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創炎のヒストリア ~転生執事の日常~  作者: 十本スイ
第二章 新たな家族編
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第三十六話 星海月族の決断

 ソージたちがまだノビルに会う数時間ほど前、海で暮らす星海月族たちは、長を筆頭に会議を開いていた。その内容は、今まさに海で問題化されている石化についてである。

 ある者が、ここ周辺に住んでいる魚介類や、水棲族を次々と石化していることで、そのもんだいを生み出している中心と見なされた星海月族が、他種族から糾弾されているのだ。



 石化を行った者が誰なのか星海月族は知っている。そしてその張本人であるユーもまた星海月族なのだ。しかし彼女を住処から追い出したので、もうここら辺で、他種族が石化するようなことはないと、他種族の長には知らせたはずなのだが、一向に怒りの矛が引いてくれないのだ。



 もちろん考えてみれば、彼らは一方的に仲間を石化されたようで、たとえその原因が今はいなくても、同じ星海月族として責任を取るべきなのかもしれない。

 しかしそう考えている長の意見は、他の者には伝わらないようで、



「何を仰っているのですか! アレはあのバケモンがやったことじゃないですか!」

「そうです! 我々だって被害者なんですぞ!」

「それにもう関わり合いがないのですから、我々がアレの尻拭いをする必要はないはずです!」



 一族の者は揃ってユーをただ批判するだけだ。確かにユーが無意識に起こしたことだとしても、そのせいで 甚大な被害が被っているのは事実だ。

 それにより同じ種族として責任を取って、この海から出て行けと他種族から言われているのも事実。しかしそれを受け入れて、納得できる者は一族にはいないのだ。



 何故なら彼らの家族もまた、ユーによって石化させられているのだから。そんなユーをこの場に居るほとんどの者が憎く感じているのだ。



「皆よ、確かにユーのしたことで今、我々は住処を追われるという危機的状況に見舞われておる。しかしな、ユーもまた苦しんでおるのじゃぞ?」



 だが長の言葉をすんなる受け入れる者は少ない。



「何故ですか! もうバケモンを追い出したんですから、海は平和になったはずでしょ! ここしばらく石化したものがいないのが良い証拠です!」



 彼の言う通り、ここ数日は大人しい日々が続いていた。今までは追い出してから、ほぼ毎日、何かしら石化したものが現れていた。それは少し離れた海の海藻だったり、深海の生物だったりしていたのだが、今はすっかりそういう事態も起きていないのだ。



「きっと遠くへ行ったか、ドデカイ生物にでも喰われて死んだんですよ! そうに決まってる!」

「これ、滅多なことを言うもんじゃない。ユーは追い出したとしても、同じ星海月の者じゃ」



 そんな長の言葉に皆が肩を竦める。沈黙が続き、重苦しい雰囲気の中、一人の男が慌ててやって来た。



「どうしたのじゃ?」



 その男も星海月の者だが、彼から聞いた話で皆が驚きで時を凍らせていた。



「ま、まことか?」



 長が信じられないといった様子で目を見張る。



「は、はい。他種族の長たちが会議で決めたようなんです」

「……くっ」



 長は歯を食い縛り、



「問題を引き起こしている張本人を差し出せと……?」

「は、はい」

「さもないと……一族を力づくで排除する……と?」

「…………はい」



 男は絞り出すように返事をし、長は苦悶の表情を浮かべる。石化の張本人、ユーを探して彼らの前に突き出さなければ、一族もろとも力でこの海から排除する。

 他種族の長たちはそう決定を出したようだ。犯人を自分たちの手で始末したいのだろう。そうしなければ怒りが治まらないのかもしれない。

 運の悪いことに、ここらに住む水棲族は気性が荒い者たちが多いのだ。



「最早言葉だけでは収拾がつかぬ……か」



 長だけでなく、その要求には他の者も絶句している。何故ならこの場にユーはいないのだ。突き出そうにもどこに彼女がいるか彼らには見当がつかない。



「き、期限はいつまでじゃ?」

「…………一週間……だそうです」



 つまり一週間で、どこにいるかも分からないユーを、この広大な海の中を探し出さなければならない。ハッキリ言って無理難題に等しい。

 もう選択はここから大人しく去るしかないと長は思ったが、



「……見つかるかもしれない」



 そう一族の者が呟いた。そして他の者が「どういうことだ?」と尋ねると、



「実は、つい最近小耳に挟んだんだけどな、ここから数キロほど行った海の祠に住んでいる男がいるそうだ」

「それがどうかしたか?」

「何でもそいつは海の殺し屋って名乗ってるそうで、報酬次第で人攫いでも殺しでも何でもやるそうだ。そ、そいつに頼んだらどうかな? 奴はいろんな海を渡り歩いてきたとか言ってるそうだから、もしかしたらユーも見つけられるかもしれない」



 男の言葉に、他の者は希望を見出したのか「おお~!」と感嘆の声を上げる。しかし長だけは渋い表情のままだ。



「皆よ、本当にユーを探し、見つけたら突き出すつもりか?」

「当然です! 奴のせいでどれだけ被害を受けてると思っているのですか!」

「しかしのう……」

「長が何と言っても、一族の平和のために、俺はその男とコンタクト取ります」

「ユーも一族の一人じゃぞ?」

「あんなバケモンは一族じゃないっ!」



 男は一人で怒鳴っているが、他の者も思いは同じようで頷いている。そして黙ったまま、皆がその場から去って行った。

 一人残された長は、自分の住処へ向かい、あるものの目前に立つ。



「……すまんのう、ワシには皆を止める術が見当たらんわい」



 悲しげに揺れるその瞳には、石化されたユーの母親の姿が映し出されていた。











 屋敷へと帰ったソージとヨヨは、ヨヨの書斎で難しい表情を互いに突き合わせていた。その理由は、情報屋であるノビルから入手した情報についてだ。

 さすがはヨヨが頼りにする情報屋だけあって、近海に住む水棲族についてのプロフィールなども載せてあり、詳しさは驚嘆に値するものであったが、何よりも一番驚いたのは、今その水棲族たちの間で一つの決定が成されていることだった。



 多くの水棲族が石化されており、それをしたのはユーなのだが、彼女は星海月族。ならその責任を負うものとして、星海月族には住処から出て行ってもらいたいという要求がされていた。

 無論それに反論している星海月族だが、他の水棲族の長たちが妥協案としてそれを飲むのならと提案した事項があった。



 それはユーの引き渡しである。近海に住む水棲族たちの怒りが治まらず、張本人であるユーを差し出さないと、力づくで海から排除するということだ。

 こうなれば下手をすれば星海月族が滅ぼされるかもしれない。もちろん星海月族がその海から出て行けば丸く収まるのだが、やはり納得していない様子である。



「そして、コレが気になるわね」



 ヨヨが紙に視線を落としながら呟くように言う。



「そうですね。星海月族が、海の暗殺者と呼ばれる男を雇うとは……まさかユーを?」

「そうでしょうね。その暗殺者にユーを探し出させて捕らえてもらうつもりなのでしょうね」

「その暗殺者の情報は?」

「もう一枚の紙に書かれてあるわ。ふふ、本当に情報が新鮮ね」



 渡された紙は数枚あり、ヨヨがそのうちの一枚を机に広げる。



「名前はジャック・ノット。元々は北の海に生息していた陸鮫(りくさめ)族と呼ばれる水棲族らしいわ」

「へぇ、確か陸鮫族といえば好戦的な性格の者が多く、戦闘に長けた一族でしたね?」

「ええ、しかもジャック・ノットは、その中でも特に好戦的で、平気で仲間殺しもしているようね」

「最低な奴ですね」



 自分が敵と認めたら、たとえそれが仲間だとしても平気で傷つける。どうやらかなり危ない性格の持ち主の様だ。



「そんな彼が何故今この近辺に?」

「それはえっと…………あったわ。……なるほど、彼は仲間殺しのせいで海を追われて、ここまでやって来たようよ」

「つまり逃げてきたってことですか?」

「そのようね。ここなら北の海ほど危険ではないから、自分の思う通りに殺しを楽しめるとでも思ったのかしらね?」



 まるで吐き気を催してしまうほどの動機だ。もちろんヨヨが推察した理由が当て嵌まっているとは限らないが、仲間殺しをする輩など……。

 そう思った時、ソージはユーのことを思考に浮かべる。そしてそんなソージの考えを読みとったようにヨヨが口を開く。



「ソージ、あの子は純粋で良い子よ。たとえ結果として仲間を傷つけていたとしても、それを後悔し償おうとする意志が、あの子にはちゃんとあるもの」

「……そうですね。すみませんお嬢様」

「それにまだ、石化した者が死んだとは限らないわ」



 そうだ。彼女の言う通り、ユーがたとえ無意識で仲間や多くの者を傷つけていたとしても、それに涙を流すほどの痛みをちゃんと彼女は持っている。

 それに確かにまだ石化した者が死んだとは限らないので、仲間殺しと思ってしまった自分を叱咤するソージ。



「ですが、そのジャック・ノットが動くとなれば、少々厄介ですね」

「そうね。彼の情報収集がどれほど長けているか分からないけど、もしここにユーがいると分かれば、雇われている以上、必ずやって来るでしょうね」



 実際ユーは、陸へと上がってから、結構目立つ行動をしていたようなので、身形も特徴を持つユーのことを聞き回ったら何かしら情報は得られるだろう。



「……種族長会議では、星海月族に言い渡された時間は一週間らしいわ」

「短いですね。彼らも血眼になってユーを探すでしょう」

「そうね。できるだけユーには屋敷から出ないように厳命し、あとはこの石化問題ね……こればかりは実際に見なければ治せるかどうかは分からないわね」

「オレの緑炎や、お嬢様の『調律』で治せるのでしたら良いのですが、確かに実際に見てみないと何とも言えないですね」

「……ユーがこの屋敷に来て石化させたものとかは無いかしら?」

「ああ、なるほど。それを治せれば、他のものも治せる道理ですね。ですが、無かったらどうしますか?」



 というよりも、そのようなものが屋敷内にあればメイドたちが知らせてくるだろうから、恐らく見つからないだろう。ヨヨもそれを分かって言っているみたいだ。



「……ユーに力を使ってもらえれば一番なのだけれど、どうやら彼女はその力を完全にはコントロールできていないようだから、強要させるのは暴走などの危険を考慮しても難しいわね」



 ユーが力をコントロールできるのであれば、本棚に収まっている本でも、今手元にある紙でも何でもいいから、石化してもらい、それを元に戻せるか試せる。

 だが彼女の話から推測するに、どうも自らの力を実感はしていものの、扱い切れていない様子である。



「私が彼女に触れて調律すれば、もっと彼女の力の本質が理解できるのだけれど……」

「……ユーを呼びますか?」



 ヨヨは目を閉じて少し時間をかけて考えた。そして、



「そうね。こうしている間にも時間は失っていくわ。彼女のためにもやるべきことをしましょう」



 ソージは返事をすると、ユーを呼びに部屋から出て行った。そのついでにメイドたちに石化した物体があるかどうか尋ねて回ったが見つからなかった。やはりユーを頼るしかないようだ。





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