17.精霊の愛し子7
「え?」
イデアが驚いていると、アゲハがやってくる。
『イデア、鏡に力を』
戸惑ったイデアを、アゲハは鼻先で鏡の所まで押してゆく。イデアは仕方がなく鏡に触れた。なにか吸い取られているような、送り出しているような不思議な感覚がして不安になる。
やがてその感覚が止まると、肖像と同じ顔をした精霊が鏡の中に飛び込んだ。
鏡には、肖像と同じ顔が映し出される。四、五歳だろうかずいぶんと幼い。イデアには訳が分からなかった。
「メアリ! ああ、メアリだ」
ダニーおじさんは鏡に縋り付いて泣いていた。ドンおじいさんとエヴェレットは目を見開いて鏡を見つめている。
「ハンナ! ハンナすぐに来い!」
ドンおじいさんが二階に向かって叫ぶ。やがて二階から女の人が降りてきて、鏡を見るなり泣き叫んだ。
「嬢ちゃん、これはどういうことだ」
ドンおじいさんに聞かれて、イデアは狼狽えた。
『ギフトだとでも言っておくといいわ』
アゲハのアドバイスに従って自分のギフトだと呟いたイデアも、いまだ混乱状態にあった。精霊となった死者を映す鏡は存在するが、それを人工的に作り出せるなど聞いたことがない。
「ああ、なんてことだ。メアリは俺の孫だ。五年前に病気で死んで、精霊になった。それ以来メアリのためにああして鏡を置いていたんだが……ああ、もう一度会える日が来るなんて……」
ドンおじいさんは涙を拭いながら鏡を見つめる。鏡の中ではメアリが笑顔で手を振っている。それに縋り付いて泣く夫婦を見て、イデアは少し羨ましくなった。
「……イデア。この力、人前であんまり使うなよ。誘拐されるぞ」
複雑そうな顔をしたエヴェレットが忠告してくれる。そりゃあそうだ。だって、死後精霊になった親族を持つ人間は多い。なにがなんでもこの能力が欲しいという人間はいくらでもいるだろう。
『鏡自体に力があれば精霊を映し出せるの。イデアが鏡になる前の銀水晶に力を込めればこれからも精霊を映し出す鏡は勝手に生まれるわ』
アゲハの言葉に、イデアは少しほっとした。イデアにも死者が恋しい気持ちはわかる。叶うならこの能力を惜しまず使いたいと思っていた。
「嬢ちゃん。ありがとうな。お礼といっちゃなんだが、夕飯を食べていってくれ。メリッサ! 今日はご馳走だ! いい肉を買ってくるから料理してくれ。今日はもう店を閉める」
ドンおじいさんがメリッサおばあさんに叫ぶ。不思議そうに店頭から顔をのぞかせたメリッサおばあさんは鏡を見て絶句していた。
「エヴェレット、お前も食っていけ。ただしお前は手伝えよ」
「え?……わかった。ご馳走になるよ」
一瞬戸惑ったエヴェレットだったが、イデアを見て了承する。一人で置いて行くわけにもいかないと思ったのだろう。
ひとしきり泣いて落ち着いたダニーおじさんとハンナおばさんは、今度はイデアに礼を言ってきた。
「嬢ちゃんありがとう。おかげでメアリにまた会えた。」
「お嬢ちゃんがやったの? ありがとう。本当にありがとう」
イデアはくすぐったいような気持ちになった。手を取って感謝してくる夫婦に笑顔を返すと、精霊の愛し子になって良かったとあらためて思う。鏡の中ではメアリが笑っていた。
宣言通り大量の肉や酒を買って帰ってきたドンおじいさんは、メリッサおばあさんとハンナおばさんに料理をつくるように言った。
そして待っている間イデアに色々と質問してきた。イデアに帰る家が無いのだと知ると少し考えこんで言う。
「だったら部屋を貸してやろうか? 食事込みで月銀貨五枚でいい。しばらく冒険者を続けるんだろう? 冒険者用の宿舎は狭いし、嬢ちゃんみたいな小さい子が泊るような場所じゃない」
イデアはその提案を聞いて悩んだ。食事込みで月銀貨五枚は破格の値段だ。しかし知り合ったばかりの人たちの世話になるのも気がひける。
『イデア、そうしましょう。ここは鏡屋よ。使命を果たすのにちょうどいいじゃない』
アゲハが嬉しそうに膝に飛び乗ってくる。
「もちろんその犬も一緒でいいぞ。考えておいてくれ」
その日の食事はとても楽しいものだった。アゲハにもお肉を用意してくれて、メアリの鏡もテーブルの上に置かれている。
イデアの家の話になると、みんなこの家への下宿を提案してくれた。
最終的にイデアはこの家にお世話になることにした。久しぶりに家族団らんに触れて寂しくなったからかもしれない。
イデアはこんなに順風満帆でいいのだろうかと思う。楽しい食卓を囲みながら、なにか不幸の前触れでありませんようにと願った。




