24.幸せな生活5
ミラメアの国交断絶による急激な物価の上昇からおよそ十日がたった日のことだ。イデアはいつも通りエヴェレットと銀水晶を採りに行っていた。
「聞いたぞ。その首から下げてるの、製品化するんだって?」
製作が始まったのは三日前なのにもうエヴェレットの耳に入ったらしい。イデアは今猛烈な勢いで製作が進んでいる万華鏡を思い浮かべた。
「そうなの。すごいんだよ、一日に結構な数が出来上がるの。富裕層向けの方は時間がかかるみたいなんだけど、庶民向けはもう売り出せそうな感じ」
「さすがドンさん仕事が早いな。まあ、商売は時間との勝負って言うからな。こりゃしばらくは俺たちも頑張らないとな」
赤く燃える剣でサクサクと銀水晶の根元を切り裂きながら、エヴェレットはイデアに笑いかける。
頑張らないとと言われても、イデアの仕事は今のところ銀水晶の鉱脈を見つけることだけだ。ちなみにアゲハが見つけた鉱脈はこれが二つ目である。
一つ目の鉱脈の時に採りつくして大丈夫なのかとエヴェレットに聞いたら、銀水晶は根さえ残っていればそこからまた時間をかけて生えてくるから大丈夫なのだと言われた。鉱石なのか植物なのか、銀水晶は謎に満ちている。
イデアはいつものようにエヴェレットの採った銀水晶を手に取って、精霊王の力を込めながら雑談に興じていた。
「お、アゲハ。またクララの実があったぞ。食べるか?」
アゲハはクララの実と聞いて毛を膨らませてエヴェレットの元へ駆けて行った。
クララの実はすっぱすぎて人間は食べない。よく銀水晶の近くに生えていることが特徴なのだが、アゲハいわく自然の力が多く内包されているからおやつにちょうどいいのだとか。特に銀水晶の鉱脈近くに生えている物は絶品らしい。味見してみたが、すっぱすぎてイデアには良さがよくわからなかった。
しっぽをブンブン振ってクララの実を食べるアゲハはただの犬にしか見えない。イデアもアゲハもだいぶこの生活に馴染んだなと思う。
「よし、今日はこの辺にしとくか。暗くなる前に帰ろう」
二人は今日も十分な収穫を得て帰路に就く。
街に入ってすぐに二人は異変に気が付いた。
「なんだ? 歓声?」
大通りに行くと、人々の歓声であふれかえっている。詳しく内容を聞いてみたら、現帝王代理が投獄されてミラメアが国交を再開すると宣言したと御触れが出されたらしい。
「え? 投獄?」
イデアが退任ではなく投獄なことに驚いていると、エヴェレットがどこかから事の成り行きが詳しく書かれた紙を貰ってきた。
「どうやら前帝王代理は帝王に毒を盛っていたらしいぞ。あと違法薬物に手を出していたって。新しい帝王代理はカーク・スコット・トツカになったみたいだ……誰だ? カーク様って?」
「カーク様は帝王の愛妾の息子だよ。城から離れて暮らしてたけどちゃんと王子様だから大丈夫。ところで毒ってどういう事?」
イデアは伯父が祖父に毒を盛っていたということを受け入れられなかった。父ほどではないが、祖父は伯父のことも可愛がっていたはずだ。伯父はそんなに帝王代理になりたかったのだろうか。権力に執着のないイデアにはわからなかった。
「自分の父親に毒を盛るなんて考えられないな。ミラメアの姫も冷遇してたっていうし、何がしたかったんだ? 薬物中毒だったって書いてるし、正気じゃなかったんだろうな」
そうだったのだろうか? イデアは何とも言えない違和感を覚えた。
「それよりミラメアの姫に懸賞金かけるのやめたみたいだな。二人とも見つかったのかな? だとしたらめでたいな」
エヴェレットの言葉にイデアは驚く。だってイデアは城に戻っていないのだから。それなのに城はイデアたちの行方を探すのをやめたらしい。一体どういうことなのか、イデアは考え込んだ。
「どうしたんだ、イデア。眉間にしわが寄ってるぞ」
イデアは慌ててなんでもないとエヴェレットに言う。イデアは母共々見捨てられたのかと不安になった。けっして城に帰りたいと思っているわけではないのだが、捜索をあきらめられたとなると悲しい。
「よし、今日は屋台でなんか買ってくか。ミラメアとの国交が回復したから商人も戻ってくるだろうし、お祝いだ」
複雑な感情を抱えたイデアの横で、エヴェレットは喜んでいる。イデアはその笑顔を見て、まあいいかと思った。
すでにイデアの居場所は城にはない。市井に大切な人もたくさんできた。イデアはもう姫だった時のことは忘れようと、先を歩くエヴェレットを追いかけた。




