45.キャラバン3
「……イデア。その鏡はちょっと趣味が悪いと思う」
「? なんか変な鏡だな」
買った鏡を持って二人の元に戻ったイデアは、とりあえず事情を説明することになった。
「精霊が閉じ込められてる? そんなことってできるの?」
「中の精霊、滅茶苦茶弱ってないか? 出せるのか?」
イデアにも精霊の出し方はわからない。困ってアゲハを見ると、アゲハは簡単そうに言った。
『鏡の枠を壊せばいいの。その枠に施された文様が精霊を閉じ込めているから』
「枠を壊せばいいんだって」
二人は顔を見合わせて頷いた。ルーラにもイデアが精霊の愛し子で護衛がついていることや、アゲハと意思疎通ができることは伝えてある。ルーラはただいつも通りそうなんだと言っただけだ。ただ他の人と違うのはアゲハとの会話を試みていたくらいだろうか。アゲハも楽しそうに応じていた。
「じゃあ鏡屋に行こう。あそこならハンマーとかあるし」
「他に力のある鏡があるから、精霊もすぐに回復するだろ」
三人でテーブルの上を片付けると、急いで鏡屋に向かう。鏡の中の精霊が心配だ。
「ただいま」
「おう、イデア。お帰り。客人だぞ」
鏡屋に入るなり、工房でドンおじいさんとお茶を飲んでいたのは、確かビィさんという騎士の人だ。名前を聞いていないが赤茶の髪の魔物化した騎士の人もいる。
「あ、こんにちは」
「……こんにちは。今日は礼を言いに来た。この手鏡の礼だ」
ビィさんは先日渡した手鏡を取り出した。そういえば二人の体に巣食っていた邪気が無くなっている。体が魔物化したままなのは残念だが、治療に成功したのだろう。そして彼らの周囲には精霊がふわふわ浮かんでいた。
「お役に立てて良かったです。……もしかして二人とも、元々祝福持ちですか? 精霊がたくさんいます」
「ああ、おかげさまでまた精霊が見えるようになった。感謝する」
イデアは手渡された手鏡を受け取ると、また精霊王の力を注いで返す。一応持っておいた方がいいだろうと思ったからだ。
「いいのか?」
「持っていてください。もしかしたら姿も少しずつ元に戻るかもしれませんし……」
希望的観測だが、イデアはそうあってほしいと思った。魔物化した姿では騎士の服を着ていても差別する人がいるだろう。魔物化するほど邪気の多い場所で働くことが、罪人の刑罰の中にあるからだ。
『イデア、早く鏡を』
アゲハに急かされてイデアはドンおじいさんと騎士たちに状況を説明する。ドンおじいさんが持ってきたハンマーで鏡の木枠を叩き壊すと、中からフラフラの精霊たちが出てきた。弱りすぎてよく見えていなかったが、イデアが思っていたより多くの精霊が鏡の中にいた。
精霊たちは工房にあった鏡の中に入ってゆく。よく見ると、鏡の中で眠っているようだ。イデアはその鏡に精霊王の力を込めた。
「精霊、大丈夫?」
イデアの肩を掴んで鏡を覗き込むルーラに、大丈夫みたいと声をかけるとよかったねと笑ってくれた。
「お、光が少し強くなったな」
精霊が見えるエヴェレットは、回復しているのが見えて安心したらしい。アゲハを抱いてイデアの元にやってくる。
三人は精霊が眠る鏡の方を見ていたが、残りの三人は違った。木枠の割れた鏡を調べるようにじっと見ている。
「これは木材自体は質が悪いな。だが彫刻は見事だ。この複雑な文様を彫れる職人は少ないだろうさ。上から塗られた塗料は何だ? 見たことがない。まさか本当に血でも塗られてるんじゃないだろうな……」
ドンおじいさんの不穏な呟きに、イデアたちは震えた。アゲハは古の邪術と言っていたから、血が塗られていることだってあり得るかもしれない。イデアは邪術などという言葉は聞いたことが無かったが、言葉の響き的に前世でいう怪しい儀式的なものを連想させる。それこそいけにえを捧げて悪魔を召喚したりする儀式だ。
「……これと同じものかはわからないが、俺たちはこれに近いものを見たことがある」
じっと鏡を見つめていたビィさんが、眉をよせて話し出した。
「邪の森から帝都に戻る道中。水を汲みに寄ったソーア村という小さな村の畑にこれに近い鏡が立てかけられていた。村人が言うには畑を豊かにする神聖な鏡なのだそうだ」
イデアは目を見開いた。まさかこんな鏡が他にも存在するのだろうか。
『イデア、今こそ使命を果たす時よ。精霊を助けに行かなくては』
「ええ⁉ 行くの⁉」
イデアの突然の叫びにみな驚いている。そこでイデアは初めて気がついた。愛し子の使命である『精霊王の力を細部まで届ける』とはもしかしてイデアがその場所までおもむかなければならないのかと。
むしろ今までどうして気がつかなかったのか、アゲハがしばらくはこのまま普通に生活すればいいと言ったからなのだが、はっきりいって心の準備が全くできていない。
大変な仕事になりそうな予感に、イデアは泣きそうになった。




