29.万華鏡4
それから万華鏡はシャナテットの鏡屋の大人気商品となった。イデアはエヴェレットと一緒に銀水晶を採りながら、繁盛する店の手伝いをする。ルーラも正式に店の従業員になって頑張っていた。
そうしているうちに、イデアは街の精霊が元気になってゆくのを感じた。精霊の光り方を見ていると、イデアが小さい頃に見ていた精霊のようだ。精霊の力が弱まっていたのは本当のことだったのだなとイデアは納得する。
「ちーす! 今帰ったぜ!」
「今回の売り上げも上々!」
イデアが冒険から帰った後店番をしていると、二十歳くらいの顔のそっくりな青年が二人店に入ってくる。
イデアは初対面だったが、彼らが誰だか知っていた。
「あ、もしかしてダニーおじさんの息子さんのアランさんとロランさんですか?」
イデアはダニーおじさんに行商に行っている息子が二人いると聞いていた。
帝都の鏡職人は鏡職人の居ない地域に定期的に鏡を売りに行く義務がある。精霊がいる土地は豊かになるからだ。本来は帝都よりむしろ農業をやっている田舎にこそ精霊の寝床である鏡が大量に必要なのである。
「君誰? 新しい従業員?」
左耳に守り鏡のピアスをつけた方の青年がイデアに問いかける。
「いえ、銀水晶専門の冒険者をしてます。イデア・リリーシュです。ここに下宿させてもらってるので、少しお店も手伝ってるんです」
イデアが自己紹介すると、アゲハがとことこと二人の元に歩いてゆく。
「うわ、何この犬可愛いー! 超美人さんじゃん、あ、犬だから美犬か」
今度は右耳に守り鏡のピアスをつけた青年がアゲハを撫でまわしている。
「その子はアゲハ。私の犬です」
「ふーんそっか。父さんから聞いてるみたいだけど、俺アランな。右にピアスしてる方がロラン。銀水晶専門ってことは、君も祝福持ち? 怖いくらい精霊に囲まれてんな」
アランはイデアをじっと見て言う。ダニーおじさんが言うには二人も祝福持ちで、薄っすらだが精霊が見えるらしい。昔は小遣い稼ぎに銀水晶狩りをしていたらしいが、今は行商として働いている。
「アラン、この犬もすごいぞ。祝福持ちだと思う」
ロランがアゲハを抱き上げて興奮している。見た感じロランの方が明るい性格をしていそうだ。
「だからなんか明るかったのか。変だと思ったんだよ」
祝福持ちが四人(アゲハも含める)も集まることなど滅多にない。祝福持ちの周りには普通の人より多くの精霊がいるものだ。そりゃあ明るいだろう。
「おうアラン、ロラン。お帰り」
店仕舞いの時間になったからか、ダニーおじさんが店にやってきた。二人を見て嬉しそうに声をかける。
「そうだ、二人とも。こっちに来い。嬉しい知らせがあるぞ」
「えー、父さん俺たち帰ったばっかなんだけど。売れ残った商品もまだ荷車から降ろしてないし」
「そんなもん後だ。いいから来い」
なんだろうとイデアは首を傾げる。ダニーおじさんは工房に二人を連れて行くと、鏡の中のメアリを見せる。そういえばメアリは二人の妹にあたるのだとイデアは思い出した。
「は……? メアリ?」
メアリは鏡の中で笑っている。イデアがメアリが消えてしまわないようにと毎日鏡に力を与えている内に、メアリはとても強い精霊になっていた。
「なんで? 死んじゃったときは消えそうなくらい弱い光だったのに」
祝福持ちの二人にはメアリの輝きがわかるのだろう。目の前の光景が信じられないようだった。
それでも妹にまた会えて嬉しいのだろう。目に涙を浮かべながら、鏡の中のメアリに話しかけている。
この世界では、死後精霊になった人間は遺体も残さず消えてしまう。精霊になることは本当の死ではないからと、墓も作らない。だから精霊になった親族がいる場合はその死者のための鏡を飾るのだ。
鏡に死者が映ることは本当に稀だ。精霊自身も鏡も力を持っていなくては無理だからなのだと今のイデアにならわかる。
イデアは再会を喜ぶ兄妹からそっと離れて店仕舞いをする。ついでに二人が持ってきたであろう荷車を道路から敷地の中に入れておいた。恐らく行商で乗っていた馬と大きな荷車は別の場所に置いて来たのだろう。売れ残りだけが入った小さな荷車はイデアでも簡単に動かすことができた。
店内に戻ると、工房からはシャナテット家のみんなの声がした。イデアは明かりを消した暗い店内で、工房に入ることをためらう。
自分はただの下宿人で、この人たちの家族ではない。その事実が急にイデアの心を支配して、胸が痛んだ。
『入らないの? イデア』
「……もうちょっと待ってからにする」
イデアはアゲハを抱いて、シャナテット家の人々の会話に耳を傾ける。寂しいなと少しだけ思った。




