30.真実1
帝王代理となったカークは、連日その職務に忙殺されていた。フランクに与していた役人の中には麻薬漬けになっていた者が多くいたため、今はとにかく人手が足りなかった。
幸いなのは現帝王が治癒のギフト持ちの力で快方に向かっていることだろう。現帝王もフランクが滅茶苦茶にした国を立て直すため少量の書類仕事などを引き受けてくれている。
「兄上が戻ったのか」
そんな時邪の森からゼイビアと、その乳兄弟で最側近であるアドニス・クーラ・リースが帰城したとの知らせを受けた。
「すぐに会う。ここに通してくれ」
カークは側近が出て行ったのを見ると、深いため息をついて部屋の隅に置かれた箱を見る。そこに置かれていたのはこの四年間でリリーシュがゼイビアに向けて書いた手紙と、ゼイビアがリリーシュに送った手紙だ。事態が事態ゆえに中身を全て検めさせてもらったが、フランクに対する憎悪の感情が天元突破して殴りにいこうかと思ったほどだ。
この四年間、互いが書いた本物の手紙が一度も届いていないなんてどう兄に知らせたらよいのかと、カークは頭を悩ませた。フランクは手紙を偽造してまで、ゼイビアに城に帰ってほしくなかったのだ。次期帝王の座をゼイビアに取られないよう手を打ったのだろう。
取り急ぎフランクが捕まったことと、リリーシュが亡くなって精霊になったということ、マヤが行方不明になっていることは使者に伝えてもらったが、詳細はカークが直接説明することになっている。
「嫌な役回りだ」
カークは使用人に茶を入れて下がるように告げると、ゼイビアたちが来るのを待った。やがて扉を叩く音がして、自身の側近が二人の客を連れてくる。
その二人を見た時、カークはそれが誰であるのかわからなかった。
二メートルを超える長身に、まるで野生の獣のように絞りこまれた筋肉質で細い肉体。雪のように白い髪に、顔には上半分を覆う仮面がつけられている。仮面の端からはわずかに魔物によく生えている黒水晶が見え、その異様さを引き立てている。
カークが絶句していると、仮面越しにのぞく血の様に真っ赤な瞳が細められた。
「久しいな、カーク」
その声は低く、カークの知っているものではない。どうして忘れていたのだろう。邪の森は人間を数年で魔物化させるほど邪気にまみれた場所だというのに。
「兄、上?」
カークは魔物化した人間というものを初めて見た。そこにいるだけで人に恐怖心を抱かせる魔物の放つ邪気と同じものを、目の前のゼイビアから感じる。
その姿を見ているだけで、体が委縮して喉が異様に渇く。それは兄の姿が変わってしまった衝撃だけが原因ではないだろう。
「ああ、すまないな。こんな姿で。俺はゼイビアだ。こっちはアドニス。もはや面影がないだろう。ずいぶん魔物化が進んでしまった」
ゼイビアと名乗った男は隣の赤茶の髪の男を指す。カークの記憶では、ゼイビアは黒髪黒目で、アドニスは黄金色の髪をしていた。
魔物化とはこんなにも人を変えるものなのかと、カークは怖ろしくなった。
「悪いが話を聞かせてくれないか? わからないことが多すぎる」
ゼイビアに声をかけられて、カークは慌てて二人に座るように促す。
まだ動揺が抜けていなかったが、早く真実を知らせなければならない。
説明には三時間ほど時間がかかった。途中真実を知ったゼイビアが取り乱す場面が多かったからだ。
カークは語る。フランクがゼイビアに次期帝王の座を取られまいとゼイビアが城から離れるように画策したこと。そのためにリリーシュが送った手紙を偽物とすり替え。リリーシュや帝王ばかりかマヤまでもが病に倒れたため、大量の万能薬の銀の角が必要だと嘘を教えたこと。ゼイビアが城に送った銀の角は全て、リリーシュの手に渡るのではなくフランクが大貴族を味方に引き入れるために使用されていたこと。
「ではマヤが病に倒れたというのは嘘なのか?」
ゼイビアが絶望の中からわずかな希望を見つけ出すように問いかける。
「行方不明になったので確定ではありませんが、フランクは嘘だと証言しています」
「……そうか。よかった」
ゼイビアが四年も城に帰らなかったのは、実父と妻、小さな娘のために毎日ひたすら強い魔物を狩り続けたからだ。銀の角は本当に珍しい。自身が魔物になったとしても、会えない日々が続いたとしても、生きていてほしかったのだろう。
信じていた実兄に裏切られ、会えないままに妻を亡くし、娘まで行方不明になったゼイビアの心痛はカークには推し量れない。
「俺は、兄上にそれほど憎まれていたのか……。全く気が付かなかったなんて間抜けにもほどがあるな……」
自嘲気味にゼイビアが零すが、仕方がないとカークは思う。
フランクは外面だけは昔から良かったからだ。ただカークは妾の子で、フランクからすれば圧倒的に格下だった。小さい頃から人目のないところでは口汚く罵られていたので、カークはフランクの面の皮の厚さを知っていた。
それをゼイビアに伝えていれば、何かが違ったのだろうかとカークは思う。しかし後悔はいつも後から押し寄せるのだ。




