段していたことだったのだろう。大貴族の娘にもかかわらず二十歳まで誰とも婚約もしていなかったエリザは、話が決まるとすぐ嫁いで来たのだから。
ウェディングドレスを着たリーネル家の末姫は、想像以上に小柄で華奢な女性だった。
貴族家の娘は、厳しい体重制限を受けることがある。名門リーネルの息女だけに、細い見た目が求められたのかも知れない。
そのせいもあってか、まるで妖精のように見える。
流れ落ちる銀の髪は、月明かりに輝く夜のせせらぎのように静謐で。
青い瞳は露を置く花のごとく、穢れ知らずに目を奪う。
艶やかな口元は、どんな果実よりも甘やかに瑞々しく。
滑らかに磨き抜かれた白い肌は、触れれば溶けてしまう雪よりも繊細に見える、人間離れした儚さ。
(美しいがこれは……、痩せすぎだ)
彼女と子を持つことは出来ない。
政敵の娘という点がとにもかくにも大きいが、この身体で出産は厳しいだろう。
俺の母は俺を産んで亡くなった。
俺は子どもに、自分と同じ辛さを味わわせたくない。
万一がある、夜もなるべく控えた方が良いだろう。
だから彼女に伝えた。
「あなたと子を作るつもりはない」
養子でも何でも、方法はある。そう思い紡いだ言葉だが。
──……伝え方がまずかった。
初夜に、初めて話すタイミングで結論だけ言ってしまった俺は、エリザから誤解された。
使用人たちが彼女を軽視するという不幸な偶然と、俺の口下手が重なって、気が付くとすっかり彼女から警戒され、距離を置かれる始末。
それはそうだ。相手も政敵の家に嫁入りするとあって緊張していたところに風呂で溺死しかけ、それを夫からの拒否だと捉えたとなれば……。
己の身を守ろうと、奮い立ちもするだろう。
小気味よくポンポンと主張してくるエリザの言葉はどれも正論で魅力に溢れ、見惚れているうちに離婚前提の契約を結ぶ話になっていた。
(なぜこうなった?)
リーネル公爵はともかく、その娘に恨みはない。
せめて円満な関係を築くはずが、結婚初日に離婚を望まれるほど、嫌われてしまうとは。
関係修復を願って、足繫くエリザの部屋に通う。
侍女たちからの話によると、俺の他にもエリザを尋ねる客はいる。
彼女の部屋にはよくリーネル家の面々が訪れ、彼女に早く妊娠するよう迫っているらしい。
おそらく結婚前もさんざん言われてきたのだろう。
(それで"子を作らない"といった発言に、過剰な反応を示したのか。──孫を欲するリーネル公爵の野望は承知している。だが俺につく貴族もあらわれているから、それについてはいずれ対処出来る。彼女と子をなそうが、なすまいが、別の話だ)
だが、子どもを産むために送り込まれたエリザは……。
彼女の憤りも尤もだ。
子より何より、まずエリザ個人を見て、話をしなければならなかったのに。
俺はもっと、エリザと話をすべきだ。
今日も執務の合間を縫って、エリザの部屋を訪れると、中から声が聞こえる。
(確か彼女の兄、ベルントが来ていると言っていたな)
ノックのため手を浮かせた時だった。
「お前の価値など、皇帝の子を儲けない限り無いに等しいんだからな!」
暴言が、聞こえた。
まさか、シュテファン回が続いてしまった!
すみません、あと1話内に収めるよう頑張りますので、もうしばらくお付き合いください。
シュテファン回が済みますと、5年経ってるはずなので!(笑)
貴族女性に免疫のない18歳の戦場育ち、どうやら盛大にミスったようです。やばい!
見せ場、見せ場ちゃんと作る(つもりでいます)からシュテファンを見捨てないで~!( ;∀;)
文章が荒い部分も、また後程整えます(あせあせ)。




