12.精霊の愛し子2
イデアはアゲハを抱えて外に出た。アゲハのしっぽがお腹に触れて少しくすぐったい。しかしとても心強かった。
イデアは自分で思っていた以上に孤独感を覚えていたのかもしれないなと思う。
旅の仲間が増えただけで前向きな気持ちでいられるのだから。
「嬢ちゃん!」
イデアが冒険者ギルドを出ようとすると知っている声に呼び止められた。
「シェフ?」
それは城のシェフだった。いつもは姫様呼びなのに今日は嬢ちゃんだ。街中だから気を使ってくれているのだろう。
「良かった、会えたな。……なんだそいつ? 犬……か? どこで拾ってきたんだ?」
イデアは茫然とシェフの顔を見つめた。
「どうして……?」
「どうしてってお前あんな手紙一枚で居なくなるなんざ心配するだろうが。嬢ちゃんに冒険者ギルドの存在を教えたのは俺だ。ここに居れば会えるだろうと思ったんだよ」
イデアは泣いてしまいそうになった。自分にはまだこうして心配して追いかけてくれる人が居る。その事実はイデアの心を軽くさせた。
「ありがとうございます! 無事に冒険者登録できました! 明日は同じ加護持ちの人に冒険の仕方を教えてもらえることになりました」
「そうか、それはよかった。夕飯まだだろう、安くてうまい店を知ってるんだ。門出におごってやるよ」
シェフは相変わらず飾らない笑みで言う。イデアは提案に甘えることにする。
「その変わった犬はどうしたんだ?」
歩き出すと早速アゲハについて聞かれる。
「拾いました。新しい家族です」
イデアが言うとアゲハは嬉しそうにしっぽを振った。
「家族……いいことじゃねーか。しっかり面倒見るんだぞ」
シェフがイデアの頭をぽんぽんとたたくと、イデアはなんだか嬉しくなった。今までずっとシェフとは食糧庫で会えた時に少し話すだけだった。それがこうして一緒に歩けるのだ。イデアは今までに感じたことのない解放感を覚えた。
「しかし拾ったにしちゃ綺麗な犬だな。珍しい犬種みたいだし誰かの飼い犬だったのかもしれない。飼い主と揉めないように気をつけろよ」
シェフは心配してくれるがアゲハは精霊王の使いだ。間違っても飼い主が現れることなどない。居たとしたらそれは偽物だ。
しかしアゲハは可愛い。連れていると誰かに目をつけられる可能性はあるかもしれない。イデアは注意しようと決めた。
「この店だ、俺の料理の師匠の息子がやってる店でな。犬もいるし個室にしてもらうか」
シェフが連れてきてくれたのはギルドからほど近い場所にある小ぢんまりとしたレストランだった。周囲と溶け込む白い壁だが、たくさんの植物が植えられていて感じがいい。イデアはとても楽しみになった。
「あれ? アスラさんじゃないっすか。どうしたんです、その子。娘さんじゃないっすよね?」
問いかけてきたのはこの店の店主だろう。イデアはここにきてシェフの名前がアスラであることを初めて知った。
「知り合いの子供だよ。親を亡くして家も失ったばかりでな。冒険者になることになったから気にかけてやってくれ」
それを聞いた店主がイデアを見る。
「そうか……ここは冒険者もよく利用する店だ。酒を置いてないから嬢ちゃんには来やすいだろう。いつでも食べに来てくれ」
客が少ない理由は酒を置いていないかららしい。確かに客層が落ち着いている。
イデアは挨拶すると中に入った。
個室に通されてしばらくすると、美味しそうな料理が運ばれてきた。アゲハはイデアの膝の上に乗って静かに料理が並べられるのを待っている。
「その犬本当に行儀がいいな。嬢ちゃんの飼い犬にはぴったりだ」
アスラさんが笑いながら、街の事をたくさん話してくれた。主に困った時どこに行けばいいかだとか日常の助けになる情報ばかりで、街に慣れないイデアには嬉しい情報だ。
アゲハに食事を取り分けながら、イデアはアスラさんに感謝した。
彼がいなかったら城でもイデアはやっていけなかったかもしれない。食事が終わってギルドまで送ってくれた時に、イデアはあらためて深く頭を下げた。
「私が今までやってこれたのはアスラさんのおかげです。ありがとうございました」
「よせよ、これが最後みたいじゃねーか。また様子を見に来るから、無理すんじゃねーぞ」
アスラさんは笑って去っていく。その後ろ姿を見えなくなるまで見送って、イデアは部屋へ戻る。
『よかったわね、イデア。彼は良い人だわ』
ふわふわのアゲハを抱きしめて、イデアは深い眠りについた。




