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忘れられ姫は精霊の愛し子でした~鏡屋さん始めます~  作者: はにか えむ


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28.万華鏡3

「随分たくさん作ったね、ドン。貰ったサンプルで婦人会のみんなに宣伝しておいたよ」

 イデアたちが緊張しながらお客さんが来るのを待っていると、腰の曲がった老婆が話しかけてきた。ドンおじいさんより年が上そうだ。

「おおカメリア。精霊が気に入る鏡だからな。こいつらの話じゃ今ならもれなく精霊入りらしいぞ」

「それはとんでもないねぇ。こちらとしてもよく売れることを祈っているよ」

 ドンおじいさんが水を向けたので、カメリアと呼ばれたおばあさんはこちらを見た。

「二人とも祝福持ちかい? 一人は有名人だね。エヴェレットとか言ったかな。あの大火事の時の英雄だ」

 火事? とイデアは首を傾げる。エヴェレットのギフトは炎を操るというものだ。確かにその能力は火災の時には重宝するだろう。消火はもちろん人命救助にも使える。

「いえ、結局全部消すことはできなかったので……」

 エヴェレットがその顔を曇らせる。エヴェレットはまだ十五歳だ。昔の出来事ならまだギフトの力を扱いきれなかったんだろう。それに大規模な火災だったのなら、精霊のギフトでも消せない可能性もある。

「それでもあんたのおかげで奇跡的に死者はでなかったんだ。焼けた家はまた建て直せばいい話さ。一人でなんでもできるだなんて思うんじゃないよ」

 カメリアおばあさんがエヴェレットの頭を乱暴に撫でる。荒い口調に反して瞳は優しい。

 

「そんで、あんたが万華鏡の発案者だね。ほんとにまだ子供なんだねぇ、驚いたよ」

「イデアです。よろしくお願いします」

「あたしはカメリア。一応この辺りの婦人会の会長をやらせてもらってるよ」

 先ほど婦人会に宣伝したと言っていたから薄々気が付いていたが、やはり彼女が婦人会の会長だったらしい。

「あたしもそろそろ娘に後釜を譲って引退したいんだがね。みんな年寄り使いが荒くて困る」

「それは俺も同じことさ。しかししばらくは無理だろうな。帝王代理も変わっちまってまた法が動くだろう」

「はぁ、早く治世が安定してほしいね。忙しいたっりゃありゃしない」

 カメリアおばあさんとドンおじいさんが雑談しているの静かに聞いていると、孤児院から雇った売り子が一人の女性を連れてきた。

 初めてのお客さんに緊張する。

「まあ、可愛い。どれにしようかしら」

 しゃがみこんで万華鏡を眺める女の人がカバンに付けていた小さな守り鏡から、一体の猫型の精霊が飛び出してきた。それから万華鏡の上をふよふよ漂って、一つの万華鏡の中に入る。

 イデアはエヴェレットと顔を見合わせた。

「あの、お姉さんにはこれがいいと思います。さっきお姉さんの守り鏡に入っていた精霊が、この中に入っていきました」

 イデアがそう言うと、エヴェレットも横で頷く。

「本当に⁉ あなた祝福持ちなのね。じゃあこれにするわ」

 お姉さんは満面の笑みで会計をして去ってゆく。

 

「おやおや、これは毎日イデアに店番させた方がいいんじゃないかい?」

「そうしたいところだがな、イデアには銀水晶も確保してもらいたい。悩ましいところだよ」

「銀水晶は他にも採り手がいるだろう。祝福持ちが鏡を選んでくれる鏡屋なんて、他にないよ」

 好き勝手言っているドンおじいさんとカメリアおばあさんに、イデアは少し困ってしまう。

「二人とも、イデアは俺の相棒なんで変な勧誘しないでくださいよ」

 エヴェレットの忠告に二人は冗談じゃないかと笑っているが、多分結構本気で言っていたと思う。

 イデアは今これからどうするか少しずつ決めている最中だ。そっとしておいてほしい。

「イデア。万華鏡、売れたね。よかった」

 隣でルーラがお会計で貰った小銭を見せながら嬉しそうにしている。イデアも今は初めてのお客さんに売れた喜びを噛みしめたい。

 

 結局その後婦人会のメンバーだという人たちがたくさん訪れて、お店は賑わった。

 婦人会のメンバーだという女性たちは事前に新しい守り鏡が出ると宣伝してくれていたようで、口コミで聞いたお客さんたちもみんな万華鏡を購入してくれる。

 イデアは夢中になってお客さんと相性のいい万華鏡を選んだ。精霊王の力のおかげなのか、不思議と人と相性のいい鏡がわかることに気が付いたのだ。

 精霊の放つ光には薄っすら色がある。目を凝らせば人にもその色が見えた。似た色の精霊が相性のいい精霊だと、イデアは確信した。

 エヴェレットにはわからないらしく、説明すると不思議そうにされたが、ドンおじいさんがそれなら商売に活用しない手はないとイデアにお客さんと相性のいい鏡を選ばせた。

 ドンおじいさんが強力な祝福持ちに鏡を選んでもらえるサービスは今日限定だと言うと、口コミで広まったのか昼過ぎには店に行列ができる。

 万華鏡が完売するころにはイデアは疲れ切っていた。お昼ご飯も食べていないのだ。ルーラの肩にもたれかかって深いため息をつくと、エヴェレットが水をくれた。

「お疲れ。すごい人気だったな。俺は相性とかよくわからないから手伝えなくて悪い」

 冷たい水を一気に飲みほすと、アゲハがイデアの膝の上に乗ってくる。

『お疲れ様、イデア。精霊王の力が体に馴染んできて能力が上がったのね。いいことだわ』

 イデアにとっては寝耳に水な情報だ。これからイデアにできることはさらに増えるのだろうか? イデアは一抹の不安を覚えた。

 

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