22.幸せな生活3
イデアは孤児院から帰った後、シェフのアスラさんに手紙を書いた。下宿先が決まりまったのでその場所と、冒険者稼業も順調ですと書いて送る。
送り先は城あてなのだが、さすがにシェフあての手紙は検閲されないから自由に書いても大丈夫だと教えてもらっていた。
イデアは毎日の事を細かく書いた。最初はそんなつもりはなかったのだが、書いている内にあれもこれも伝えたいと思ったのだ。
一通り書いて満足したイデアは、窓の外を見る。どこもかしこも母とイデアを探す御触れが貼られていて、気が滅入る。みんな母が死んだことを知らないのだ。探している人はイデアが一人で暮らしているなんて思ってもいないだろう。
それがなんだかとても悲しかった。本当なら母は、国を挙げて葬送しなければならない身分なのに、その死を看取ったのはイデアだけだ。
『イデア、寂しい?』
アゲハに問われてイデアは首を振る。
「大丈夫。アゲハがいるから寂しくないよ」
イデアはアゲハを抱き上げて美しい毛並みに頬ずりした。
イデアはそれから毎日冒険終わりに、孤児院に節約料理を教えに行った。メリッサおばあさんやハンナおばさんにも教えて欲しいと頼まれて、食卓に日本料理が並ぶようになる。イデアにとっては懐かしい料理が食べられて嬉しい時間だ。
休みの日は孤児院の子供たちと遊んだ。
そんな中で、イデアが一番仲良くなったのはルーラ・ジュリ・ウォーレンという十歳の女の子だ。
ちなみにトツカ帝国の住民にはお金が無くて選定の儀を受けられず、ミドルネームがない子が多いのだが、ここは教会の運営している孤児院だからみんなミドルネームがある。
ルーラは精霊こそ見えないものの、親和性は高いらしく。まわりにはいつも精霊がいた。
そして彼女のすごいところはそれだけではない。ルーラはいつも孤児院の片隅で彫刻刀で木を彫っていた。将来は細工師になりたいのだそうだ。それはなかなか見事な出来で、たまに職人街に作品を持ち込んで売ってもらっているらしい。
口数の多くないルーラと話しながらルーラの手元を眺めているのがイデアは好きだった。
「イデア、これあげる」
ある日ルーラが肩で真っすぐ切られた銀の髪を揺らして、イデアに小さな木片を差し出した。
よく見るとそれは花模様の彫られたブローチのようだ。
「いいの⁉ ありがとう」
イデアが受け取ると、ルーラは静かに笑う。イデアはどこに付けようか迷って、首から下げた万華鏡の紐に付けた。
「前から気になってた。それ、何?」
「これはね、お母様が作ってくれた形見の品なの。万華鏡っていうんだよ」
イデアは覗いてみてと万華鏡を差し出した。
「え! ……これ、どうやって作るの?」
きらきらと輝いた目で問われて、イデアは詳しく構造を説明した。ルーラは木の棒で土になにやら設計図のようなものを描いている。
イデアには万華鏡の設計図であるということしかわからなかったが、なにやらイデアたちの作った万華鏡とは少し異なるようだ。
イデアの万華鏡はビーズを入れるガラス部分が外側に露出しているが、恐らく設計図の万華鏡は内側にはめ込まれている。外枠は木製のようだ。
「これ、作ってもいい? 売れるよ、絶対」
イデアは本当に売れるだろうかと考え込んだ。確かにこの世界には無いものだ。欲しがる人はいるだろう。
『チャンスよ、イデア。精霊は万華鏡を気に入るわ。だって精霊は綺麗なものが好きだもの。イデアの採った銀水晶を使って万華鏡を作れば、早く精霊に力が戻るはずよ』
アゲハがしっぽをブンブン振って目を輝かせている。
精霊たちに力が戻るならいいかとイデアは承諾した。そしてルーラに条件を伝える。
「鏡の部分の製作は私がお世話になってる鏡屋さんにまかせるのでもいい? お世話になってるから恩返しがしたくて」
「鏡屋さんってドンさんのでしょう? ……それなら作る前にドンさんに商品化したいって相談した方がいいと思う。あの人ここらの商人組合の顔だから、商品の権利とか色々相談に乗ってくれると思う」
そんなにすごい人だったのかとイデアは少し驚いた。鏡職人の代表だけではなかったらしい。同時になぜ城の事情にあんなに詳しかったのかもわかった気がした。
イデアはルーラと手を繋いで鏡屋に走った。
「ドンおじいさん! 相談したいことがあるの!」
ルーラと工房に駆け込んだイデアに、銀水晶を溶かしていたドンおじいさんは少し待っているように言った。
銀水晶から薄い鏡が出来上がってゆくのを二人で静かに眺めながら、イデアは万華鏡がどれほどこの世界の人に受け入れられるか不安に思った。




