137.中から声がしたよ?
「これをこうして……」
「閣下、それですと、ここと矛盾いたします」
「重複はよくないな。ううん。では、これでどうだ」
「悪くないかと」
シャルロッテが描く組織図に指を当て、あーでもないこーでもないと頭を捻る。
実際に組織を作ってみたら、机上と違うことはままあること。だけど、机上の論理がないと、実体を作ることができない。
びっしりと埋まった図に向け目を凝らす。
あ、そうか。
シャルロッテの手に自分の手を重ね、指先を当てる。
「ここだよ。ここ」
「閣下! なるほどであります!」
椅子から腰を浮かした彼女と手を合わせ小躍りしていると、扉がガチャリと開く。
「ヨシュア様、シャルロッテ様もまだ起きておられたのですか!」
「エリー。あれ? もうそんな時間?」
扉が開いたことで、変な体勢のまま固まってしまった。
それをエリーに見られちゃったわけで、少し恥ずかしい。
目を逸らしてくれればよいのだけど、じーっと見られているので元に戻るタイミングを逃してしまった。
右足が宙に浮いたまま、どうしたものかと思っていたらエリーが更に言葉を続ける。
「何度かノックをしたのですが、お出にならず。かといって、中から声が聞こえましたもので何かあったのかと」
「すまんすまん。つい夢中で」
右足を床に着け、合わせたシャルロッテの手から自分の手を離す。
ワザとらしい咳をしてから、改めてシャルロッテと目を合わした。
「シャル。今日のところは解散としよう」
「承知いたしました。では、後程」
シャルロッテがビシッと騎士風の敬礼を行い、部屋を辞す。
それにしても、窓から差し込む光が目に痛い。
ふわあ。
大きなあくびが出てしまう。
集中していたから気が付かなかったけど、意識すると急に眠くなってきた。
まさか、徹夜で続けるとは思ってもみなかったよ。少し会話して解散する予定だったのに。
目をこすりながら、残ったエリーに向け依頼をする。
「エリー。四時間後に起こしてくれ」
「畏まりました。朝食はどうされますか?」
「起きた時に食べるよ」
エリーは深々と礼をした後、パタンと部屋の扉がしまった。
「寝るか……」
ベッドにダイブすると、すぐに意識が遠くなる。
◇◇◇
徹夜のテンションとは怖いものだ。
それに成果がまるであがらないことも、またいつものことである。
朝食を頂きながら、シャルロッテが描いてくれた組織図を眺めていたが、ダメだこれ。
組織の枠に向け大量の矢印が引っ張ってあって、そこに注釈が書かれているのだけど……。
書き込み過ぎて、何が何やら意味が分からん。
「改めてやり直そう。熱中し過ぎた」
組織図はともかく、シャルロッテが筆記を始めてから二時間か三時間分くらいのものはちゃんと後々使えるものになっている。
この辺りで寝ておけばよかった。
何事も過ぎたるは猶及ばざるが如しだね。
「ヨシュア様?」
やり過ぎたと思ったことで、「はあ」とため息をついたからか、アルルが耳をペタンとして俺の名を呼ぶ。
「いや、別にアルルが何かしたとかじゃない。寝る前のことを思い出して苦笑いしていただけだよ」
「はい!」
途端に耳をピンと立て元気よく返事をするアルルなのであった。
朝食は食堂で食べているわけなのだが、今この場にいるのは俺とアルルだけだ。
昼下がりということもあり、他のみんなは屋敷にはいない。
彼女は本日の護衛だったので、屋敷に残っていたというわけ。
しっかし、そろそろ護衛制度もいらないんじゃないかなと思わなくもないけど……。
アルルもエリーも家事だけじゃなく、他の仕事も任しているから仕事量が心配だ。
だけど、俺の護衛をしている時にはそれなりに休んでもらうことができる。なので、護衛も悪くないかなってね。
護衛がついていたら、ルンベルクたちも安心するようだしこのまま護衛制度は維持したほうがよさそうだ。
「よっし、んじゃま、遅くなったけど出かけるとしよう」
「どちらに。向かわれますか?」
「先に鍛冶場に行こう」
「はい!」
ピシッと右腕を上にあげるアルルに笑顔を向ける。
現実的にどんな紙幣を作ることができるのか、ガラムらと相談したい。
確か、明後日にガーデルマン伯爵の使者がやってくるはずだからな。どのような貨幣にするのかだけでも当たりをつけておかないと。
まさか、伯爵領とのやり取りを物々交換で行うわけにもいかないからな。
もちろん、実際の貨幣を作るのは後日である。
◇◇◇
鍛冶場に着くと、うまい具合にいつもの四人……ガラム、トーレ、セコイア、ペンギンが揃っていたので強権を発動し全員集合してもらうことにした。
机を取り囲んだ面々に向け、会釈をしてから口を開く。
「集まってもらってすまない。貨幣のことで話がしたくてさ」
「ペンギン殿から聞き及んでおりますぞ。貨幣を作る道具のことでしたかな?」
代表してトーレが俺に問いかけてくる。
「うん。それもあるんだけど、貨幣の仕組みも併せて相談したいんだ」
頷きを返しつつ、一人一人と目を合わすと彼らも俺と同じように首を縦に振った。
ちなみに、全員が椅子に腰かけているわけではない。
アルルは俺の後ろでにこにこと立っており、椅子に腰かけることのできないペンギンは椅子の上に立っている。
彼女には座っていいよとは言ったのだが、護衛なので立っているといつもの返答が戻ってきたから座っていない。
「貨幣は兌換紙幣にしようと思っているんだ。交換比率は公国の価値に換算して、額面と同じ量の魔法金属を当てようと思う」
『なるほど。本位制で行くのかね』
ペンギンがなるほどとばかりにフリッパーを上にあげる。
だけど、他の人たちには意図がよく伝わらなかった様子だった。
「馴染みのない制度だものな。辺境国は立ち上げたばかりで、金銀銅ばかりか鉄さえも不足気味だ」
「建築が続いておるからの。仕方あるまいて」
両腕を組んだガラムが応じる。
「それで、公国の金貨銀貨銅貨の代わりに紙幣にしようかなと思っているんだ。紙幣なら、貴重な金属を使わなくても済む」
「紙は紙でまだまだ生産量が少ないですな。魔道具職人も増えてきましたし、増産することは可能ですぞ!」
「木や草なら、まだ鉱物よりは量がある。木材は木材で使うけど、紙には余った切れ端でも材料になるしさ」
「ふむ。無駄はないですな」
「それに、紙は今後、大量に必要になってくる。商売をするにも、本を作るにも、記録をするにも、いろいろさ」
「難しいことはよくわからぬが、金銀銅を他に回すことができるのじゃったらそれでよいじゃろうて」
ガラムとトーレは納得したようにうんうんと頷く。
残るセコイアは彼らと違って、眉間に皺を寄せ難しい顔で腕を組んでいる。
「案は悪くはないと思うのじゃが、紙だといろいろ問題があるぞ」
「紙は金銀銅と違って、そのままだと価値がない。なので、紙と魔法金属を交換できるようにしようかと」
「うむ。それは良い考えじゃとボクも思う。紙に金額を書くとしたら、簡単に偽造できてしまうじゃろ?」
「まさにそこを、みんなと相談しようと思っていたんだよ」
「それだけじゃあないぞ。ヨシュア。紙は銅貨と違って、破れるし、濡れると字がにじむのじゃ」
セコイアの指摘した二点――「偽札問題」「紙の強度」が克服できるかどうかは大きな問題だ。
魔法と科学を組み合わせて、これを解決できないか探りたい。
ここに集まった面々でどうにもできなさそうなら、紙幣を諦め別の手を考えないとな。




