44.キャラバン2
「見て、あれなんだろう?」
ルーラが露店を見て走りだす。たった一日で、商店街の広場はたくさんのキャラバンの露店でうまった。
キャラバンの露店は見ているだけで面白い。それこそ露店に使われている布一つとってもこの国にはない色味のものだ。鮮やかな色で染め上げられた敷物やテントが目に楽しい。
「お嬢さんたち、これは私の祖国の守り鏡さ。一つどうだい?」
ルーラがすすめられた鏡を手に取ると、鏡よりも枠に彫られた意匠が気になるようで露天商を質問攻めにして困らせていた。露天商に木工細工の知識は無いだろう。イデアは笑いながらルーラを止める。
「すごい! 勉強になるね」
興奮したルーラをなだめるのは大変だ。最も普段落ち着いているルーラが興奮することなどあまりないのだが、木工細工に関しては興奮せずにはいられないらしい。
「お前らあんまりはしゃぎすぎんなよ。この人の多さじゃすぐ迷子になるぞ」
走り出した二人にやっと追いついたエヴェレットは、呆れた様子だ。エヴェレットより二人の方が小さいから、人混みをよけるのが楽なのだ。だから二人の後をエヴェレットが追いかけるような形になっている。
「イデア、何買う? 生地? 鏡? 私は生地一つは欲しいなー。細工物はできる限り買う!」
「私も生地はいくつか欲しいな。後は小物かな。ポーチとか可愛い」
「俺は食い物の屋台に行きたいな。イデアたちの買い物が終わったら一緒に行こう」
三人のすり合わせが済んだところで、なるべくはぐれないように移動する。
興味のあるものを見つける度立ち止まり、商品を吟味した。
「見ろよ、魚の干物だ。珍しいな」
エヴェレットが指す先には魚の干物が積みあがっている。その中には海藻の干物もあったがあまり売れていないようだ。海のないこの帝都の人々には調理方法がわからないからだろう。
「出汁がとれる! 買っていこう!」
イデアは嬉々として昆布のように見える海藻を買った。
「それ美味いのか? 不味そうに見えるけど」
「そのまま食べるんじゃないんだよ。ちゃんと料理すれば大丈夫!」
あまり買い物する気が無いのだろう。エヴェレットはイデアたちの買った商品を持ってくれた。エヴェレットのことだから最初からそのつもりで一緒に行こうと誘ってくれたのかもしれない。
買い物を楽しんでいると、エヴェレットが気がついたように声をかけてくる。
「イデア。そういえば今日アゲハはどうした?」
「人ごみに入るのが嫌みたいだったから、入り口に置いて来たよ。ちょっと調べたいことがあるって言ってたし大丈夫だと思う。いざとなったら気配も消せるしね」
「そっか、それならよかった」
この人込みではアゲハのような小さな犬を歩かせるのは迷惑だし、アゲハにも酷だろう。踏まれてしまうかもしれない。アゲハの言う調べたいことがなんなのか気にはなったが、買い物を楽しみたかったので後で聞くことにしたのだ。
「イデア、見てみて! でっかい木彫りの人形! かなりいい仕事してるよ」
「……それ買うの? 持って帰れないよ」
ルーラはエヴェレットとイデアの会話を気にすることなく露店を満喫している。今は飾られたトーテムポールのような置物に夢中だ。
一通り露店をまわると、昼も過ぎた時間になった。イデアたちは入り口にいたアゲハを回収して、いったん鏡屋に帰ると買った荷物を置く。そしてまた商店街に戻って今度は屋台のスペースに行った。
「イデア。色々食べたいからシェアしようね」
ルーラと約束して屋台の食べ物を片っ端から買ってゆく。どれも珍しい物ばかりでとても美味しかった。
ルーラとアゲハと、二人と一匹でシェアしていたがお腹がパンパンになってしまった。
『ねえ、イデア。帰る前に一件寄りたい店があるの』
飲食スペースでくつろいでいると、アゲハがそう言った。時間も遅くなって露店も空いてきているし、今ならアゲハを連れて歩いても大丈夫だろう。
「エヴェレット、ルーラ。ちょっと買い忘れたものがあるの、ここで待ってってくれる?」
席を立って走るアゲハを追いかける。たどり着いたのは、露店街の隅にある店だった。
『この鏡、買ってちょうだい』
そこに置いてあったのは大きめの壁掛け鏡だ。中に精霊が入っているのがわかるが、なんだか違和感を覚えた。鏡の額に彫られた文様は見たことが無いもので、赤黒く着色されたそれは少し不気味に感じる。
『これは精霊の檻。鏡に精霊を閉じ込める古の邪術が使われているの。お願い。中の精霊を助けて』
アゲハの言葉にイデアは衝撃を受けた。この違和感の理由はそれだったのだ。鏡の中で、精霊はかなり弱っていた。
イデアは慌てて鏡を購入して、エヴェレットたちのもとに戻った。




