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創炎のヒストリア ~転生執事の日常~  作者: 十本スイ
第五章 クーデター阻止編
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第百七十三話 先制

 大気が破裂するような音が連続して周囲に響く。何か二つの物体が激突しては離れ、激突しては離れを繰り返している。しかもその速度は常人には目で追えないほどの速さで行われているので、周りにいる《裁軍》の兵士たちも唖然とするしかなかった。



 クレーターの中心で行われている武闘。バキッ、バキッ、バキッと大地も震動で割れていく。それほどの攻防が先程からずっと続いていたが、それがピタリと止む。



 クレーターの中央に姿を見せたのは二人の存在。一人は希姫・八継。そしてもう一人が千手童子だ。互いに顔を見合わせ楽しげに笑みを浮かべている。



「やるではないか女」

「いや~そっちも強いね~。さっすが鬼の頭領かな」

「だがまだ本気ではないであろう?」

「まあね。それはそっちもそうじゃんか」

「ククク、俺とここまで拳を交えられるとは、かのポロスを彷彿とさせおる。まさかお主が後継者なのではないか?」

「あ、違う違う。私はシィリオスさんの後釜だしね」

「ほう、では《拳聖狼王(シリウス)》の使い手か?」

「そ、やっぱ知ってたか~」

「いや、思い出しただけだ。そうか、シィリオスの後継者……ポロスの次に興味深かった人材だ。奴とは一度戦ってみたいと思っていた」

「おお~、そんじゃ念願叶ったわけだ!」



 戦場なのにまだ明るく笑えるのは希姫だけだろう。



「ユニークな女だ。おい、一つだけ聞こう」

「ん? 何かな?」

「貴様、俺の配下にはならないか? 貴様ほどの才、潰すには惜しい。それがたとえ人間でもな」

「ん~、無いね」

「理由を聞こうか?」

「君は人類の敵でしょ?」

「そうだ」

「なら答えは一つだね。私は人類の味方だし」

「ククク、そう答えると思っておった。名を聞いておこうか」

「希姫・八継だよ」

「キキか、覚えておこう。では第二ラウンドだキキよ」

「こっからはギア上げていくよ!」



 希姫の身体から爆発的に膨れ上がった魔力が放出され、それが一気に凝縮して彼女の身体を覆っていく。



「目を見張るほどの魔力量だ」

「あんがとね。けどそれだけじゃないんだな!」



 魔力が徐々に硬質化していき、希姫の全身を鎧のように変化する。狼の顔を模した兜が頭に、鋭い爪が装着された手甲が両腕に装備され、動きやすく防御力がありそうなプレートアーマーが身体に纏われる。



「ほう、それが《拳聖狼王(シリウス)》の真骨頂というわけか」

「こうなったら強いよ私」



 瞬間、彼女が消えた。いや、ただ消えたように見えただけ。その動きは先程のソレと比べても格段に向上していた。

 しかし千手童子も懐へと入ってくる彼女を捉えていた。それでも彼女が繰り出す拳の速さに回避し切れず右頬に亀裂が走る。



 即座にその腕を掴もうと千手童子が腕を伸ばすが、すでに希姫の姿が消えていて、気づいた時には背後に現れていた。そのまま背中を突き上げるような感じで拳がめり込む。



「ぐっ!?」



 大気が弾かれたような音とともに吹き飛んでいく千手童子の先に、再び刹那の動きで出現した希姫。今度は彼を蹴り上げて上空へと飛ばす。成す術もなく天へと昇る彼の先に、またも希姫は出現して両拳を握ったままハンマーのように振り下ろす。



 その一撃を受けた千手童子は、身体が折れ曲がったまま大地に突き刺さった。スタッと地面に降り立つ希姫だが、その顔はどこかしっくりきていないような雰囲気である。



 土煙が舞う中をジッと凝視していると、ムクッと起き上がりゆっくりと煙の中から出てくる千手童子を見て大きな溜め息を吐く。



「あちゃ~、や~っぱ効いてないかぁ」



 彼の身体には土がこびりついているものの、さしたる傷は見当たらない。本人の表情も先程と何ら変わりがない。



「良い連撃だ。俺でなかったらダメージを受けていることだろうな」

「な~んか、まるで分厚いタイヤを殴ってる感じなんだもんなぁ」



 攻撃の威力を全てその弾力で吸収されたような感じだろう。



「速さ、威力、なかなかに及第点。しかし俺の命にはまだ届きはしないな」

「みたいだね。だったらもっと力込めるよ」

「ククク、楽しいな。これぞ戦いか」



 すると千手童子の逞しい身体が、さらに盛り上がり一回り大きくなる。



「こちらも《第一進化(ファースト・ウェイク)》を見せよう」



 千手童子の筋肉がドンドンと盛り上がり、姿形だけでなく、内包するエネルギーも莫大に膨れ上がっていく。



「こ、これはちょっち……聞いてないかなぁ」



 頬を引き攣らせながら希姫は、変わり果てていく千手童子を見つめることしかできない。まるで骨が折れて新しい骨が急速に構成されていくような乾いた音が響き渡り、大して希姫と変わらなかった体躯の千手童子が、今では三メートルを超える存在へと変化した。



「貴様に敬意を表して一発はサービスだ」

「え?」



 瞬間、千手童子の姿が消えたと思ったら、上空へと跳んでいた。その右拳を小刻みに震わせていき、次第に紅蓮に染まっていく。



 集束されている力の大きさに気づき、希姫はハッとなり咄嗟にその場から大きく後ろへと回避する。千手童子は彼女が避けたにもかかわらず、そのまま大地へとその真っ赤に震える拳を突き立てた。



覇鬼(はき)月転(げってん)!」



 拳が突き出された場所を中心として大地が割れる。まるで地中に埋め込まれた幾つもの地雷が一斉に爆発したような破壊が成される。クレーターの中に、新たなクレーターが生まれていく。



「じょ、冗談じゃないわよっ!」



 ずいぶん距離を取ったが、前方から破壊がやってくる。このまま後方へ逃げようが追ってくる。故に彼女の逃げ道は――――――空だけだ。

 全力で上空へと逃げる。眼下に広がる光景を見てギョッとする希姫。



 千手童子を中心に波のように大地が捲り上げられていく。その一撃に込められた威力はまさに規格外そのもの。希姫の額から自然と冷や汗が流れ落ちる。



「まいったわねこれは……私死ぬかもしれないわ」



 弱気。この世界に召喚されてから捨て去ったはずの感情だったが、それを思い起こさせるには十分な光景だった。



「けど、逃げるわけにはいかないのよ。この世界には、大事なものがたくさんあるんだから!」



 希姫はキリッとした表情を浮かべると、覚悟を決めたように千手童子へ向けて滑空していった。

 両拳に全力を込め始める。ブゥゥゥゥゥンとエネルギーが集束していく。歯を食い縛り、背中を向けているターゲットに向かって両拳を突き出す。



狼双襲撃(ろうそうしゅうげき)っ!」



 しかし相手も背中を向けたままではなかった。空からの殺気に反応して振り向きざまに先程と同じ紅蓮の拳を突き出してきた。



「覇気・月転っ!」



 二つの攻撃が激突。その際に生み出された衝撃波は再び大地を削る。だが大地に足を付けている千手童子の方が力が込めやすいのも事実。このままでは彼の拳に負けてしまうのも自明。



 だからこそ希姫は突如攻撃を逸らすと同時に身体を捻りながら落下する。そのまま千手童子の腕を伝って彼の懐へと入る。



「小さいのは小回りが効くのよっ! 狼双襲撃ィィィッ!」



 今度は千手童子の腹に目掛けて攻撃を放つ。見事虚を突かれた千手童子に攻撃がヒットし、盛大に地面を転げながら吹き飛んでいく。



「はあはあはあ……よっしゃ、手応えあり!」



 まず先制点をとったのは希姫だった。




次回更新は12月10日(水)です。

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