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忘れられ姫は精霊の愛し子でした~鏡屋さん始めます~  作者: はにか えむ


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20.幸せな生活1

 イデアが鏡屋に下宿することを決めると、メリッサさんが早速使っていない部屋へ案内してくれた。

 楽しく食事をしているうちに外はだいぶ暗くなっており、エヴェレットが帰り際にピッケルを冒険者ギルドに返却してくれる言うのでそれに甘えた。イデアは自分で行くと言ったのだが、子供が出歩く時間じゃないと叱られたのだ。

 かりた部屋の中はシンプルな家具でまとめられていて、過ごしやすそうだ。イデアは早速アゲハを抱いたままベッドに横になる。

「ねえアゲハ。なんだか何もかも順調に進んでるみたい。これも精霊王様の愛し子だからかな?」

『それはイデアの宿命なの。世界はある程度決まった通りに動くのよ。その宿命を捻じ曲げられるかはその人次第』

「ふーん、なんだか難しいね」

 イデアはアゲハを抱いたままうとうととする。しかし一つ思い出したことがあり、飛び起きた。

「そうだ! アゲハ。お母さんの万華鏡に力を込めたら、精霊になったお母さんが会いに来てくれるかな!?」

『……それは無理。イデアのお母様は精霊王と交渉して、約束したの。決まった未来を曲げてイデアを助ける案内役をつけるかわりに、自分はイデアが使命を果たすまで精霊王の聖域から一歩も出ない、イデアには会わないって……精霊王が未来を曲げるには対価が必要だから』

 イデアはそれを聞いて凍り付く。ということは、母に会うには使命を果たすしかないということだ。

『……私はその願いが無ければ生まれなかった。イデアのお母様は独り使命を果たさなければならないイデアを心配して、私を精霊王に作らせたの』

 泣いてしまいそうだった。母は、イデアのために精霊王と交渉してアゲハをくれたのだ。母に会えないのは悲しいけれど、その優しさが嬉しい。

『大丈夫よ、イデア。あなたは精霊王とつながっているの。精霊王のそばにいるお母様には、あなたの姿が見えている。いつもイデアを見守っているわ』

 イデアはアゲハをぎゅっと抱きしめた。その毛に顔を埋めて涙をこらえる。泣いたらきっと母を心配させてしまうから。泣かないと決めた。

「ありがとう、お母様」

 アゲハがいるから、イデアはひとりぼっちじゃない。いい人たちの世話になることもできた。きっとアゲハがいなければ、イデアはもっと大変な思いをしていただろう。

 アゲハを抱きしめて、イデアは眠る。明日も幸せでありますようにと願いながら。

 

 翌日、イデアは早起きして家事を手伝った。格安で下宿させてもらっているのだ。何もしないのはきまりが悪かった。

 ハンナおばさんが作った朝食を食卓に並べると、食事の開始だ。イデアは大きなパンに齧り付く。この世界のパンは前世のパンの様にふわふわなものは少ないが、スープに付けて食べると格別に美味しい。

「イデアは今日も銀水晶採取か、頑張ってたくさんとってきてくれよ」

「もちろんです! 楽しみにしていてくださいね!」

 食事が終わったころに、エヴェレットが迎えに来る。

「おはようイデア。アゲハも。支度はできたか?」

「エヴェレット! 今行くね」

 ハンナおばさんが作ってくれたサンドイッチを持って、イデアは今日も冒険に行く。

 とはいっても、行く場所は昨日見つけた鉱脈だ。しばらくはそこに通うことになるだろう。


 イデアはそれからおよそ一週間、生活に慣れる努力を続けた。毎日銀水晶をとっては鏡屋に納品する。鏡屋の一家ともだいぶ打ち解け、毎日を楽しいと思えるようになったころ、街が騒がしくなった。

「みんな、集まってくれ」

 ドンおじいさんがみんなを食卓に集めると、真剣な顔をして語りだす。

「大変なことになった。帝王代理がミラメアを怒らせて、国交断絶されたらしい。それのせいで商人たちが軒並み街を出て行っている。しばらくは物価が上がるだろう。最悪街から出ることも検討しなければならないかもしれん」

 それを聞いたイデアは血の気が引いた。まさか自分が城を出たせいではないかと思ったからだ。

「城からミラメアの姫たちが行方不明になったことが原因らしいが、馬鹿なことをしたもんだ。今帝王代理は莫大な懸賞金をかけて姫たちの行方を捜している。まったく、これでは姫たちが罪人みたいじゃないか」

 ドンおじいさんは呆れた顔でそう言った。イデアは不思議に思った。街から出ることも検討すると言っているわりに、ドンおじいさんの表情はあまり困っている風でもない。

「姫が戻れば、事態は改善しますか?」

 イデアが渇いた喉を無理やり動かして言うと、ドンおじいさんは当たり前のようにこう言った。

「しないだろうな。姫様たちにはもう一週間は頑張って逃げてもらわないと……」

 ドンおじいさんは何やら訳知り顔だった。もう一週間逃げるとはどういう意味なのだろうかと、イデアは首を傾げた。

「現帝王代理に不満を持つ連中が、水面下で動いているらしい。帝王代理が退けば、ミラメアは溜飲をさげるだろうとということだ。だからしばらくの辛抱だな」

 当たり前のようにそう言うドンおじいさんはいったい何者なのだろうと、イデアは思った。しかし、城に戻らなくていいのはありがたい。イデアは市井での暮らしが気に入っていた。

「イデア。お前はマヤ姫様と同じ年ごろで、同じ黒髪だ。懸賞金目当てのやつに誘拐されないように気をつけろ……まあ精霊の祝福があるから、大丈夫だとは思うがな」

 ドンおじいさんの言葉に、イデアは気が付く。そもそも母もイデアも精霊の祝福持ちだ。懸賞金を出されても捕まえるのは無理なのでは? イデアはそのことについて聞いてみた。

「世の中には精霊を寄せ付けない武器や捕縛道具も存在する。非合法なものだがな。まあそんなの持ってる奴なんて地下組織の上層部か国のお偉いさんくらいだ。その辺のごろつきなら心配ないさ」

 それを聞いてイデアは安心した。しばらくは冒険以外の外出を控えようと思う。

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