16.精霊の愛し子6
「あの、きな臭いって何のことですか?」
イデアが尋ねると、ドンおじいさんは顔をしかめる。
「あー、今の帝王代理になってから神殿との衝突が激しいだろう? とうとう神殿への援助を減らすばかりでなく俺たち鏡職人への補助金も打ち切るって話になっているんだ。帝王が早く目覚められたらいいのだがな……」
帝王代理と聞いてイデアの背に冷や汗が伝う。それは伯父の事だ。伯父は精霊を嫌っている風だったが、まさか教会とももめ事を起こしていたのかとイデアは頭を抱えた。
「補助金って何のことですか?」
「ん? 俺たち鏡職人はな、試験を経て国に認められると月々一定額の補助金が貰えるんだ。鏡はそこにいるだけで土地を豊かにする精霊の寝床だ。鏡を安く市井に普及させるための補助金ってわけさ」
ドンおじいさんはわかりやすく説明してくれた。
「補助金が無いと俺たちは鏡の値を上げざるを得なくなる。昨今ただでさえ帝王代理のせいで税が上がってるっていうのに、鏡の値まで上がっちまったらどうなることか……」
伯父はどうやら好き勝手やっているようだとイデアは怒りを覚えた。祖父は信仰心に厚かったから、祖父が帝王だった頃はこんなことなかったに違いない。
「せめてゼイビア様がお戻りになって帝位を継いでくだされば……」
突然父の名前が出てきたのでイデアは動揺した。急速に口が渇いて唇が張り付く。
「ゼイビア様ってあの英雄王子?」
エヴェレットの年齢ではあまり詳しく知らないのだろう。首を傾げている。
「そうさ、今の帝王代理の同母の弟君だ。精霊の祝福持ちでな。お前と同じ炎を操るギフトを持っていらっしゃるんだぞ、エヴェレット。幼少のころから騎士団に交じって多くの魔物をねじ伏せていらっしゃった。お強くお優しい方でな……今はいったいどうしていらっしゃるのやら、四年ほど前からとんと噂を聞かなくなったな」
四年前といえば邪の森に行くと言っていた時だ。イデアもそれからの父の様子は伯父の言葉でしか知らない。手紙も返事は帰ってこなかった。
暗い顔をしているイデアに、ドンおじいさんは子供に話しすぎたかと謝罪した。
「なに、今すぐ戦争になるとかそんなことはないさ。怖がらせてすまなかったな」
イデアは首を横に振る。知ることができてかえって良かったかもしれないと思う。伯父は国民に嫌われているのだ。少しだけざまあみろとイデアは心の中で悪態をついた。
「さてと、銀水晶の買取だな。折半だとしたら一人あたり小銀貨七枚ってとこだな。どうだ?」
小銀貨七枚と聞いてイデアは空いた口が塞がらなくなる。エヴェレットがイデアを見て可笑しそうに笑う。
「どうした? 足りないか? これ以上はこっちもあげられねえぞ?」
「違う違う。イデアは高くて驚いてるんだよ。銀水晶の値段を知らなかったから」
小銀貨七枚なら月に二十日働いたとして銀貨十四枚だ。賃貸が銀貨五枚で、住み込みの場合はかからない食費などを自分で負担したとしても十分貯金もできる額である。はっきり言って住み込みで働くよりも稼げる。
「イデア、この仕事は完全歩合制だって忘れるなよ。採れない時は本当に採れないからな」
エヴェレットが言うが、イデアにはアゲハがいるのだ。もしかしたら冒険者の方が安定して稼げるかもと思っていた。もちろんそれもエヴェレットと組んでいるからなのだが。
「まあ、もうちょっと冒険者を続けながらどうするか考えればいいさ。いくらでも相談に乗るからよく考えろ」
エヴェレットに頭をポンポンと叩かれて、イデアは頷いた。
今日の報酬を受け取って、イデアが初めて自分で稼いだお金に感動していると、アゲハのきゃんきゃんと吠える声が聞こえた。
「どうしたの? アゲハ?」
アゲハは工房の片隅に飾られた鏡と姿絵に向かって吠えていた。なぜかその周りを多くの精霊が飛び回っている。
「精霊が集まってるな。何だ?」
エヴェレットが言うと、ダニーおじさんが顔色を変えた。
「精霊が集まってるのか? もしかしてメアリ、そこにいるのか?」
ダニーおじさんはフラフラと鏡に近づいてゆく。そんなダニーおじさんに一体の精霊が寄り添うように止まった。
よくよく見てみると、その精霊の顔は姿絵に描かれた幼女と同じものだった。




