101.空へ
残り二人はちょうど戻ってきたバルトロをまず指名した。
膨らむ気球に対し、少年のような顔になった彼を見たら最初の飛行に相応しいのは彼だと思ったんだ。
カエルの表皮を選定するまで、彼には何種類ものカエルを捕獲してきてもらったし、選定が終わってからも急ピッチでカエルを集めてくれた。
「そんなに急がなくてもよい」と彼に伝えてところ、「空を飛ぶことができる乗り物が楽しみでついついな」なんて気恥しそうに頭をかいていたりしていたんだよね。
男の子っていくつになっても少年のようだと言うけれど、バルトロが日本に生まれていたらきっと車好きになったに違いない。
彼は馬車や馬を扱うことも好きだし、大工仕事も案外器用にこなす。
趣味だ趣味だと彼は言うけど、手先の器用さは庭師だからなんだろうな。
もう一人はアルルとエリーが遠慮していることを察し、ルンベルクを選んだ。
普段飄々としているバルトロまで自分が最初に選ばれたことに対しばつが悪そうにしていた。だけど、ルンベルクを指名したら彼は少年のような顔を浮かべてゴンドラに乗り込んだんだもの。
彼らとしては、やはりというか何というかルンベルクを第一に思っていたってことか。
ハウスキーパーたちの代表として、彼らを引っ張ってきたのはルンベルクに他ならない。
ならばこそ、第一の栄誉は自分たちが先んじるわけにはいかないってところかかな。
これは地位とかそういうのが理由じゃあなく、一番の栄誉たる初飛行に対しルンベルクにこそ乗ってもらいたいという彼への感謝の気持ちの表れなんじゃあないかと思う。
それぞれがそれぞれを思いやるって素晴らしいことだよな。俺も人への気遣いが抜けることがあっても、感謝の気持ちだけは忘れないようにしたい。
『セコイアくん、魔法の準備はよいかね?』
「ボクに準備は必要ない。魔力は十全、いつでもよいぞ」
『承知した。では、黙々と作業を続けるとしよう』
ペンギンとセコイアが真剣に言葉を交わしているけど、絵的には子供が遊んでいるようにしか見えない。
この場にいる誰もが彼女らのことを知っているから、微笑ましい気持ちで見つめているのは俺だけだろうけどね。ははは。
その証拠にゴンドラへ乗ったバルトロとルンベルクは真剣な眼差しでペンギンの指示を受けたセコイアの作業を見守っているし。
本来であればペンギンが直接作業を、なところなんだけど、生憎フリッパーでは細かい調整ができなかったんだ。
ペンギンの手先が何とかできないものなのかなあ。ほらこう、魔法で動くゴーレムみたいなのをペンギンが遠隔操作することで精密な作業をこなすとか。
魔法の右手と左手……みたいなグローブをはめると人間の指先のように動かせるとか。
開発できるものなら、開発してみたい。
内政が完了して、俺が惰眠を貪ってからになるとは思うけど……暇つぶしに開発とか楽しそうだ。
全体のために開発を行うのが政治であるけど、個人のためだけに開発をするのは趣味だからな。時間制限もないし、完成しなくてもいい。
そんなぬるい生活を送る存在に私は成りたい。
「浮き上がったぞ!」
「ほう……これは……」
バルトロとルンベルクから歓声があがる。
見た所まだゴンドラは浮き上がっていないように見えた。
のだけど、ふわりと地面からゴンドラが離れたかと思うとみるみるうちに気球が上昇していく。
「おおお。よかった! ちゃんと浮き上がったよ!」
「このようなことが。これがカガクの力というものなのですね」
ホッとする俺に対し、頬を紅潮させ胸の前でギュッと拳を握りしめるエリー。
アルルも飛び上がって喜んでいるみたいだった。
いやあ、ほんとペンギン様様だねえ。彼がいてくれなきゃ気球を浮き上がらせるに数倍の時間を費やしたと思う。
俺には計算で理論値なんてものを出すことができないから、試行錯誤の連続という力技でいくしかないから。
ペンギンは「あくまで理論は理論」と言うけど、理論値ってのがあると格段に成功率があがる。
◇◇◇
上空150メートルほどを遊覧した気球は下降し始め、元の位置から20メートルほどズレるだけで着陸した。
通常、気球は風まかせで移動の調整が難しいのだけど、異世界の気球は物が違う。
人力ではあるけど、風魔法の力で「調整が利く」んだ。
調整力は結果を見る限り、なかなかのものであると判断できる。
ゴンドラから降りてくるセコイアらに向け両手を叩く。
アルルとエリーも俺と同じように拍手で彼らを迎え入れた。
先にルンベルクとセコイアが降り、バルトロはペンギンを抱えたままジャンプしてゴンドラを飛び越え地面に着地する。
ペンギンは結構な重量があるんだけど、抱えたままあれほど高く跳躍できるとは……バルトロの鍛え方って半端ねえな。
最近野山で狩りをしてくれているから、ますます体力がついてきたのかもしれない。
俺? 俺はまあ、うん。そうだ。ぼちぼちだよ。ペンギンを抱えあげるだけで精一杯だよ。言わせるな恥ずかしい。
お、ちょうどいいところに馬に乗ったシャルロッテが到着した。
「閣下。お待たせし、申し訳ありません」
「いやいや」
下馬したシャルロッテは兵士のようにビシッと額に手をあて敬礼を行う。
役者も揃ったことだし、今度は俺の番だな。
ペンギンの指示の元、ボンベにガスを充填し出発の準備を整える。
シャルロッテ、エリー、アルルがゴンドラに乗り、その後に俺が続く。
よっし、ここからは俺の腕の見せ所だ。
ペンギンに指示を受けながら、ボンベの使い方を練習したからな。今こそ、練習の成果を発揮する時だぜ。
万が一、気球が燃えて落下の事態になったとしてもシャルロッテの風魔法があれば、優しく地面に向け落下することができる。
安全対策は取っているので、一応安心……だと思う。
注意点は、火災発生の際に火に巻かれないこと。それだけだ。
ふわり。
ゴンドラが浮かび上がる確かな浮遊感を覚える。
「浮かんだ! すごーい」
「ほおおお。空へ向かっているであります! 閣下!」
「ヨシュア様。順調です」
彼女らは、三者三様の反応を見せる。
ペンギンたちが操作した一度目と同じように、想定した燃焼の勢いが出たところで一旦操作を止めた。
いつでも操作ができるように、ボンベに手を当てたままゴンドラの外へ目を向ける。
さっきから三人のはしゃぐ声が聞こえていて、はやる気持ちを抑えるのに必死だったのだ。
「うおおお。こいつはすげえ!」
これは、大歓声をあげたくなる気持ちも分かる。
街が一望できるだけじゃあなく、その周辺地域までも目に映ってきたんだ!
空から見る景色は、別世界だよ!
感激のあまり口が開きっぱなしになってしまった。
「屋敷はどこだろう」
「あちらです」
エリーが指し示す方向へ目を凝らすと、マッチ箱のような家屋らしきものが確認できたのだけど……俺の住んでいる屋敷だとまで確信が持てない。
彼女にはしっかりと見えているようだが、俺の視力じゃあ難しいな。
ううむと首を捻っていたら、ちょんちょんと誰かに肘の辺りを突っつかれた。
「ヨシュア様」
「んん」
ちょんちょんしたのはアルルで、彼女もエリーと同じようにとある方向を指で示している。
分からん。何があるんだろう。
「広場?」
「うん! ヨシュア様の像まで、見えるよ!」
「は、ははは」
「ルドン高原までとなると、少し難しい距離なのですね。もう少し高く飛べば見えると思います!」
「おお。高さはもっと高く飛ぶこともできるよ。初飛行だったから、この高さになるように調整したんだ」
乾いた笑い声をあげる俺に今度はシャルロッテが声をかけてきた。
俺は彼女たちほど視力がよくないから、双眼鏡が欲しい。
そういや、ペンギンはどうなんだろう?
双眼鏡を覗き込むペンギンはとてもシュールだな……。
次回より3話閑話が続きます。久々の公国。




