第百六十九話 緋澄の実力
《皇宮》―――――――――――《金子の間》。
とうとう《混沌一族》の襲撃を受けたということは皇帝の耳にも届いていた。
「皇帝、ここは危険かもしれません。できれば地下通路を通って、海へ出た方が安全かと」
《五臣》のリーダーである緋澄が臣下の礼を取っている。その背後には他の《五臣》である桃色髪の青年であるアルココ・ビストーチカ、細面でひ弱な様相をした女性のリンネ・アルト・ランドバーグ、一見して冷淡なイメージを持たせる男のロブ・ヴァーチが同じように膝をついている。
「そのようなことはできぬ。皆が朕のために奮闘しておるのに逃げろと申すか?」
「はっ! しかしながら皆が戦っているのは、皇帝の御身を守るため。さすればその意をくみ、ここから安全な場所へと向かうことこそが彼らに報いるものだと愚考します」
「し、しかし……朕だけが逃げるなどと……」
「無論グロウズ含め【英霊器】たちが全力を持って《鬼》どもを駆逐してくれると信じております。しかし状況は常に最悪を予想して動かねばなりません。どうか、我々とともに大陸を渡る決断を」
四人が皇帝に対して頭を下げる。彼らの言い分も尤もなもの。《鬼》が皇帝の命を狙っているのなら、必ず守り通さねばならない旗印。奪われてはいけないもの。
だからこそ皆は命をかけて皇帝を守ろうとしているのだ。その想いは皇帝にも伝わったのか、幾分消沈した声音で小さく「分かった」とだけ言った。
だがその時、天窓から見える光景に皇帝が違和感を覚える。
「あれは……!」
「どうかなさいましたか?」
「上を……上を見てみよ!」
皇帝の言葉によりその場にいた誰もが天窓を見上げる。そこに映った光景に絶句。何故なら先程まで遥か上空に浮いている【鬼灯島】がポツンとその存在を示していたが、それがドンドンと大きくなってきているのだ。
そう、島が物凄いスピードで落下し始めている。そのまま落ち続けると、無論【オウゴン大陸】に直撃してしまう。
「お前らっ! 皇帝を守れっ!」
一早く脅威を悟った緋澄が他の三人に命令を与える。三人は急いで皇帝を連れてその場か脱出していく。そして緋澄は大きく跳び上がり天窓を突き破って屋根へと出た。
そこで彼の視界にハッキリと島が直下してくるのが映る。
「とんでもないことしてくれやがって……」
あれほどの巨大な物体があの速度で落下してきたら大陸といえど一溜まりもない。いや、それよりもここには多くの命が存在し、また世界を象徴する建物も存在するのだ。
島が落ちたら全てが破壊されてしまう。
「ああもう、腰痛が酷えってのによぉ」
緋澄は軽く舌打ちをすると島へ向けて跳び上がる。彼のそんな行動に気づいたのは少し離れた場所で《九鬼衆》と対峙しているグロウズである。
「緋澄! な、何だアレは!?」
そこでようやく緋澄が何をしようとしているのか気づく。グロウズの叫びは他の者にまで意識を向かわせて愕然とさせる。
「お前たち、まさか道ずれにしようと考えているのか!」
グロウズが《九鬼衆》に向かって怒鳴る。だが阿弥夜は不敵に笑みを浮かべるとこう答えた。
「バカを言うな。島が落ちたところで我々が死ぬわけがあるまい。まずはこの悪趣味な大陸を浄化する。綺麗な更地と化して、そこからゆっくりと我らに相応しい地へと変えてやろう」
「ふざけるなっ! あのようなものが落ちたら死人が多く出るぞ!」
「だから何だ? しょせんは人のだろう?」
「貴様ぁっ!」
阿弥夜の冷酷な物言いにグロウズだけでなく他の者も憤りを覚える。
「【英霊器】たちよ! まずはあのデカブツを処理することが―――――」
「させると思うか?」
阿弥夜の言葉により、《鬼》たちが一斉に両手をパンと叩き合わせると、
「クク、喜べ、ここにいるお蔭でお前たちは命を長らえることができる」
九人の《鬼》たちから赤い光が迸り、それがそれぞれの《鬼》に繋がっていき、全てが繋がった瞬間、その場は半球状の結界に包まれた。
その結界は出ることも入ることもできないようで、外にいる者が必死に結界を壊そうとしてもビクともせず、中にいる者も同様である。
「なら《鬼》を先に叩く!」
グロウズが阿弥夜に向かって突進しようとすると、阿弥夜はそのまま目を閉じる。
「……《暖簾流し》」
グロウズの烈火のような剣捌きを、すべて紙一重で避ける阿弥夜。両手を合わせて目を閉じたままのその行動に、グロウズは悔しげに歯を噛み締める。
「ならばこの結界ごとっ!」
グロウズが莫大な力を剣に込め始めた時、兵士たちの叫び声が轟く。それはもうあと数秒で落ちてくるであろう島に恐怖してだ。グロウズもハッとなり天を見上げる。
そしてそこには緋澄が両手を前にかざし真剣な面持ちで前を見据えている。
「……《掌握》っ!」
緋澄の両手から黄色いオーラが噴出し、それがまるで手のような形成を整える。また島を挟み込むようにしてオーラが位置取ると、ギュッギュッギュとまるで握り飯を作るかのようにオーラが島を包み出す。
「ぐっ! さ、さすがにデケェか……!?」
緋澄の顔が苦しさに歪む。しかしそれでも驚くことに島の形が徐々に変化していく。小さくなっているのだ。
「くそがっ! さっさと掌握されやがれっ!」
オーラの動きが活発化して島はドンドンと小さくなっていく。だがその時、島から小さい影が一つ跳び下りた。
一瞬だった。瞬きもできない刹那の間の出来事。気づけば緋澄はその影に接近されて左腕を捥ぎ取られてしまっていた。
「うぐっ!? な、何だっ!?」
影はそのまま結界の方へ降りていく。緋澄は左手を奪われたせいで体勢を崩したまま落下する。だが緋澄の瞳の輝きは少しも衰えはなかった。迫りくる島を睨みつけて、残った右手から最大出量のオーラを迸らせ島を包む。
「うおらぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
バキバキバキバキィィィィッと島がさらに小さくなっていき、当初の十分の一ほどにまでその形態は変化した。さらに緋澄はそのオーラを動かして少しだけだが島の落ちる方向を変えることにも成功する。
島は山を削りながら地上へと落下し大爆発を引き起こした。
次回更新は26日(水)です!




