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第五話 じいちゃんの存在

 それは真っ暗な雑木林に、響き渡った。


「ぱんつぅ〜!ぱぁんつぅ〜!」


 じいちゃんは、イツキの名前を叫んでいる。


 全然、イツキの名前は言えていないけれど、それは、誰か大事な人を、懸命に呼ぶ声だった。


「ぱんつ〜!ぱぁんつぅ〜!」


 俺に腕をつかまれたまま、じいちゃんは叫び続けた。


 そのうち、上の方から別の懐中電灯の明かりがゆらゆらと、近づいてきた。


 守山のおじいちゃんおばあちゃんが、じいちゃんの声を聞いて、来ているのだろう。


 じいちゃんにも、その明かりは見えているはずだ。


 それでもじいちゃんは、叫ぶのをやめなかった。


「ぱんつぅ〜!ぱぁんつぅ〜!」


「じいちゃん……」


 ぐうっと、喉の奥が詰まった。


 暗闇を照らす懐中電灯の明かりが、急に歪み出した。


 泣くな。


 代わりに、声を出せ!


「……イツキ、イツキー!どこだぁー!」


 じいちゃんの腕をつかみながら、俺も叫んだ。


 何度、イツキの名前を読んだだろうか。


 急にじいちゃんが、俺の手をつかんで、黙った。


 ざざざっと、下の方から風が雑木林を揺らす音が聞こえた。


 暗い。


 その暗い雑木林の方から、かすかに聞こえた。


「……じ、ちゃ……」


「イツキ!どこだ!」


 じいちゃんの腕を離して、雑木林の斜面を降りようとした。


 ぐっ、と、服がひっぱられた。


 振り向くと、じいちゃんが俺の手に、ロープを渡してきた。軽トラに乗せてある、荷台に使う頑丈なロープだ。


 逆光を浴びたじいちゃんの顔は見えない。


 さらに顔を上げると、守山のおじさんっぽいシルエットが、見えた。


 たぶん、上から渡してきたんだろう。


 俺は急に落ち着いた気持ちになり、ロープを握りしめて、ゆっくりと斜面を降りていった。





 俺がイツキを見つける前に、警察の人たちがやってきた。



 俺はすぐに道路まで戻され、じいちゃんと一緒に軽トラに乗って、守山自工の砂利のところへと移動した。


 じいちゃんは、軽トラを邪魔にならないところへ停めてから車を降りると、じっとパトカーの停まっている方向を見つめて、立っていた。


 しばらくすると、救急車がやってきた。


 くるくると回る赤色灯を見ながら、じいちゃんは隣に立つ俺の背中を二回叩いた。


 じいちゃんは、何も言わなかったけれど、俺はなんとなく大丈夫だと言われたと分かった。



 イツキは、すぐに、救助された。





 守山自工の前にある防犯カメラに、事故の様子が一部だけ撮影されていた。


 車は砂利のところを走るイツキの自転車にぶつかったまま、まっすぐに進んで、カメラの画面から消えていった。


 イツキはそのまま斜面下の雑木林まで飛ばされたようだった。


 ヘルメットをかぶっていたことと、冬の枯れ草が溜まっていて、クッションになったことが、幸運にも重なって、打ち身と足の骨を折るだけで済んだ。


 その夜の内に、破損したまま走行していた事故車が見つかり、犯人は逮捕された。




 そして、守山のおじさんが、翌日謝りに来ていた。


 イツキを見た後に、ブレーキ音が聞こえたのに見に行かなかったことを、悔やんでいるようだった。


 じいちゃんは、


「ぱんつ」


 と言って、首を振った。


 謝るなと、言っているんだと、守山のおじさんはすぐに理解した。


 そして、申し訳なさそうに、頭を下げながら、


「それと、なんで、ぱんつしか言えなくなったんでしょうかね……」


 と、じいちゃんに聞いた。




 入院したイツキは、だんだんと病院にいることに飽きてきていた。

 家に帰りたいとまでは言わなかったが、ホームシックも混ざり始めていた。


 そこで、じいちゃんと携帯電話でやり取りするようになった。

 スマートフォンは壊すからダメだと、父さんと母さんに止められ、携帯電話をイツキのために、用意した。

 そしてじいちゃんは、父さんと一緒に店に行って契約してきた携帯電話をいじくっては、カメラ機能と画像を送ることを覚えた。


 病院にいるイツキが文章を送り、じいちゃんはそれに応えるように、カメラで撮った画像を送った。


 外の風景を撮るために、じいちゃんはひとりで出かけるようになった。


 それから、じいちゃんはだんだんと、隣の守山さんの家へ遊びに行くようになっていった。


 携帯の使い方を教わりに行っているらしい。


 そして、気がつけば守山自工の人たちはみんな、じいちゃんが「ぱんつ」しか言わないのに、意思の疎通ができるようになった。


「時々、携帯に文字を打ってもらったりするけどなぁ。

 だいたいは顔見て喋れば分かるもんだしなぁ」


 のんびりと守山のおじさんが、休憩のお茶を飲みながら答える。


 今日は、イツキが退院してくる日だ。


「それにしても、一年で二人も救急車に運ばれて大変だったなぁ」


「ぱんつ、ぱんつ」


「まぁ、退院して元気になってるからいいのか」


「ぱんつ」


 じいちゃんがうなずく。




 お昼が近くなったので、じいちゃんと二人で、歩いて家に帰る。


 父さんと母さんは、イツキを迎えに病院へ行き、兄ちゃんは、イツキのリクエストで、ファストフード店におもちゃ付きのハンバーガーセットを買いに行っている。


「そういえば、イツキの誕生日のケーキ、買わないままだった」


「ぱんつ?」


「食べたいけど……イツキが帰ってくるし」


「ぱんつ」


 じいちゃんがハンドルを握って回すジェスチャーをする。


「今から?」


「ぱんつ」


「お金ないよ」


 じいちゃんが自分の胸をぱん、と叩く。


「じいちゃん、お金あるの?」


「ぱんつぱんつ」


 そう言いながら、両手を大きく広げる。


「嘘だぁ〜」


 俺がくすくす笑うと、じいちゃんも嬉しそうに笑った。


「じゃあ、退院祝いに、コンビニのシュークリーム買いに行こうよ」


「ぱんつ!」


 じいちゃんは満面の笑みを浮かべて、ポケットから軽トラの鍵を出した。


 ラジオをつけて、軽トラは走り出す。


 じいちゃんは、「ぱんつ〜ぱんつ〜」と、お気に入りの演歌に合わせて歌う。


 僕はそれを聞きながら、無性に楽しくなってしまい、笑った。


 じいちゃんは、「ぱんつ」しか言えなくなってしまったけれど、じいちゃんの言葉は、全然消えてもいないし、減ってもいなかった。


 話さなくても、そこにじいちゃんがいるだけで、じいちゃんは能弁に語っている。


 隣に座るじいちゃんの「ぱんつ」の歌声を聴きながら、俺は薄い水色の春の空を眺めた。




(*´ー`*)感想に、「ぱんつ」と来たら、「ぱんつ」と返します。




お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後までパンツだった……!(驚愕) 笑っちゃいけないのにふきだしそうになる子供たちと同じように、「このシーンは笑うところじゃない……!」という気持ちになりました。 感動と笑い(イヤな感…
[良い点] ぱんつぱんつぱんつ! ぱんつぱんつ♪ ※「ぱんつしか言えない」というギャグ要素をほのぼのヒューマンドラマみたいにしてるのが凄い! クスッとしながら感動もできて面白かった♪ [気になる点] …
[良い点] 言葉とは他者とコミュニケーションを取るための道具であり、その“形”が変わってしまっても、積み重ねた絆と信頼があれば揺らぐ事は無いということですね。 たとえ何があろうと、人は1人では生きて行…
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