27.万華鏡2
朝食の後、イデアは鏡台の前で髪を二つにくくると、頬を軽く叩いて気合を入れる。
今日は待ちに待った万華鏡の発売日だ。今日だけは万華鏡の販売は職人街ではなく商店街の貸しスペースで行われる。これを機にシャナテットの鏡屋を宣伝するチャンスでもある。
「頑張ろうね。アゲハ」
『そうね。イデア』
イデアの足元をくるくる回っていたアゲハが、イデアを見上げて返事をくれた。
部屋を出ると、もう商品の搬入は始まっていた。
「イデア、こっち手伝ってー!」
ルーラが一人で木箱の前で困っていたので一緒に木箱を持つ。中にたくさんの万華鏡が入った木箱はずっしりと重かった。
「荷車に積んで商店街まで持っていこう。ドンさんが待ってるはずだから」
荷車まで持っていくと、すでにエヴェレットもやってきていた。必要なものを書いたメモを持っている。
「おはよう、エヴェレット。ずいぶん早いね」
エヴェレットは今日は護衛要員だ。露店での新商品の販売は人が多くなるため、トラブル防止に強そうな人がいた方がいい。それにエヴェレットはこの辺りで精霊の祝福持ちとして有名だ。守り鏡の販売ならば祝福持ちがいた方が宣伝になる。
「んー、なんか早く目が覚めちゃってさ。俺こういう販売系の仕事初めてだからさ、ちょっと楽しみにしてるんだよな」
笑うエヴェレットにイデアとルーラも顔を見合わせて微笑む。確かに楽しみだ。お客さんがたくさん来てくれると嬉しい。
荷車に荷物を積み終わると、商店街まで三人で荷車をひく。別に三人でなくてもいいのだが、なんとなくこうなった。その横をダニーおじさんが一緒に歩いている。
「万華鏡って、なんかすごい可愛い名前だよね。イデアが考えたの?」
ルーラがイデアに聞いてくるので、イデアは頷いた。実はこの世界の言葉で万華鏡と翻訳するとき、少し困ったのだ。迷った末にたくさんの花の鏡という意味を持つ言葉に翻訳した。本当の名前はもっと煌びやかなのに、イデアの語学力ではこのあたりが限界だったのだ。
「女性が好きそうな名前だよな。商品自体もそうだけど、プレゼントとかでも流行りそうだな」
「プレゼントで貰ったらすごく嬉しいかも。守り鏡としてはちょっとかさばるから持ち歩けるかって問題もあるけど、家に置いておくでもありだよね」
ルーラの言う通り、万華鏡は守り鏡というには少しかさばる。そこはイデアも心配していたところだ。
「たくさん売れたら一緒に新しい服買いに行こうね。イデア」
イデアは実はルーラと約束していた。お互いあまり服を持っていないのだ。この給料で一緒に服を買いに行くと決めてから、今日が楽しみでしょうがなかった。
友達とショッピングなんて前世以来だ。わくわくする気持ちを押さえられない。
「余裕があったらアゲハにもリボンか首輪かなんか買ってやったらどうだ。野良と間違えられたら攻撃される可能性もあるぞ」
ダニーおじさんが言うのでアゲハを見ると、アゲハはイデアを見つめてしっぽを振っている。その目には隠しようのない期待の色が見えてイデアは笑った。
「アゲハにはリボンかな。首輪は重いだろうし」
『そうね、リボンの方が嬉しいわ』
素晴らしい提案をしてくれたドンおじさんの足に、アゲハはすり寄りながら歩く。
「なんだ? エサは持ってないぞ?」
ダニーおじさんは突然すり寄ってきたアゲハを不思議そうに見ている。アゲハなりの感謝のしるしなのだが全く伝わっていないのがイデアには面白かった。
貸しスペースに着くと、そこには商品を並べるための絨毯が敷かれ露店らしくなっていた。時刻はちょうど商店街が混みだす時間だ。
「お前ら遅いぞ! 急いで商品を並べろ!」
ドンおじいさんの大きな声に、みんないい返事をして慌ただしく動く。木箱から取り出した万華鏡を並べると、一気に店らしくなった。
「なんかすごいことになってるな……万華鏡見えないんだけど」
エヴェレットが小声でイデアに言う。そうなのだ。並べた万華鏡には、精霊たちが群がっている。イデアの目にはもう万華鏡は精霊に隠れて見えなくなっていた。エヴェレットの目にも、さぞ光り輝いて見えていることだろう。
「これ、このまま売って大丈夫なのかな? 精霊がいたずらして、怪現象が起きる守り鏡とか言われたりしないかな」
「怪現象が起きるなら守り鏡としては正解なんじゃないか? 確実に精霊がいるってことなんだから」
エヴェレットの正論にイデアはそうだったと思い出した。この世界では不思議なことが起きるとすべて精霊の仕業として有難がられるのだ。ポルターガイストのようなものが起こってもむしろ縁起のいいものとされる。
前世の記憶を引きずっているイデアからしてみれば恐怖でしかないことも、この世界では吉兆だ。




