59.アルルが落ちた件
「硝石は糞などの有機物が分解し、固まったもの、というところまではよいよな?」
「うむ。先ほど聞いたばかりじゃからの」
乗ってきた乗ってきた。
先ほどまでの態度が嘘のように、セコイアは顎に可愛らしい指先を当て「ふむ」と頷く。
「それならどこにでもあるもんだと思いきや。そうでもない」
「水に溶けやすく、植物の糧となるからじゃの?」
「うん。でな。乾燥した場所ということで、ここにやってきたんだ。岩ばかりでいい感じだろ?」
「そうじゃの。気候条件は望ましいものかもしれぬ。じゃが、この広い大地の中から当たりをつけるのは中々に骨じゃな」
「俺もその結論に至った。まあ、最後はしらみつぶしにサンプル採取しかないのかもしれない。だけど、その前に確かめようと思ったのが横穴だったわけだ」
一旦ここで言葉をきり、崖とセコイアへ交互に目をやる。
この崖だ。計画は既に破綻している……採掘なんて無理だよ。
彼女へ説明を続けようとしたが、先に結論に至ったのか彼女が目を見開きポンと俺の腰辺りを叩く。
「キミの首から上には本当に驚かされる。なるほどのお。飛竜の巣か。乾燥した大地にある横穴。雨水が流れ込むことも極僅かと推測できるというわけじゃの」
「ひ、飛竜……そんなのがいることがあるの……? 俺はほら、コウモリとか鳥とかを想像していたんだけど」
「コウモリかの。あ奴らは群れる。汚物の量は飛竜より遥かに多そうじゃの。塵も積もればということか。さすが、ヨシュアの首から上じゃ」
褒めてくれるのは嬉しいんだけど、ちょっとあからさま過ぎるってば。
俺の肉体が貧弱なことを否定しないが、言い方が酷い。
崖が思った以上に切り立っていてくれてよかった。洞窟に入ったら飛竜とご対面なんてしたら、命にかかわる。
「飛竜! ヨシュア様。飼うのですか?」
アルルが目を輝かせ尻尾をパタパタさせ問いかけてきた。
「野生の飛竜って飼いならせるものなの? 帝国では飛竜を卵から育てて使役していたけど」
「レッサー種を直接使役することは難しいの」
俺の言葉にアルルではなく、セコイアが応じる。
レッサー……つまり下位種ってこと? なら、上位種もいるのか……飛竜っていえばほらあれだろ。
体長が5~12メートルくらいある巨大な爬虫類型の飛行生物だ。
俺が想像する爬虫類な飛行生物といえば、プテラノドンみたいな翼竜だ。だけど飛竜は鳥に似る翼竜と異なり、ドラゴンの身体を細くしてコウモリのような翼が生えたモンスターだった。
一度だけ、見たことがあるんだよ。帝国から来た使者が飛竜に乗ってた。
カッコよかったなあ。
だけど、生えそろった鋭い牙とかトゲトゲのついた翼とかがあるから、遠目で指をくわえて見ていただけだがね。
「騎乗可能な飛行生物がいれば、大きな助けにはなるけどすぐにどうこうできるもんでもないよな?」
「『雷獣』と友になろうと画策しておるキミらしくもない。飛竜の協力を得たいのならば、『束ねる者』と友になればよい」
「飛竜って群れるんだっけ……」
「家族単位で生活しておるな。じゃが、地域には飛竜らの主となる上位種がいることが多い。時に火竜や古代龍だったりすることもあるがの」
「竜種ってやつか……お近づきになりたくないかも」
「キミがこの地を統べるのじゃろう? いるかどうかは不明じゃが、もし竜種がいたとすれば、竜種とも親交を深めるべきじゃの」
「竜種が人間並みの知能を持ち、言葉も操るなら……後から来た俺たちは彼らに挨拶しとかなきゃならんな……」
気が重い。
竜種に限らず、カンパーランドに知的生命体の集団がいたとしたら彼らと共存すべく平和的に接したい。
俺たちは後からこの地に来た集団となる。
先住者と戦いになるなんてことは避けなきゃならん。
この世界は人間以外にも様々な知的生命体がいるからなあ……種族格差も大きく、公国時代には苦労したものだ。
だけど、話せば分かる精神を持って接すれば、大概何とかなる。
今のところ、ネラック周辺には(俺たちにとって)未知の知的生命体とは遭遇していない。
あえて言うなら雷獣くらいか。
雷獣とは是非ともお友達になりたい。そして、体の仕組みを調べ……魔石製造に繋げ……ぐふふ。
わしゃわしゃわしゃとしても気持ちよさそうだし。発電までできちゃうなんて、素敵過ぎる生物だ。
「ボクに欲情するのはよいのだが、欲情するならこう、妄想じゃあなくて体を動かすのが良いぞ」
「え? いや、別にセコイアには微塵たりとも」
「な、なら。そこにいる猫娘か! キ、キミの好みは猫耳じゃったのか。狐耳じゃあないと」
「いや、そこはどっちでも……」
「そうか! むぐうう」
飛び掛かってきたので、素早く手を前にやるとセコイアの頭をいい感じに手の平で押さえることができた。
ははは。俺だって中々の運動神経をしているじゃあないか。
うん、まぐれだよ。言わせんな、恥ずかしい。
「アルル。視察も終わったし、戻ろうか」
「はい! でも、ヨシュア様」
ん。
変なスイッチが入ってしまったセコイアを放置して帰宅しようと思ったのだが、アルルが迷うように尻尾をパタパタとさせ「うーん」と眉をひそめている。
「迷うことがあるなら、迷わず言ってくれよ」
「う、うん。ヨシュア様、探さないの?」
「探すって横穴を?」
「うん!」
「探すにしても準備がいるだろ。丈夫なロープに……いやよしんば硝石を発見したとして持ち帰るにも大変ってもんじゃないぞ」
「上の方なら近い?」
「ちょ、アルル」
「セコイアさん、いるから。護衛要らないよ。ヨシュア様」
そういう事じゃあなくてええ。
くるりと背を向けたアルルが真っ直ぐ崖へ向かっていく。
やべえ。まさかアルルが飛び出すとは思っておらず、彼女にはロープを巻き付けていない。
「あ……アルルー!」
ぎゃああ。
アルルがアルルが崖へ向かってぴょーんと落ちて行ってしまった。
どうしよう、どうしよう。
ま、まだ真っ逆さまに落ちたと決まったわけじゃない。
待ってろ、アルル。絶対に助けてやるからな。
意を決し、セコイアの腰で縛ったロープをほどき始める。
彼女にロープを持ってもらって自分の腰へロープを結ぶのだ。
セコイアに引っ張り上げてもらうってのも情けない話だけど、彼女は森で俺を背負おうとしたくらいだから俺を引っ張り上げることなど造作もない……と信じる。
「まさかキミも飛び込もうと思っておるんじゃあるまいな?」
セコイアの腰のロープをようやくほどいた俺に向け彼女が呆れたようにため息をつく。
「俺じゃあ頼りないけど、そんなこと言っている場合じゃないだろ! アルルが落ちちゃったんだぞ」
「猫娘は猫族じゃろうて。壁の登り降りなどお手の物じゃ」
「じゃ、じゃあ、アルルは無事なんだな」
「猫娘は心配ない。キミが行けば心配になる」
「……」
すんごい引っかかる言い方だな。アルル単独だったら問題ないけど、俺が行けば二次災害が起きるってのかよ。
そのためのロープだろうに。




