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22 お誘い⑤

 殿下はそれから、騎士団時代に召し上がっていた屋台の食べものを次々にご紹介してくださった。


 ほぐした肉と野菜をたっぷり挟んだパン。素朴な飴菓子。遠い南の国からやってきたという黒砂糖。炙ったものをそのままかじるのだという干し魚。

 なんだか殿下のお人柄を表しているようで、私はどの食べ物も好きになった。


 食べ物絡みでだんだん話が弾んでくると、殿下は私に、食べ物の好みをいろいろお尋ねになる。



「飴はどんなものが好きだ? たとえば固い飴と、柔らかくて噛める飴では」


「ええと、どちらも好きなのですが……そうですね、ちょっとお行儀が悪いんですけど固めの飴をかじるのが好きでした」


「飴玉を噛み砕くのか?」


「ふふふ。お行儀わるいでしょう?

 のんびり舐めるのも良いのですけど、つい食感を味わいたくなってしまって。昔から歯が丈夫だったみたいです。

 もちろん、フルーツやナッツに飴がけしてパリパリになったものや、飴細工なんかをかじるのも好きでした」


「ふうん……なら、あれは好きかもしれないな。たまに外遊の際に買ってくるんだが、金平糖(コンフェイト)というものがあってな」


金平糖(コンフェイト)! 一度だけ王宮で頂いたことがあります。形がすごく可愛くて……とっても美味しかったです」


「好きだったか。そうだな、次に行くときには買ってこよう」


「本当ですか! ありがとうござ……い、いえそんな、今も本当にたくさんいろいろいただいていますので、お気遣いなさらないでください」


「気にするな。どうせ私も食べる」



 その殿下の言い方がおかしくて、ついフフッと笑ってしまった。

 何重にも気を遣っていただいての言葉とわかっているのだけど、星のような形でキラキラしている金平糖(コンフェイト)を政務の合間に摘まんでいる殿下を想像すると、なんだか可愛く思えてしまったのだ。



「さっきから買って頂いたものも、甘いものが多かったですね。お好きなのですか?」


「ん? まぁ……。

 ここで買い物をしていた頃は、騎士団の訓練が厳しくて疲れていたというのもあったがな。

 皆、親元を離れて騎士団に放り込まれていて……だから、甘いものを食べると気持ちだけでも一瞬子どもに還れたんだ」


「ああ……そうですよね。そのお気持ちはわかります」



 私も八歳で突然、大人たちのなかに放り込まれたから。

 いま私がすごく勉強したいのは……突然奪われてしまった子ども時代を取り戻したい思いもあるのかもしれない。



「きっと、殿下にとって、この市場で過ごした時間はかけがえのないものだったのでしょうね」


「そんな大層なものじゃないが……まぁ、ほんの限られた時間ではあっても、仲間とこの市場を歩きながら、くだらないことをたくさん話したな。いま思えば私の見えないところで護衛はついていたのだろうが」


「どんなお話をなさったのですか?」


「本当にくだらないことばかりだった。

 教官の悪口、実家に帰りたいとか、剣が難しいだの乗馬が難しいだの、甲冑が重いだの、あとは……いや、やめておこう。十四、五の男同士の会話の内容は、とても淑女に聞かせられるものじゃない」


「? そういうものなのですか?」


「そういうものだ。まぁでも……楽しかった。二度と帰ってこない大切な時間だ。

 ……すまない、私のことばかり話してしまったな」


「いえ……とても楽しいです」



 私の過去の話は暗いことばかりになってしまうから、殿下のお話を聴いている方がずっといい。

 どうしたいというわけじゃないけれど、殿下のことをもっと知りたい。



「騎士団で見習いをされて、その後は……」



 ついそう切り出しかけて、ふいに耳に女王陛下の言葉がよみがえった。


 ────特にロッドは、あなたが死んだという報告に責任を感じてね。憔悴(しょうすい)した様子は姉として見ていてかわいそうだったわ。


(……!!)



「マージェリー嬢?」


「いえ、その……」



 訊いても良いのだろうか。

 でも私のせいで殿下を苦しめたなら、私は知らなければならない気がする。



「私が死んだと聞いたあと、殿下は、その、苦しまれたと……」


「気にしなくていい」


「あの、でも」


「大丈夫だ。今、君が生きていると知れた。

 この十年だって別に私は君のことだけ考えていられたわけじゃない。やることも学ばなければならないこともたくさんあったからな。留学もした。極秘裏に国中を見て回ったこともあった。

 自分が知らないところで起きたことに、君は責任を感じなくて良い」


「……そう、おっしゃっていただけるのはありがたいのですが」



 本当に良いのだろうか。殿下を苦しめたことを、許されてしまって良いのか。

 そんなことを考えてついうつむいてしまったら、その顎をくいっと殿下が持ち上げた。



「でん……!」

 近い! 一気に頭が沸騰する。

 お顔が近い。私の知る誰よりもお美しいご尊顔が間近すぎる。



「そんな顔をするよりは、笑ってくれないか」

「笑う?」

「無理にとは言わないが、さっきのように笑ったり、その……いつもの食事の時のように」



 殿下も、やっぱりこの近さが気になったのか、途中から少し目をそらしがちにおっしゃった。

 でも指は私の顎に触れたままだ。どうしようこのまま天に召されたら。



「ふ、普通にする、ということでよろしいです、か……?」

「ああ、うまく言えんが、その」



 やっぱり私から目をそらしたまま、殿下は続けられた。



「私は君の笑顔が好きみたいだ」



     ***

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