26.万華鏡1
神聖ミラメアとの国交が回復すると、商人たちはすぐに戻ってきた。大陸最大の国であるトツカ帝国が宗教的トップである神聖ミラメアと国交断絶だなんて、もっと混乱が起きてもおかしくはなかった。
ドンおじいさんいわく、混乱が起きないよう迅速に対応した人たちがいたらしい。きっと叔父であるカークだろうとイデアは思った。
街もようやく落ち着きを取り戻し、イデアは鏡屋で今万華鏡作りの手伝いに追われている。
形が完成した万華鏡に布を張り付け、リボンで飾る。それだけの作業だがこれが商品になると思うと緊張した。
ちなみにアゲハは、工房の隅に作ったクッションのベッドで大人しくお昼寝タイムだ。
「イデア、この布にはどのリボンがいいと思う?」
エヴェレットがイデアに問いかける。明日の発売開始に備え、今日はエヴェレットも万華鏡作りに雇われている。だがエヴェレットのセンスは微妙だった。毎回ちゃんと人に聞いてからリボンを巻くように言われている。
「うーん、ピンクかな。……もう中に精霊が入ってるね」
この万華鏡作りをしている間、万華鏡を置いた箱の中にはものすごい数の精霊が詰まっていた。
精霊が光の玉にしか見えないエヴェレットはいいが、人型や動物型に見えるイデアには笑いをこらえるのが難しいほどの過密状態だ。
「そうなんだよな。精霊が入ってるのに作業を続けても大丈夫なのか心配なんだが……」
「大丈夫じゃないかな? 多分完成してからだと他の精霊に取られるから事前に寝床確保がしたいだけだと思うし」
エヴェレットはイデアのあんまりな考察に声を出して笑う。
「すごいよな、この万華鏡。今ならもれなく精霊入りだ。守り鏡として優秀すぎるだろう」
「精霊は綺麗なものが大好きだもんね」
雑談をしながらも手を動かすのは止めない。エヴェレットも手先は器用なので作業はとても速かった。
イデアは最近鏡を見る度に精霊王の力を注ぎ込むようにしている。だから休むなら万華鏡の中でなくてもいいと思うのだが、精霊たちはとても気に入っているらしい。
ドンおじいさんにそのことを話すと、大至急量産態勢を整えると言ってどこかに行ってしまった。
精霊の気に入る商品は、祝福持ちが口コミで広めたりするからよく売れるのだとダニーおじさんが言っていた。
イデアが真剣に万華鏡に向き合っていると、二部屋ある工房の内の片方からボロボロになったルーラが出てきた。
「ルーラ! そっちは終わったの?」
「なん、とか……。これ、つまんでいい? お腹空いちゃった」
富裕層向けの竹細工の万華鏡を作っていたルーラは鏡屋の工房で仕事をしていたのだが、仕上げの彩色が間に合わないとわかると孤児院に帰らず泊まり込んで作業をしていた。
「いいよ、たくさん食べて!」
テーブルにはイデアが休憩用に作ったチャーハンおにぎりが積まれている。この世界の米は安いが、日本の米のようにみずみずしくないので油分の多めの具沢山チャーハンにしてから握ってみた。イデアの自信作だ。
「うん! イデアの料理は相変わらず美味しいね。米ってスープに入れるものだと思ってたよ」
イデアは街に来てからこの国に米を炊くという文化が無いことを知った。当たり前のように米を炊こうとするイデアの奇行を、メリッサおばあさんとハンナおばさんは心配そうに見つめていたっけと思い出した。
今ではもう炊いた米は鏡屋の定番になりつつある。ドンおじいさんがチャーハンをいたく気に入ったからだ。
イデアが料理が得意だと知られてからは、自由に厨房を使わせてもらえるようになったので、イデアは毎日試作品を作ってはみんなに食べてもらっている。
市場めぐりも楽しくて、イデアは銀水晶を採った帰りにエヴェレットに付き合ってもらって買い物することも多くなった。
「ちょっと俺も休憩。イデア、これ貰うな」
エヴェレットもきりのいいところでおにぎりを食べ始める。嬉しそうに食べてもらえるのが、イデアにとっての幸せだ。
「おーい、作業はどうだ。進んでるか?」
ドンおじいさんが帰ってくると、完成済みの商品の箱を見て満足そうに頷く。
「これなら明日からしばらく大丈夫そうだな。量産に関しては婦人会の協力が得られることになった。明日は孤児院から売り子も雇ったし、稼ぐぞ!」
イデアは聞きなれない単語に首を傾げた。
「婦人会?」
「ん? イデアは知らないか? 文字通り女性のための会だよ。子育て支援や女性の職探しなんかの支援をしてるんだ。万華鏡製作は子供ができて休職中の女性の小遣い稼ぎに最適だって、協力してもらえるようになったんだ」
そんな団体があったのかと、イデアは感心する。この世界は前世と違って色々と未発達だが、人々が協力し合って生きている感じがしてイデアは好きだ。
精霊信仰のおかげか貧民にも優しく、スラムが少ないのも暮らしやすくていい。もちろん危険な場所もあるのだが、イデアは日本とほとんど変わらないような感覚で街を歩けていた。




