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36.適材適所な件

 ――鍛冶屋。

 鍛冶屋に到着してしばらくすると、バルトロがやって来る。


「ヨシュア様。腕っぷしのあるやつを連れてきたぜー。なんせヨシュア様の『散歩』だからなー」


 意気揚々としたバルトロが連れてきたのは、巨体。壁のような巨体を誇るヒョウ頭の獣人だった。

 袖の無い革鎧に真っ黒のシャツを着ているが、筋骨隆々で肩の筋肉を「むううん」とかすると服が破けそうな雰囲気が漂っている。

 身長はだいたい二メートル五十くらいかなあ。これだけ高いと見上げるだけで首が疲れてしまうほど。

 全身がシャツと同じ黒い毛皮に覆われていて、丸太のように太い腕、首に精悍過ぎるヒョウ頭ときたもんだ。

 強面ってレベルじゃねえよ。

 俺は日本人だったころから、小柄だった。転生したらイケメンで男らしくなれるのかと思いきや、残念、今世でも小柄だったのである。

 じゃあ、鍛えて筋肉くらいつければいいじゃないと思うかもしれない。

 だけど、激務続きで身体を鍛える暇がなかった。ごめん、嘘を言いました。

 時間があったら、ぐでーっと寝そべってぼーっとしていると思う……。

 根っからの自堕落な性格なのだ。俺は。

 

 当たり前だが筋骨隆々の大男を前にして、び、びびってなんかいないもん。

 

「ヨシュア様。こいつはガルーガ。冒険者だったんだとよ」

「……知っているとは思うが、自己紹介をしておこう。俺はヨシュア。辺境伯をやらせてもらっている」


 気合を入れて表面上は問題のない笑顔を作り、右手を差し出す。

 しかし、ヒョウ頭の大男ガルーガは微動だにせずはちきれんばかりの肩の筋肉がピクリと揺れた気がした。

 

「すまん。ヨシュア様。こいつ、柄にもなく緊張しているみたいでな」


 バルトロはしっかりしろよとばかりにポンとガルーガの背中を叩く。

 そ、そんな気さくにポンと刺激して大丈夫なのか?

 

 ほらああ。

 ヒョウ頭が両手を開いて吠えるポーズをとってしまったじゃないか。


「バルト……」

「し、失礼し、した。まさかヨシュア殿に直接会話する機会を頂けるとは思ってもみなかったのだ」


 バルトロに注意を促そうとした俺の声と被さるようにガルーガが彼に言葉を返す。

 そして、彼は上にあげた両手を胸の前まで降ろし、手のひらと拳を打ち付けたのだ。

 な、なんだ、お怒りじゃなかったのか。

 

 次に彼は片膝をつき、真っ直ぐに俺を見上げてくる。

 

「ヨシュア様。オレはガルーガと申します。元冒険者のオレは礼儀を知らず、あなた様にどのようにご挨拶をすればいいのか」

「ガルーガ。畏まる必要はない。バルトロと接するのと同じようにしてくれればいいんだ。形式や言葉遣いなんて、何になる?」


 彼の大きな手を取り、もう一方の手を被せるようにしてギュッと握りしめた。


「ヨシュア様、オレなんぞにお手を」

「何言ってんだよ。これから一緒に散歩する仲間だろ? 繰り返しになるが、形式や言葉遣いを変えたからといって何が変わる? 俺はガルーガがどのような喋り方をしたからといっても、君を見る目は変わらない。なぜならガルーガという本質は変わらないのだから」

「ヨ、ヨシュア様!」


 獣のように咆哮をあげるガルーガ。

 彼の目からは大粒の涙が流れていた。


「な、こんな人なんだって。ヨシュア様は。だから気にすんなって言っただろ」

「そうだな。海よりも深く、そして、崇高な方だ」

「おうよ。俺たちのボスはなかなかなもんだろうが」

「その通りだ。神を知らぬ俺であるが、ヨシュア様こそ天がこの世に遣わしたお方に違いない」


 聞いてない。

 俺は聞いてないぞ。

 なんかとんでもなく祭り上げられている気がするが、気のせいだ。

 俺は散歩に二人を誘っただけ、それだけである。


「自己紹介は終わったかの。ボクはセコイア。こっちがガルム。よろしくのお」


 鍛冶屋の軒先ですったもんだしていたら、奥からセコイアがガルムを連れて顔を出す。

 来るや否や、ガルムは俺へチラリと目をやった後、後ろを顎で指す。


「ヨシュアの。あれでよいのかのお?」

「お、もう微調整が済んだのか?」

「あれくらいならすぐじゃ」


 どれどれ。

 お、こんなもんかな。さすがガルム。よくできた避雷針だ。


「避雷針というものは鉄の棒がよいと聞いたが。それに先端を尖らせた方が良いとも聞く。それがどうじゃ? これは」

「うん。一つ仕掛けを作ってみた。うまくいけば、楽しいことになるぞ」


 ガルムに準備してもらった避雷針は、角材のような形をしている。

 一辺が5~6センチほどで長さが2.5メートルってところかな。

 まさに、黒い鉄の棒、そのまんまである。

 しかし、ここに銅線をぐるぐると巻きつけてあるのが、今回準備した避雷針の特徴だ。

 ふ、ふふふ。

 

「ヨシュア様。そいつを俺が運べばいいのかい?」


 悦に浸っていたら、バルトロが腰に片手を当て後ろから覗き込んでくる。


「さすがバルトロ。察しがよいな」

「へへ。こいつを担ぐために俺とガルーガの二人か。一人でもよかったんじゃねえか」

「一人だと交代で持てないじゃないか」

「別に構わねえが。俺もガルーガもこれくらいなら、平気だぜ。ヨシュア様なら、まあ、そう言うか。うん。任せろ。ちゃんと交代して体力を万全に保つからな」

「頼む」


 いやいや、一人で持つとか言っておりますが、鉄の棒は結構な重さだぞ。

 一辺が6センチ、長さが2.5メートルとして、9000立方センチメートル。鉄の比重が7.8だとするとだいたい70キロだぞ!

 一人で持つなんて無理だって。

 いや、ここで俺がとやかく言っても仕方ない。木の棒のつもりでいるのかもしれないが、持てば分かるさ。


「バルトロ。まずはオレが持とう」

「お、やる気だな」


 バルトロと軽く手を叩き合ったガルーガは、片手で鉄の棒を掴み上げる。

 え、えええ。

 さくっと肩に担いじゃったよ。

 

「ガルーガ」

「はい。ヨシュア様」

「その、なんだ。入口で鉄の棒を引っかけないように注意してくれよ」

「助言、ありがとうございます!」


 白い牙を見せたガルーガは、足どり軽く鍛冶屋の外に出て行ったのだった。

 本当に一人で持って行っちゃったよ……。

 

「人には適材適所があるじゃったか? キミが自分で避雷針を持つと言っておったなら、ボクが持っていたところだ」

「へ?」


 黄昏ていたら、出し抜けにセコイアがそんなことをのたまいやがった。

 こんな小さい女の子にあれが持てるわけないだろうに。

 そうさ、俺は自分の体力が分かっていたからバルトロたちに手伝いを頼んだのだ。

 賢明な判断だったと自分でも思う。


「キミは脆弱だからのお。あれほど細い鉄の棒さえ担げぬのだから」

「ぐうの音も出ねえよ。そもそも持ち上がらない自信がある」

「やれやれじゃ」


 なんだよ、その嫌らしい顔は。

 肩の竦め方がわざとらしいったらありゃしない。

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[良い点] 豹頭の巨人……グ○ン?(笑)
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