125.閑話 ヨシュア追放後のルーデル公国 42日目
公都から東へ馬に乗り数時間進むと、人の姿が完全に見えなくなる。それどころか、人の手がまるで入っていない自然が広がる地域となるのだ。
公国はヨシュアによって大幅に人の住む地域が増えた。
原因は人口増加も多少寄与しているものの、農地の開拓が進んだことが大きい。
ヨシュアは優れた知恵を持つ賢人として、公国だけでなく周辺諸国でも名が知れ渡っていた。しかし、彼自身は特に農業の知識など持ち合わせていない。
植物鑑定スキルでアドバイスができるくらいだ。
だからこそヨシュアは農民や担当大臣の前で幾度かこう演説していた。
「俺はきっかけを与えたに過ぎない。全ては諸君らの弛まぬ努力と情熱により達成されたことなのだ」と。
もっとも、彼の演説を受けた領民たちはそのままの意味で受け取ったとは言い難いが……。そこはヨシュアの知らぬことである。
話を公都東に戻す。
開拓地が広がったとは言え、公国のおよそ半分は未開拓地域もあった。未開拓である理由は様々であるが、街から遠いためより近い地域の開拓を行っているというのが最も大きな理由である。
他には開拓が困難、または資源がなく得るものが少ない地域というものも多数存在した。
公都東は街から遠く、開拓するに多数の人員を割かなければならない開拓困難地域とされている。
そんな公都東に騎士団長を中心にした30名の騎士団が馬に乗り行軍してきた。
彼らはここへ警備に来たわけでも、ましてや開拓しに来たわけでもない。
領民一人さえいないこの地で警備する必要もなく、彼らの領分は領民の安全を確保すること故にそれ以外の任務を負うことなどないからだ。
彼らがこの地へやってきた目的は「公国の街を護ること」である。
「騎士団長。総員首尾が整いました!」
敬礼する中年の髭を蓄えた騎士がビシッと敬礼する。
返礼した騎士団長は集合し整列する騎士団へ向け腕をまっすぐ上に掲げた。
「二度目となるが、必ず四人一組で動くように。では聞くぞ。モンスター発見の際は?」
「一に脅威度の判定、二に報告です!」
騎士団長の言葉に対し、騎士団全員が口を揃える。
「うむ。よろしい。脅威度が低い場合はそのまま討伐へ入ってよい。しかし、必ず報告をするように。信号花火の色はどうだ?」
「上から赤、黄、青です!青ならば即交戦します!」
「よろしい。では総員、十分な水分を摂取した後、探索に移れ」
「ハッ!」
騎士団が揃ってビシッと敬礼した。対する騎士団長も返礼するが、厳しい表情のまま礼を解く。
団員は騎士団長の指示通り、四人一組になりそれぞれ散っていった。
彼らの様子を見守りながら、騎士団長は大きく息をはく。
しかし、すぐに彼の副官がこの場に残っていることを思い出し、眉間に皺をよせバツが悪そうに腕を組む。
「はやり病の次はモンスター。嫌になりますな……」
「うむ。しかし、最悪は避けられている」
副官が彼へ言葉をかけ、ワザとらしいため息をつく。
自分のため息を見た彼なりの気遣いに口元が緩みそうになる騎士団長だったが、ぐぐっと口元を引き締める。
部下の手前、切迫したこの状況で緩んだ態度は見せることはできない。
生真面目な彼はそんなことを考え、兜の緒を締める。
「オジュロ様が気を吐き、はやり病は広がりを見せているものの重篤化する者はいなくなりました」
「あの立ち振る舞いには辟易したものだが、伯の才能は確かだな」
「目が血走ってましたし、口髭を引っ張り過ぎですよね」
「……伯にそのようなことを」
「団長、顔が緩んでいますよ」
白い歯を見せ嬉しそうな顔をする副官にやれやれと肩を竦める騎士団長。
しかし、彼は言葉にこそ出さないが副官に感謝していた。
こうやって彼はいつも固くなり過ぎた自分の肩の力を抜いてくれる。
「今度は我らが気を吐かねばな」
「団長が厳しく訓練をかした騎士たちです」
「魔術師長、聖女様のお力添えがあり、モンスターの動きを感知できたのだ。ここまでお膳立てされて奮い立たぬ我らではない」
「いかにも!」
拳をコツンと打ち付けあう彼らはニヤリと口端をあげた。
その時、空に赤い花火があがる。
「さっそく大物か」
「幸先がよいことですね!」
「言うではないか」
冗談を交わしつつも、二人は花火があがった方向へ進み始めていた。
ルーデル公国にも帝国などの周辺諸国と同様にお抱えの魔法使いが公宮に務めている。
公国の魔術師団は帝国魔術師と比べれば劣るが、それでも優秀な者が揃っていた。
魔法で身を立てるには優れた資質とたゆまぬ努力が必要で、取り立てられることがなかった魔法使いには冒険者になる者も多い。
冒険者の中でもほんの一握りの魔法使いは帝国魔術師と比べても遜色ない者もいる。そういった魔法使いは組織に属すことを嫌う者たちだった。
余談ではあるが、セコイアのように一人研究に身を投じながらも、超一流と呼べる者は例外中の例外で世界に片手の指で収まるほどしかいない。
話が逸れたが、公国の魔術師を束ねる魔術師長が「大地の魔力の流れに違和感を覚えた」と報告。
魔術師長は聖女へ相談を持ち掛けたところ、彼女もまた魔力の流れを感じ取っていた。
その後、聖女の協力を得た公国の魔術師団が「魔力だまり」のある公国東から、魔力が流れ出していることを突き止める。
「それにしても、ランクの高い魔物ほど魔力たまりを好むとは……確かに言われてみればそうだな」
「寝床が無くなったから、寝床を探し始める、でしたか。そのまま大人しくしておいて欲しいものですね」
「そう願いたいところだが、我々の言葉が通じる相手ではないからな。街を襲撃されれば事だ。ここで、討伐させてもらう」
「ええ」
疾走する騎士団長と副官は並走しつつ、確認するように言葉を交わす。
重い鎧を身につけているというのに、二人の息はまるで乱れていない。
それもそのはず、実力者揃いの騎士団の中でもこの二人は群を抜いて強い。
特に騎士団長は公国一と言われるほどであった。
「騎士団長殿がいらっしゃれば、倒せぬモンスターなんていませんよ!」
「私などまだまだだ。騎士の中の騎士『ファーゴット卿』に比べれば……」
「ファーゴット卿……鬼神のような強さでした。ですが、もう隠居されたとか。卿も随分なお歳ですし」
世間的にはファーゴット卿は隠居したことになっている。
騎士団長を含め一部の者しか知らぬことだが、彼は英雄という世間体を隠し執事となっていた。
もちろんただの執事ではない。
公国の宝を御護りすべく、先代公爵から直々に命を受けてである。
「ほう、火竜か」
「団員では荷が重いですな。先手は私から行かせて頂きます!」
そう言うが早いか、副官は長槍を握りしめ巨大な竜に狙いをつけた。
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タイトル:
魔物の装蹄師はモフモフに囲まれて暮らしたい ~捨てられた狼を育てたら最強のフェンリルに。いまさら後悔しても、もう遅い~
あらすじ:
もふもふ大好きな青年がカメレオンと犬ともふもふライフをすごすお話しです。他にも鳥やスライムなんかも仲間になっていき、、。




