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創炎のヒストリア ~転生執事の日常~  作者: 十本スイ
第三章 再会と卵編
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第五十九話 シンジュ霊山

 【シンジュ霊山】。【ドルキア大陸】を代表する山の一つであり、《ノックルス地方》の北に位置する緑豊かな山である。

 ちょうど今の季節、緑で生い茂っていた木々が、赤々と紅葉するのだ。その風景は見ものであり、多くの観光客が訪れたりする。



 しかし元々【シンジュ霊山】はある事情のせいで危険区域指定にも選ばれたりしている。その理由は【シンジュ霊山】に生息する存在のせいである。



「さてと、ここに本当にあるのかしらね、刃悟(じんご)?」



 濃い眉に分厚い唇。そして何よりも二メートルを越すほどのガタイのいい体躯をしている…………男。



 そう、言葉遣いから女だと判断してしまうかもしれないが、間違いなく喋ったのは男なのである。黒い髪を短く逆立てて、幅の狭い額を露わにしている。しかし何故か後ろ髪だけ長く、真っ赤なゴムで結んでいるので違和感が抜群だ。まさに個性的とも言えるいでたちだろう。



「フン、いいからその暑苦しい顔をコッチに向けるんじゃねえ! 他の奴が見たら、あああの人たち男同士なのにあんなに仲良くして、もしかしてソッチ系の人たちなのかなとか思われんだろうが!」



 刃悟と呼ばれた男は、顔を近づけてくる相手から距離を取り、完全に拒絶体勢を整えている。彼の髪色も黒いが、若干青が見えるダークブルーのような色をしている。



 髪は手入れなどしている様子もなくボサボサと爆発しているような感じである。目つきはつりあがっており、まるで誰彼かまわず睨みつけているような視線をしているので見た目は完全にガラの悪いチンピラである。



 しかも大柄の男と比較して、こちらは百七十に届くか届かないかの身長なので、より小さく見えてチンピラっぽいのだ。



「んもう、そんなに照れなくてもいいじゃないの。アタシとアナタとは運命の赤い糸で結ばれてるんだから!」

「結ばれてねえ! つうかこれはただの仕事だ! お前は単なる仕事のパートナーってだけ! だからそれ以上近づくんじゃねえ! 本気で処理するぞ化け物!」

「あら! そんな! 化け物なんて酷いじゃない刃悟! アタシがあんなに愛してあげたのに!」

「誤解を招くようなことを言うなっ! そもそもお前とは道場が一緒だっただけで、それ以上の深い関係なんかあるかっ!」



 刃悟は「はあはあはあ……」と盛大に息を切らしながら宣言するが、大柄の男はポッと頬を染めると、



「懐かしいわ……小さい頃の刃悟。ああ、あの時に食べておけば今頃アタシのものに」

「なるかボケぇぇぇぇぇっ!」

「フフフ、冗談よ。こんな陰湿な山の中だから、少しでも明るくしようとしたお茶目心よ」



 ガックリと刃悟は肩を落とす。



「あ、でも刃悟がどうしても貞操を捧げたいって言うんなら、アタシ…………頑張るわ!」



 濃い顔でウィンクをされた刃悟は死の予感を感じたようでそこから大分距離を取った。



「フフフ、照れ屋なんだから」

「お、お前の冗談は冗談に聞こえねえし、恐怖しか生まねえからホント止めてくれ……」

「あら、そんなこと言ってイケナイ子ね。でもいいわ、この仕事が終わったら宿をとって二人でしっぽり……」

「誰が宿なんてとるか! 仮にとっても宿は別だ!」

「酷いっ! 酷いわっ! そこはせめて違う部屋でしょ!」



 だが確かにこんな大柄な男に貞操の危機を感じたのなら、部屋だけでなく宿を別にしたいと思うのは当然だろう。



「ああもう! さっさと例のものを探して帰るぞ善慈(ぜんじ)!」



 大柄な男の名前は善慈というらしい。名前を呼ばれた善慈は嬉しそうに「ハ~イ」と手を上げると、前を歩く刃悟が懐から紙を一枚取り出す。



「ホントにこんな気味の悪いトコにあんのかよ、その何とかの卵とやら」

「ん~依頼じゃそうらしいわね。だけど信頼のある情報屋にも確かめたし、この山のどこかにあるはずよ」

「あ~あ、早く帰って熱い湯にでも浸かりてえぜ」

「あら、いいわね。んじゃアタシは刃悟の背中を流してあ・げ・る」

「そんなことしたら遥か上空まで蹴り飛ばしてやっからな!」



 刃悟が声を張り上げた瞬間、二人が何かに気づいたようにハッとなる。



「ほ~ら、おいでなすったぜ……山の住民たちがよぉ」



 刃悟は楽しそうに口角を上げてある方向に視線を向ける。そこには半透明で丸い形をした物体がフワフワと宙に浮いていた。



「善慈ぃ、手を出すなよ。コイツは俺の獲物だ!」

「あらん、相変わらずのバトルジャンキーね。す・て・き!」

「み、耳に息を吹きかけんなぁぁぁぁっ!」



 刃悟の叫びが山の中にこだました。












 ソージたちは数時間後、【シンジュ霊山】の麓まで来ていた。そこから見える絶景に、ヨヨたち女性群はうっとりと眺めていた。

 眼前に広がる紅や黄などに紅葉した木々が無数に生えている山。日本なら是非ともカメラに収めたい風景だとソージも思った。



 見ればスケッチをしている観光客もちらほらと見かける。この麓から見える山の風景を求めてこうして多くの観光客が集まってきているのだ。

 しかしそのほとんどが格式の高い家の生まれであったり、芸術家などの豊かな感性を持つ者である。



 またこの麓では屋台も出されており、名物の《シンジュ饅頭》や《シンジュブローチ》などといったものが集客に力を入れている。

 無論登山もできるのだが、ソージが見る限り登山を行おうとする者たちは皆無だ。何故ならここは意外にも危険区域なのである。麓までは何ら危険性の低い普通の場所なのだが、一度山の中に入れば、その危険度がグッと増すのである。



 ソージはこれからあの中に入って行くのかと思い少し憂鬱な気持ちが芽生えるが、ここまで来た以上、ヨヨたちと一緒に紅葉を楽しむだけで終わるわけにはいかないのだ。



「ではソージ、私はここでの情報収集があるから、あなたは好きになさい」



 ヨヨから自由行動の許可が下りる。ヨヨの仕事は情報屋であり、こうして各地の売りである名産品などの情報を収集して商談などに役立たせるのだ。



「畏まりました、ヨヨお嬢様」

「あなたたちも、一緒に来なさい。お店をいろいろ回るわよ」



 ヨヨの言葉にニンテたちは喜び勇んで声を上げる。特にニンテとユーは、こうして紅葉をじっくりと見物するのは初めてだろう。だからその顔は興奮で満ち満ちている。



「こら、走ると危ないわよニンテ!」



 カイナが人とぶつかりそうになっているニンテに注意をすると、ニンテは舌をペロリと出して「あっちゃ~」という顔をする。とても可愛らしいのだが、カイナの言う通りに、あまり浮かれないようにしてほしい。迷子とかはさすがに勘弁である。



 ユーも母親であるシーの手を引いてお店に目を輝かせている。この子の場合は、紅葉よりも店に興味があるようだ。小さい子だから花より団子といったところだろうか。



「それではお嬢様、オレはフェムさんとテスタロッサさんと一緒に山へと入ります」

「ええ、気を付けなさい」

「はい。お嬢様も、そのネックレスは決して離されないように」

「分かっているわ」



 彼女の胸元にタグつきのネックレスがかけられてある。これはソージの魔法の恩恵が込められたもので、ヨヨの危機を察知することができ、またこのネックレスに刻まれた黄色い紋章のある場所へと瞬時に転移することができる便利なものなのだ。



 ソージはヨヨから離れるとカイナの方へ歩き、



「母さん、くれぐれもハメを外し過ぎないようにお願いしますね。特にお酒とかは厳禁ですから」

「や、や~ねぇソージったら、私はこれでも引率の先生みたいなものよ? その先生が仕事中にお酒なんて馬鹿な真似するわけないじゃないの~」



 ……うっさんくせぇ……。



 そう思ったソージは間違いではないだろう。何故なら明らかな挙動不審ぶりを彼女は表に出しているのだから。しかもここに来る途中にさんざん酒をせびりにきていたのを忘れているようだ。



 思わず溜め息が漏れてしまうが、ソージにもやりたいことがあるのでそちらに意識を向けることにした。



「では参りましょうかフェムさん、テスタロッサさん」



 二人を伴い【シンジュ霊山】へと入って行った。





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