31.真実2
「落ち着かれましたか。兄上」
真実を伝える最中ずっと顔色が悪かったゼイビアだが、さすが幼い頃から命がけで魔物の討伐をしてきただけあって立ち直るのが早かった。
カークはそんなゼイビアに神聖ミラメアの使者からの言葉を伝える。
「……イデ、いやマヤが精霊の愛し子だって? 発見しても保護するなと言うのか! マヤはまだ十歳だぞ」
ゼイビアが語気を荒げてそう言うが、カークにはどうしようもなかった。
「マヤは密かに捜索中です。陰から護衛をつけるなとは言われていませんから、見つけ次第王家の影を護衛として派遣する予定です。……兄上は父なのですから、城に戻せないとしても会うくらいなら許されるでしょう」
そう言うと、ゼイビアは押し黙ってしまう。
「マヤは……私を許してくれるだろうか……」
「兄上……」
呟くゼイビアの声に力はない。カークもいい加減なことはいけなかった。マヤはまだ幼い。ゼイビアの事情を説明したとしても、幼子に四年の月日は長すぎる。ゼイビアを恨んでいる可能性もあると、心のどこかで思っていた。
カークは、フランクがマヤに父は他に女ができたから帰らないと嘘をついたことを知らない。それでも助けてくれなかった父をよく思っていない可能性があると考えていた。
「……父上にも謝罪したい。会えるだろうか」
マヤのことを考えるのがつらくなったのか、ゼイビアは急に話を変えた。
「父上は兄上の帰りを心待ちにしております。会いに行きましょう」
カークの側近も含め四人で帝王の寝室に向かうと、帝王はカークたちを歓迎した。傍らには王家と契約している治癒のギフト持ちのマルティナがいる。
帝王とマルティナはゼイビアを見るなり絶句した。
「ゼイビア、なのか? なんと……マルティナ。ゼイビアの魔物化は止められないのか!?」
帝王に言われたマルティナは申し訳なさそうに言う。
「申し訳ありません。私には体に溜まった邪気を払うことはできません。殿下の魔物化を止めることはできないでしょう」
人間は一度魔物化すると、体内に邪気を宿す。邪気の源から離れたとしても、ゆっくりと魔物化は進んでしまう。いずれ理性すら失われ、口もきけない魔物になり果てるのだ。
「ご心配なさらないで下さい。父上。元々が精霊の祝福持ちだからか、俺とアドニスの魔物化は他の物に比べ進行が遅いのです。邪の森に近づかなければあと十数年は理性を保っていられるでしょう。今となっては精霊を見る事すら叶いませんし、ギフトも使えなくなりましたが、マヤを見つけるまでは死ぬわけにはいきませんから」
ゼイビアはこともなげに言っているが、それは決して安心できる言葉ではない。帝王は涙を零しながらうなだれた。
静かな部屋に帝王のすすり泣く声が響く。
「私が……フランクをもっと警戒していたなら……多少傲慢で強引なところはあったが、私は最初からフランクを次期帝王に指名するつもりだったのだ。なぜ……フランクは弟にこんな残酷なことを……」
カークもそこは不思議に思っていた。なぜフランクは帝王がゼイビアを次期帝王に指名しようとしているなどと思っていたのか。
幼い頃からゼイビアは軍人の中で生きていた。帝王になるための教育など、最低限しかうけていないことは誰でも知っていた。
その逆に、フランクが次期帝王としての教育を叩きこまれていたことは誰もが知ることだ。なぜその状態でそんな勘違いができたのか。
麻薬で頭もおかしくなっていたのだろうかと、カークは考える。
「ゼイビア、マヤを探しに行け。お前は国のことなど何一つ気にする必要はない。早くマヤを探して一度城に連れ戻すのだ。なにミラメアとの交渉は私がしよう。精霊の愛し子だろうと関係ない。それ以前にマヤは我々の宝なのだから」
帝王の言葉に、カークは自分の弱さを知った。自分は再びミラメアから国交断絶されることを恐れて、敬愛する兄にそんなことを言ってあげられなかった。
それに比べて、帝王のなんと頼もしいことか。まだまだだなと、カークは自嘲する。
「大変です! 緊急で奏上しなければならないことがございます!」
そのとき、廊下から大音声が聞こえた。カークは扉を開けて外に出る。
「何事だ、騒がしい」
「殿下! フランク殿下が逃亡しました。牢を警備していた兵はみな殺され、他に服役していた者も数名居なくなっています!」
カークは息をのむ。部屋の中にも、この奏上は聞こえているだろう。帝王の血を引くフランクに脱獄されると厄介だ。フランクを神輿にして国の簒奪など、良からぬことを考える輩がいるかもしれない。
「急ぎ見つけ出して捕まえろ! いざとなったら殺してもかまわん!」
カークは叫ぶが、結局数日たってもフランクの足取りすらつかめなかった。そして、時を同じくして城から数名の人間が姿を消したのだった。その中にはフランクの教育係だった者も含まれていた。
一連の事件はカークが考えていたよりずっと長い時間をかけて計画されたものだったのだと、カークはこの時初めて知った。




