379.優勝は
「うむ。ボクはこれが気に入ったぞ」
右隣りで蛍光イエローのカレーとクルミ入りのふんわりしたパンを交互に口を入れたセコイアが満足気な顔で「うむうむ」と頷く。
ペンギンはどうだろ。反応を見る限り「普通」かな?
蛍光イエローという色はともかく、おいしくないわけではない。
いや、むしろおいしい部類に入る。
きっと俺とペンギンの気持ちは同じだ。本心では分かっている。正当な評価をせねばならないと。
大森林スープはカレーである、との認識でカレー大会だと勝手に思っていた。
現に大森林風スープと銘打ったネラックの店で食べたものはカレーそのものだっただろ。
去年の神食もカレーだった。
ところがどっこい、この蛍光イエローのカレーは甘いのだ。
甘口カレーなんてものじゃなく、カスタードベースに様々なフルーツを加え複雑な味わいを作り出した一品である。
クルミ入りのパンに浸して食べると、これまたよく合う。
「大森林スープって辛いものだけじゃないんだな……」
俺のつぶやきはペンギンの左に座るレイク・エルフの族長の耳に届いたようで、彼が俺の疑問に応えてくれた。
「おっしゃる通りです。最も種類が多いのは辛いものですが、それだけでないところが大森林スープの奥深いところです」
「一口に大森林スープを注文すると、思っていたものと異なるものが出て来ることもあるということですね」
「はい。そこがまた面白いところであります」
「エルフ族が作るスープは全て大森林スープと呼称されているのですか?」
「一応、決まりはあります。ですが、ヨシュア様の認識で問題ありません」
族長の説明に顎に手を当て「ううむ」と唸る。
前世で様々なカレーを食べて来た俺は、自分の好みのみで点数をつけようと思っていた。
カレーには少しうるさい方だから、審査員として主観であるものの採点ができると考えていたんだ。
しかし、カレーでないスープも混じってくるとなるとどうやって基準を決め点数をつけていいのか悩ましい。
甘いスープの5点とカレーの5点が果たして同じ5点と評価できるのかどうか。
そこでハッとなり、ポンと手を叩く。
毎年の神食の選定は困難を極めていた。甘いスープとカレーを比べてどっちが優れているのか、なんて判断のしようがないじゃないか。
もっともメジャーな大森林スープがカレーなのだから、カレーの中で選定していたにしても彼らにとってカレーの中からの選定でも、俺にとって甘いスープとカレーを比べるのと同じくらいの感覚だったに違いない。
そら、大会でも開催してその場で決めてしまうくらいじゃないと決まらないよなあ。
「面白いじゃないか、ヨシュアくん。私たちは私たちなりに感覚で決める、それでいいじゃないか」
「プロじゃないものな。素人ゲストだから、俺なりに真剣に点数をつけるしかできないか」
俺とペンギンの会話に対し、族長も優し気な笑みを浮かべ頷いてくれた。
カレー……いや、大森林スープの試食はまだまだ続く。
お。おお。これこれ。
真っ黒のスープからあがる湯気が目と鼻を刺激する。
付け合わせはふかふかの焼き立てチーズナンか。これはきっと辛い。
匂いを嗅いだだけでセコイアが眉を寄せ、狐耳をペタンとさせていた。
彼女は指先に真っ黒のスープをちょこんとつけ、自分の口じゃなく俺の口の中に指を突っ込んでくる。
「どうじゃ?」
「辛い」
「や、やはりそうか」
「今までで一番辛いな。これ」
「パスじゃ。ボクはパスする」
「そうした方がいいかも。無理に食べる必要はないさ」
この辛さはインドカレーで言うところの4辛くらいだ。
何も調整せず出されるインドカレーの辛さは2辛程度。4辛になると追加料金がかかるところもあるくらい。
真っ黒スープをナンに浸し、パクリと行く。
お。おおお。辛いが、辛さの中にシーフード系の深い旨味がある。
蛍光色や光っていたりしないのと色が黒なことから、恐らくフォレスト・エルフ風なのだと思う。
俺もこれが三種族のエルフのうち、どの種族風なのか分かってきたのだ。
ごめん、ちょっと盛った。族長に毎回聞くことでやっと分かるようになってきたんだよね。
レイク・エルフ風は色がとにかく派手だ。水中生物の生物発光組織でも取り入れているのか、蛍光色はどこから持ってきたのかとか謎だけど、さっきセコイアが気にいっていた甘いスープのようなものがレイクエルフ風である。
フォレスト・エルフ風はシックなものが多い。暗褐色とか今俺が食べたような真っ黒とかね。様々な具材が入っているのだけど、目に見えるようなサイズのものは入っていないのも特徴である。
残りのシヴィル・エルフ風はそれ以外、と雑な分け方ですまない。奇抜な色があったとしても蛍光であったり光っていたりはしなくて、具材を完全に溶かしこんでいるものもあれば、そうでないものもある。
大会が始まり、最初に食べた紫色の大森林スープがシヴィル・エルフ風だった。
「フォレスト・エルフ風なのに海の幸の味わいというのも変わってるな」
「私には少し辛いかな。まさしくインド風カレーだね。これは」
「インド風シーフードカレーだよね。イカの味が甘味を引き出し、辛さの中のちょうどいいアクセントになってる!」
「はは。ヨシュアくんはこのカレーが気にいったようだね」
和気あいあいと真っ黒カレーについて語る俺とペンギンに対し、セコイアは苦い顔で舌を出す。
「辛いと味も何もないのじゃ」
「セコイアはさっきの蛍光イエローをもう少し食べるのも良いんじゃないか?」
「まだ大森林スープは来るのじゃろ? ちゃんと試食できるように腹をあけとかねばな」
「そうだな。俺も食べ過ぎないようにしなきゃ」
そんなこんなでこの後、7種くらいの大森林スープが提供され、そのどれもが手の込んだもので感動した。
その中に甘いのはもう一種類あって、他はカレーに近いもので大満足だ。
残念ながら日本風カレーと言えるものはなかったけど、シーフード、ダルカレー、バターチキンと色んな種類のカレーが楽しめた。
「では。最も得点の高かった大森林スープを発表いたします。今年の神食は」
ここで司会が言葉を切る。
固唾を飲んで見守る観客たち。
魔道板が点滅し、いやがおうにも緊張感が高まって来る。
果たして優勝はどのカレーなのだろうか。俺が最高得点を付けた真っ黒スープの結果はいかに?
「ルルイエ村の『クレセントスープ』でした。クレセントスープを今年の神食として世界樹に捧げます」
この時ばかりは観客から盛大な拍手が送られた。
ほほお。クレセントスープとはあれだな。スープの上に三日月型のチーズが乗せられていて、光っていたものだ。
辛さは2辛くらいで、ダルカレーに近い味わいだった。
「辛いのが選ばれてしまったのじゃ」
「点数は非公開だから、セコイアのお気に入りがどの程度の点数かは分からないけど、来年は甘いのが選ばれるかもしれないぞ」
悔しがるセコイアの頭をポンと撫でる。
いやあ、本当に楽しかった! もし呼んでくれるなら来年も是非とも参加したいところだな。
幸せな気持ちのまま、その日は宿で夜を過ごした。
この時ばかりは仕事のことを忘れて、泥のように眠る。




