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忘れられ姫は精霊の愛し子でした~鏡屋さん始めます~  作者: はにか えむ


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37.追跡者1

「おはよう。エヴェレット」

 昨日城から鏡の大量発注があって、鏡屋は大忙しだ。

 ありったけの大きな壁掛け鏡をという依頼だったので、小さな鏡と万華鏡以外の在庫が無くなってしまったのだ。おかげでドンおじいさん達はしばらく店頭に並べる鏡を作り続けなければならなくなった。

 そこでイデアとエヴェレットにも大量の銀水晶を採ってきてほしいと依頼があったのだ。

「今日は多めに採るか。帰りが遅くなるけど大丈夫か」

「もちろん。頑張ろうね」

 アゲハが答えるようにきゃんと鳴くと、エヴェレットは笑う。

「お、アゲハもやる気満々だな。ご褒美はジャーキーか」

 そう言うエヴェレットの足にアゲハが喜色満面ですり寄る。もはやただの犬である。

「もう、アゲハってば、太っても知らないんだから」

『私は太らないわ。だってこの体はかりそめのものだもの』

 なんと羨ましいことかと、イデアは唇を尖らす。最近イデアはちょっと太ったのだ。年齢を考えれば正常な大きさに近づいていると考えるべき変化だが、イデアは少し気にしていた。

『あ、イデア。野イチゴがあるわよ。摘んでいかない?』

 そう言うと、アゲハは草むらに向かって走り出す。追いかけると、そこには確かに野イチゴがたくさん実っていた。

「もう、アゲハの食いしん坊」

「はは、しょうがないな。少し摘んでいくか」

 イデアとエヴェレットは二人で野イチゴを摘む。アゲハは下の方に生えている野イチゴを探して食べていたが、すでに他の小動物に食い荒らされた後だったのだろう、すぐに切なそうに鳴いてイデアの元へやってくる。

「はい、アゲハ。上の方の実は無事みたいだよ」

 しっぽを振って美味しそうに野イチゴを食べるアゲハの口の周りは真っ赤になっていた。イデアも一粒かじってその甘さに酔いしれる。

 

 野イチゴを堪能していると、エヴェレットがいきなり振り向いた。

「ん……?」

「どうしたの? エヴェレット?」

「なんか、気配を感じたような……?」

「なにか動物でもいるのかな?」

 ここはまだ浅いが森の中だ。小さな動物くらいはいるだろうとイデアはあたりを見回す。

『違うわ。人間ね。近くに人間が二人ほどいるみたい』

「え?」

 アゲハの言葉にイデアは首を傾げる。冒険者だろうか? 

「イデア、合図したら一斉に走るぞ」

 エヴェレットはイデアの腕を掴んでささやく。イデアはどうして走る必要があるのかわからなかったが、硬い顔をしたエヴェレットに従うことにした。頷いてアゲハを抱き上げる。

「行くぞ!」

 エヴェレットの合図で二人は以前見つけた銀水晶の鉱脈まで走る。鉱脈は小さな岩の隙間から入るので中に入ってしまえば見つかることはないだろう。

『追いかけてきてるみたい。精霊の力で惑わしておくわね』

 アゲハがそう言うと、アゲハから精霊の力が広がる気配がした。

「撒けたみたいだな。もう少し走るぞ!」

 二人は銀水晶の鉱脈の中に逃げ込んだ。息を切らして座り込むと、エヴェレットが真剣な顔でイデアに言う。

「今の、俺たちを狙ってたみたいだ。俺たちが走ったら追いかけてきた。もしかしたら誰かに目をつけられたのかもな。若い冒険者は身寄りがないものが多いから狙われやすい。少ないけど人さらいが居ないわけじゃないし、俺たちが精霊の祝福持ちだと知らない誰かが狙ってたのかも」

 イデアはぞっとした。人さらいに狙われるとしたら体格のいいエヴェレットではなく、一見無力に見えるイデアだろう。精霊の祝福もあるしアゲハもいるから大丈夫だとわかっていても、とても怖ろしい。

「……悪かった。まだそうと決まったわけじゃない。そんな怯えるな。俺たちは祝福持ちだから、そう心配することじゃない。相手も祝福持ちだとわかったら諦めるさ」

 

 ひとまず今日の仕事を終わらせようと、エヴェレットは銀水晶の採掘を始める。イデアは手持ちぶさたなので、新しい万華鏡のデザインを考えて紙に書いていた。

「ねえ、アゲハ。さっき精霊の力で惑わしておくって言っていたけど、それって私にもできる?」

 イデアは精霊王とつながっているのだ。精霊ができることならイデアもできるのではと考えた。

『練習すればできるはずよ。イデアはまだ精霊王の力を感じ取る力が弱いし使いこなせていないから、習得するのはちょっと大変かもしれないわ。練習するならもう少し体に力が馴染んでからの方がいいわね』

「そっか……」

『大丈夫。私が守ってあげるわ。精霊の力を使って人に危害を加えることは精霊王との制約でできないけど、イデアの姿を隠すことくらいはできるから安心して』

 イデアは安堵してため息をついた。

 追跡者の狙いがなんなのかはわからないが、姿が見えなければ捕まえることもできないだろう。

 イデアは膝の上に座っているアゲハを撫でると、嫌な想像を頭の中から追い出した。

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