第百五十九話 聖王の憂い
《皇宮》の誇る最強の軍と称される《裁軍》の調査役が【鬼灯島】で消息を絶ったことはグロウズ・G・ソーズマンの耳にも届いていた。
「バカな!? あのビロードが殺されたというのか!?」
いつまでも帰ってこない部下。部下思いの彼がジッとしているわけにもいかずに、同じ《五臣》のリーダーである緋澄・皇に自らも【鬼灯島】へと向かう許可を得るために会いにいく。
グロウズと一番付き合いが長く、好き嫌いや性格も熟知している彼ならばすぐに許可をくれるだろうと判断したグロウズ。
だが彼から発せられた言葉は意外にも否定。
「何故だ緋澄!」
「皇帝が傍を離れるなと仰られるのであれば、それをどうこうすることは俺にはできんよ」
「だが! いくら消息を絶ってるからといってもビロードたちは島のどこかでまだ生きてる可能性だってあるんだぞ!」
「……遠目に島を調査した」
「……?」
「船も消失しており、島も戦闘の跡など存在せず静かなものだった。だがだからこそ不気味だ」
「…………」
「【サフィール国】の魔王ノウェムから届いた情報によると、奴らは人の魂を集めているとのこと。そしてもし、ビロードたちが島で《鬼》と相対して、いまだに連絡がないところを見ると……恐らくは、いや確実に全員魂を奪われて殺されている」
「くっ……!」
グロウズは悲痛に顔を歪めて緋澄から顔を逸らす。そしてグロウズはノウェムから届いた情報を全て話す。グロウズは黙って聞いていた。
「お前がすぐにでも向かいたい気持ちはよく分かる。あの者たちはお前の直属の部下なのだからな」
グロウズは拳を震わせて悔しさで歯噛みしている。
「相手はどうやら我々と同等以上の実力を持つようだ。あのビロードが静かに殺されたというのであれば……だがな」
「ならばこそ、こちらの全勢力をあげて《鬼》を駆逐するべきではないか? このままでは千手童子だけではなく《九鬼衆》も全て復活するのだろう?」
「……無論手を打つ必要はある。今、各大陸に散らばっている【英霊器】に召集をかけているところだ」
「そうか。かつて《鬼》を封印した十傑の後継者を……」
なるほどと納得気に頷きを一つ返して、さらに口を開く。
「だが《猛る姫》などはともかくとして、他の【英霊器】は戦力的に期待はできるのか? 特に最近召喚されたという三人、二人とは会ったことあるが、とても《鬼》と戦えるほどのものは持ち合わせていなかったぞ?」
「しかし十傑の力を持っていることは間違いないぞ。彼らに事情を説明して力を貸してもらう必要があるだろう」
「……私たちはどうするのだ?」
「詳しい状況を把握するために情報収集を主に。下手にここの防衛力を落とすわけにはいかんし、常に俺とお前はここにいるようにする。それは絶対だ」
「……分かった」
了承の言葉に緋澄は苦笑交じりに発言する。
「すまんな。だがこれが最善のはずだ」
「…………部下たちの調練をしてくる」
そう言いながらグロウズはいつも兵たちを調練している調練場へと向かっていった。
「はぁ~、胃が痛いことばかり続くなぁ……」
怠そうにボリボリと頭をかいて天を仰ぐ。
「かつての十傑復活を急ぐ必要があんのかぁ……」
これからやるべきことが山積みになっている事実に溜め息を漏らすが、緋澄の瞳は言葉とは裏腹に強い光を放っていた。彼もまた、ビロードたちを殺した《鬼》に憤りを覚えているのかもしれない。
《鬼》によって《金滅賊》の集団が次々と壊滅させられているという現実に、《金滅賊》の者たちも危機を感じた。それまで皇帝を倒し新たな世を作ることをスローガンに掲げて大っぴらに行動していたが、まるで追い込まれた獣のようにひっそりと身を隠すようになっていた。
いつもなら街や、道行く馬車などを襲い、食糧や金品などを強奪して、それを生活に当てていたのだが、殺されることに恐怖して動けずにいる。
彼らは《鬼》という存在に気づいておらず、これは皇帝の命を受けて国が動いているのだと疑わずにいるようだった。
どの国が動いているのか分からず、下手に行動できずにいる。だがその勘違いが、庶民にとっては平和に繋がっているようで、その庶民の上に立つ【ラヴァッハ聖国】の王も喜びを得ていた。
【南大陸・ダダネオ大陸】。大きく分けて二つの地方に分別される大陸である。その中の一つ、《オズワイン地方》には《自動人形》発祥の地である【ラヴァッハ聖国】がある。
聖王リードック・ラ・リシュラン・ラヴァッハは、国を束ねる者として《金滅賊》が滅んでいくのは確かに喜ぶべき事実ではあったが、それでも不安は抱えていた。
それは皇帝から各国に流された《混沌一族》に関する情報のことだ。一族が慈善事業で《金滅賊》を滅ぼしているわけではないことは伝わってきている。
一気に多くの魂を集められるとして、ただ《金滅賊》を襲っているという。何故さらに人の数が多い国などを襲わないのか疑問には残るが、いつその矛先が各国へと向かっても不思議ではない。
だからこそリードックの胸中はいつも不安が渦巻いていた。ここ【ラヴァッハ聖国】は規模が大きく、人の数も多い。
魂を集めるという行為に最も適している場所の一つでもある。
「では聖王様、此度の【シューニッヒ王国】で行われる《自動人形品評会》への参加は見合わせた方がよいと?」
玉座に座るリードックの眼前には一人の男が立っている。この国の王侯貴族の一人であり、名をブラッシュ・D・ドレスオージェという。国を代表する優秀な造形師の一人である。
「そうですね。この大会は私も楽しみにはしていたのですが、この情勢では大会を開き、またそこに近づくのは控えた方が良いでしょう」
「残念なことですね。皇帝に献上する《自動人形》はいつもそこで決定されるのですが、確かに聖王様の仰る通り、《鬼》の存在がある限り下手に外を出歩くのは危険かもしれませぬな」
「警備体制も高めて、襲撃に備える必要もあります。それは整っていますか?」
「はい。《兵器型》を扱える優秀な人形師を配置しております。数も十分と。これならばさすがの《鬼》でも襲うのは分が悪いと判断するでしょう」
「そうならばよいのですが……」
「何かお気になられることが?」
「……はい。実は皇帝様が今、【英霊器】に召集をかけているというのです」
「なるほど、《鬼》対策ですな」
「恐らくは。ですがあの者は動いてくれるのでしょうか?」
「む……そ、それは……」
ブラッシュが何とも言えない渋い顔を浮かべる。そんな顔を見てリードックも小さな溜め息を漏らし、男性のそれとも思えないほど透き通るような美肌をした表情を辛さで歪ませる。
「この三年、召喚されてからずっと部屋に閉じこもり、何と言いましたっけ……にーちょ生活?」
「ニート生活です。働きもせずに家の中でぐうたらと日々を過ごす者のことです」
「ああ、そのニート生活を満喫しているというではないですか」
「ふむぅ……しかし彼女が【英霊器】なのも確か。それに彼女の知識で人形の質が上がったのも確かですし無下にすることもできないというジレンマが……」
「とにかく一度彼女に話をしてみて下さい。皇帝の招集がかかっているということを」
「分かりました。ちょうど同じ年頃の娘がいるので動かしてみましょう」
「お願いしますドレスオージェ卿」
ブラッシュはリードックに軽く頭を下げるとその場から去っていった。向かうのは自身の娘が住んでいる屋敷である。




