13.精霊の愛し子3
翌日イデアは日が昇る前に目を覚ました。
「おはようアゲハ」
『おはようイデア。今日はいい天気よ』
イデアはアゲハを撫でまわしておはようの挨拶をする。
昨日城を出た時に食糧庫からもらってきた、アスラさん特製のサンドイッチと焼き菓子をアゲハと一緒に食べてお腹を膨らませると部屋を出た。
向かう先は冒険者ギルドの受付前だ。エヴェレットと待ち合わせをしているのだ。
「お、寝坊せずに起きれたか。……なんだそいつ? 犬……?」
アゲハを見た人はみんな同じ反応をするなと思いつつ、イデアはアゲハを抱いて昨日用意しておいた言い訳を口にする。
「私の犬です。名前はアゲハ。私のことを追いかけてきたみたい」
エヴェレットは驚いた顔でアゲハに手を伸ばす。
「へえ、賢い犬だな。こんな小さいのに」
アゲハはエヴェレットに触られても嫌ではないようで、大人しくしている。
「首輪もリードも無くて大丈夫か?これから森に入るんだぞ」
「大丈夫です! アゲハは賢いから」
イデアの声に合わせてアゲハがきゃんと犬らしく鳴く。
「本当に賢いな。言葉がわかってるみたいだ」
エヴェレットは興味深げにアゲハを見つめている。イデアは胸を張って鼻高々だ。
「あ、そうだ。早く行かないとな。まずは受付で銀水晶のピッケルをかりるんだ」
イデアが受付を見ると、制服を着たお姉さんが微笑まし気にこちらを見ていた。
「えと、銀水晶のピッケルをかしてください」
「はい、こちらをどうぞ。返却は必ず毎日してくださいね」
前もって用意してくれていたのだろう、すぐにピッケルを手渡してくれた。
イデアはなんでピッケル? と思いつつそれを受け取る。鏡の原料である銀水晶でできているからイデアの顔が映って変な感じだ。
「エヴェレットさんはいらないんですか?」
そう問いかけるとエヴェレットは自身の腰にはいた剣を指さして言う。
「俺にはこれがあるからな」
鞘で刀身が見えないがその剣は銀水晶でできているのだろうかと、イデアは不思議に思う。確かに銀水晶はとても硬いので武器にもなるだろう。
「さて、これから銀水晶の採取に行くぞ! 俺達祝福持ちしかできない仕事だ」
イデアはエヴェレットと二人で街を歩く。イデアの横にぴったりくっついて歩くアゲハに、エヴェレットはまた感心していた。
「その犬本当に賢いな……やたら精霊が多いけど、アゲハも祝福持ちなのか?すごいな」
イデアはそういえば動物も祝福を持つことがあると聞いたことがあったなと考える。精霊王の使いなのだから、アゲハも祝福持ちといって差し支えないだろう。
「行きがてら説明するな。銀水晶は人間にはどこにあるかわからない。探し方は精霊だけが知っているといわれている。だから祝福持ちが精霊に導いてもらうしか、見つける方法が無いんだ」
なるほどとイデアは手を叩く。精霊に場所を教えてもらうことでしかとれないなら、確かに精霊が見える祝福持ちが必要だろう。
「自然の銀水晶は固いから、同じ銀水晶で作ったピッケルでしかとれない。一度熱を通すと硬さが失われるから、鏡に加工すると簡単に割れるんだけどな」
イデアは万華鏡を作った時のことを思い出した。父と母を思い出すと、イデアの胸はチクリと痛む。
おもわず首から下げた万華鏡を握りしめた。
「そういえば、気になってたんだけどその筒なんだ?」
「母が作ってくれた形見の万華鏡です。覗いてみますか?」
イデアは万華鏡を首から外すとのぞき穴をエヴェレットに見せる。
「なんだこれ、綺麗だな。精霊もたくさん入り込んでる。鏡でできてるのか?」
構造を説明すると、エヴェレットはそんなものがあるのかと感嘆した。
「森の中だと引っかかって落とすかもしれないから、服の中に入れておいた方がいいぞ」
再び万華鏡を首から下げたイデアは頷く。これだけは絶対になくしたくない。
やがて街の外れにつくと、関所のようなものがあった。
「ここで昨日作った冒険者証を見せるんだ」
エヴェレットはイデアが世間知らずなことに気づいているのだろう。街からの出方や入り方まで丁寧に説明してくれた。
深く事情を聞かずに察してくれるのは今のイデアにはとてもありがたいことだ。
「ここからしばらく歩くぞ。日が完全に昇るころには森につくだろう」
イデアとエヴェレットは森まで雑談しながら歩いた。森につくころには、イデアはエヴェレットと呼び捨てにするまで仲良くなっていた。




