38.追跡者2
「さて、一応なるべく人通りの多いところを選んで帰るか」
エヴェレットが夕刻になってそう言った。
「たくさん採ったね。銀水晶」
まだこの鉱脈には大量の銀水晶があるが、エヴェレットの採った量もなかなかだ。いつもの倍近く採っている。
「追いかけてきたやつがいたからな。ギルドに報告して、安全が確保されるまであまり動かない方がいい。銀水晶狩りも数日間をあけよう」
エヴェレットはあまり気にしていないのかと思っていたが、ちゃんと考えていてくれたらしい。
「アゲハ、帰るから周りに人間が居ないか気にしてくれる? 多分アゲハが一番遠くまでわかるでしょう?」
『わかったわ』
こっそりとアゲハにお願いして、イデアたちは帰路についた。
ところが街に入る関所をくぐった時だ。
『朝の人とは違うけど、また二人、追いかけてきてるわ』
イデアはエヴェレットの服の裾を掴んだ。振り返ったエヴェレットは舌打ちをする。
「関所で待ち伏せされていたのか……ギルドまで走るぞ!」
イデアたちは人通りの多い道を選んでギルドまで走った。追跡者はアゲハいわく、イデアたちが走り出した途端追跡をやめたらしい。
息を切らせてギルドに駆け込むと、いつものギルドのお姉さんが驚いて相談に乗ってくれた。
「追いかけられた? 他の冒険者からはそんな報告上がってないわ。一応ギルドから全冒険者に注意喚起しておくわね」
不審者の捕縛や報告は冒険者にとって金になる。貴族からの護衛任務を専門に請け負っている冒険者もいるくらいだ。
街にも国の治安維持部隊があるが、兵士たちは個人の護衛はしないし、事件性が無ければ動かない。だから兵士では足りない穴を冒険者が埋めているのだ。
イデアたちは情報報告料をもらって家に帰った。帰りはエヴェレットが鏡屋まで送ってくれる。
「帰り、気をつけてね。エヴェレット」
「俺の家はここから近いから大丈夫だよ。お休み、イデア」
帰るエヴェレットを見送って、さあ食事にしようと鏡屋の中へ入ると、アゲハが毛を逆立てた。
『イデア、さっきの二人が外にいるわ。この家が見える位置に』
「嘘、つけられてはなかったよね?」
『つけられてはないはずよ。今来たみたい』
イデアは恐怖で凍り付いた。それは家がばれているということだ。そして狙われているのもイデアで確定である。
どうしよう。イデアはその場に立ち尽くした。
「んー? どうしたイデア。ご飯の時間だぞー」
アランさんが廊下で突っ立っていたイデアの顔を覗き込んで言った。そして目を見開く。
「どうした。どっか痛いか?」
アランさんは泣きそうになっているイデアの両肩を掴んで軽く揺さぶる。
『イデア、助けてもらいましょう?』
追いかけられたことはエヴェレットがドンおじいさんに話してくれた。しかし家まで特定されているとなるとまた別の話だ。イデアはみんなに話したいことがあるとアランさんと一緒に食堂へ向かった。
「家を見張られているだと⁉」
ドンおじいさんはすごい剣幕でテーブルを叩いた。みんな食事が冷めるのもかまわずにイデアの話を聞いてくれる。
「とりあえずイデア。解決するまで絶対にこの家を出るな。もしお前を狙っていたとしても、ここは鏡屋だ。精霊が多くいる以上、迂闊に中には入ってこないはずだ」
精霊は居心地のいい住処近くの平穏を守ろうとする。常に大量の鏡がある鏡屋に迂闊に踏み込んで荒らせば精霊の怒りを買う可能性がある。
「店頭にも出ちゃだめだよ。外から見えないように生活して」
「メリッサ、ハンナ。なるべくイデアの側に居てやれ」
みんな我がことのように心配してくれる。イデアは感謝してお礼を言った。
「俺たちはもう家族だ。そうだろう? ……それに家を張ってるってんならこっちにも考えがある。だてに商人たちを仕切っちゃいねーよ。この街の平穏を脅かすなら受けて立ってやるさ」
ドンおじいさんは不敵な笑みを浮かべた。イデアはその笑みにぞっとしたが、同時に頼もしくも感じる。
その夜、イデアはハンナおばさんと一緒に眠ることになった。
一人で寝られると思っていたが、ハンナおばさんの方から提案してくれたのだ。
アランさんとロランさんが先に一緒に寝ようと言ってくれたのだが、女の子をベッドに誘うなとハンナさんに怒られていた。
誰かと一緒に寝るのは久しぶりだ。母が生きていた頃は、毎日一緒に眠っていた。イデアは少し感傷的になった。
「懐かしいわね。メアリが生きていた頃は、こうして一緒に寝ていたのよ」
ハンナおばさんの言葉に、イデアはきっと今二人は同じような気持ちなのだろうと思った。失った人は帰ってこない。でも他の何かでその隙間を埋めることはできる。
イデアはぐっすりと眠った。久しぶりに、暖かな夜だったような気がした。




