169.鉱山探してえっちらおっちら
ガラガラガラとした音が聞こえてきたなと目を向けると、二頭に引かれる馬車が目に映る。御者は大柄で筋肉質な豹頭だった。
片目に傷があることから、馬を御しているのがガルーガだと分かる。
「ヨシュア殿、お待たせしてしまったようですまない」
俺の前で馬車が停車し、御者台に乗ったまま豹頭の偉丈夫ことガルーガが小さく頭を下げた。
「いや、俺が先に来て待ってただけだから。な、バルトロ」
「おう、そうだぜ。ガルーガ。他は誰が?」
「トーレ殿と宗太郎? だったか。ガラム殿は鍛冶で手が離せないとのことだ」
「かえってその方が人数的にバッチリじゃねえか。馬車だしな」
ニカっと笑みを見せたバルトロがひょいっと一息で御者台に登り、ガルーガの隣に腰掛ける。
んじゃま、俺も入るとするか。ペンギンも来てるんだ。何か惹かれるものがあったのかな?
馬車扉を開けるとトーレとペンギンが並んで座っていた。
「ほう、なるほど。トーレ殿のものづくりに関する魔法とは素晴らしいものですな」
「某らはそれに特化してきましたからな。種族柄、ものづくりに興味を持つ者が多いようですぞ」
「私も魔法が使えれば……ヨシュアくんと出会って以来、知的好奇心が尽きることがない」
「某もですな。次は何を見せてくれるのか、楽しみでなりません」
「ははは」
「ふぉふぉふぉ」
真っ白な長く伸びた片眉を上げて朗らかに笑うトーレと、嘴をぜんまいじかけの人形のように開け閉めするペンギン。
ペンギン……公国語をマスターしていたのかよ。それも、発音に全く違和感がないくらい流暢に。
黙っていた恨みとばかりにじとーっとした目を彼に向ける。
「何だか盛り上がっているな。それはそうと、ペンギンさん……完全に公国語をマスターしているじゃないか」
「そうでもないさ。まだまだかかるよ。深い話をする時は日本語が望ましい」
などとのたまい右フリッパーを上にあげるペンギンのフリッパーへ指先をちょこんと当ててから、彼らの向かいに座った。
二人とも俺の腰くらいまでの背丈しかないから、脚が床まで届いていない。ペンギンに至っては背もたれにぐでえっとした状態で足をこちらに向けている。
ぬいぐるみが並んでいるようで、ちょっとばかし微笑ましい気持ちになった。
座ったことで自然とふうと息が出てきて、ふわあとあくびまでしてしまう。
おっと、先に聞いておかなきゃ。
そんなわけで、彼らの頭越しに御者台に向け声をかける。
「ガルーガ、場所は聞いているか?」
「大体の方向は。近くなったらトーレ殿の指示を仰ぐことになってます」
「ありがとう。じゃあ、さっそく出発しよう」
ひひんと馬がいななき、カポカポと歩き始めた。
馬車窓から動き出した外の風景を眺めつつ、思い出したかのようにトーレへ問いかける。
「どんなもんなんだろうな。結構な鉱脈なんだよな?」
「そうですな。ご希望の鉄ですぞ。量があることは間違いありません。掘り出すことが容易かどうかは、現地に行ってみるまでなんとも言えませんな」
先日、トーレとガラムに鉄が欲しいと伝えたところ、魔法で探索すると言ってくれていた。
少し距離があるので、発見まで時間がかかったというのが本人たち談ではあるが、ちゃんと見つけ出したことに驚愕する。
「探します。はい見つけました」なんてことは簡単ではない。そもそも鉱脈がないことだってあるのだから。
鉄は比較的、地質含有量が多いとはいえ……量を求めるとなかなか良質な場所って見つからないもんなんだ。
道幅を広くしておいてやはり正解だったな。ここまで急激な人口増加があるとまで見込んでいなかったけど、馬車が向い合せにすれ違ってもまだまだ余裕がある。貨幣を流通させていないから露店が並んでいたりはしていないけど、大通りは露店ができても余裕なほどの幅を確保しているのだ。
最初は道を挟んで家と家が離れすぎているだろなんて思ったけど、もう少し道幅が広くてもいいくらいだな。
「トーレさんの魔法は鉄以外にもサーチすることができるのですかな?」
「そうですな。鉄、銅、ミスリル、銀……といったところです」
「ふむ。鉄ができるのなら銅もと思いましたが、ミスリルと銀ですか」
「銀とミスリルは正確にとは行きませんが。半々といったところでしょうか」
ぼけーっと外を眺めていたら、何やらペンギンとトーレが金属トークできゃっきゃしている。
ペンギンじゃないけど、銅も発見することができると聞いてなるほどと思った。
地球の歴史を振り返ってみると、想像がつく。
人類は遥かな古代から金属を利用してきた。最初に利用されたのは金、銀、銅といった酸素と結合しづらい金属だった。
この中でも銅が一番利用されている。単純に量が一番多いからだな。それなりに硬いから道具にも利用できた。
その後、製錬技術が発達し銅に錫を含有させた「青銅」が開発される。所謂、青銅器時代ってやつだ。
トーレのものづくりの魔法技術も精錬技術に合わせて脈々と受け継がれてきていたと聞いている。なら、最初に必要になった金属が銅であるはず。
銅の探知技術が発展し、応用として鉄の探知も行えるようになったと考えれば、銅も探知できることは頷ける。
「金じゃなくて銀なのは理由があるのかな? 銀の方が金より量は多いとは思うけど。それにミスリルも?」
つい二人の会話に口を挟んでしまった。
いや、二人揃って顔をこちらに向け、凝視してこなくてもいいじゃないか。
「銀とミスリルは……何としても探さなければならない時代があったのです」
急にトーンを落として絞り出すように言葉を返すトーレ。
どうしたものかと言い淀んでいたら、ふぉふぉと柔和な顔になったトーレが続ける。
「もう遥か昔のことです。銀は鉄に比べ切れ味が劣りますが、ある種のモンスターに対し特攻効果があるのですぞ」
「銀が弱点ってのは聞く話だな。人狼とか吸血鬼とかだっけか」
「さすがヨシュア坊ちゃん。モンスターにまで造詣が深いのですな。某は余り詳しくなく。ともかく、魔除けの需要も多くあったそうで。昔は今に比べ魔道具技術が未熟でしたからな。そうなると、余計に銀が必要になっていたのです」
「へえ。ミスリルも銀に魔力を加えたものだし」
「銀は月の光を込めたと伝承があります。不思議な力を持っていると某は思っております」
公国と帝国の歴史は一応学んだのだけど、モンスターのことや当時の生活の様子まではノーチェックだった。
書物もそれほど残っていないから、トーレのような伝承を知る人物から聞く以外に情報を得ることができない。あ、そうか。
口元が緩くて涎を垂らしている狐に尋ねたら、よいのか。
甘い物で釣って話してくれと頼めば喜んで教えてくれそうだ。
「銀が月だとすれば、金は太陽なのですかな?」
俺がくだらないことを考えている間にもペンギンがトーレに質問を投げかける。
対するトーレはうむうむと頷きを返した。
太陽と月だったら、魔物撃退効果が太陽の方が高そうなものだけど。
そこまで考えて、すぐに察した。
金は銀に比べさらに希少なんだよな。貴族連中も好んで宝飾品として使うし。
オリハルコンになると発見するのも稀の稀になる。辺境でも発見することはできたが、ほんの僅かに過ぎない。
オリハルコン一式で武器防具を整えようとしても、頑張って数人いけるかどうかというところ。
「オリハルコンの形成を自然界で行うとなると、なかなかに条件が厳しいからね」
「何故俺の考えていることが分かった……」
得意気に両フリッパーを上に掲げるペンギンが憎たらしい。
「私も同じ結論に至っていたからだよ。金からオリハルコンに転じるにはミスリルの三倍の魔力が必要だ。その上、金の魔力は『抜けやすい』」
「イオン化傾向みたいなものがあるから難儀なんだよなあ……魔法金属って」
「電気から生成する魔力があれば、調整もきく。金があればオリハルコンの生成も特段難易度が高いわけじゃあない。我々にとっては、金もオリハルコンもあまり変わらない」
「そう言われてみると、画期的な技術だったんだな。魔力ボックスは」
腕を組んだところで、ガタンと激しく揺れ前のめりに倒れそうになってしまった。
外を見てみたら、牧場も見えなくなっていて、どこにいるやらまるで分らなくなっているぞ。
追放された転生公爵は、辺境でのんびりと畑を耕したかった 2 ~来るなというのに領民が沢山来るから内政無双をすることに~
みなさまのご支持があり、二巻発売となりました!
2月10日発売となります。
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