第百四十八話 角を持つ少年
城に入ったグロウズは、やはりそこにも多くの兵士たちが死んでいるのを発見する。しかもここの兵士たちも、一見して無傷に見える。
「だが確実に息はない……一体この者たちに何が起こったのか……?」
グロウズはその答えを求めて、先程の雷の発信源へと急いだ。するとそこには《玉座の間》があり、天井には大穴が開いている。そこから先程の雷が放たれたようだ。
そしてグロウズの目には奇妙な光景が広がっていた。【ルヴィーノ国】の魔王であるガナンジュであろう人物が《玉座の間》で一人ポツンと立っていたのだ。周りには兵士が倒れており、驚くべき人物も横たわっていた。
(あの者は……ガーブ・デトラス!?)
それは【西大陸・ウードベン大陸】の《金滅賊》の長だった。白目を剥き静かにこと切れていた。
(なら生存者は一人?)
今もなお立っているのはガナンジュただ一人だと思った。だが――――
「いや、一人ではない!?」
グロウズの視界には、大柄の男であるガナンジュの後ろ姿しか映っていないが、視点をずらしてみると、ガナンジュのすぐ目の前には一人の人物が立っていた。
「……こ、子供……!?」
そこに立っていた人物の形を見て驚嘆した。十歳程度の少年。翡翠色の髪に、黄金色の瞳を持つ少年。ともすれば美少女にも思える顔立ちだが、やはり少年だ。その理由は彼が裸だということだ。それで彼の性別は容易に判断できた。
頭には二本の角が生えている。耳は尖っており褐色の肌。印象的なのは、その瞳の輝きだった。一言で言えば純粋、これだろう。
次の瞬間、子供は一切の感情を見せずに凍り切った表情のままその右手から黒い雷を作り出す。
(ま、まさかっ!?)
先程の黒い雷の正体に呆気なく辿り着けたものの、まさかまだ幼い子供だったことが信じられずに愕然とするグロウズ。
そして少年はその黒い雷を目の前に立っているガナンジュへと放つ。バチチチチチィッと凄まじい放電とともにガナンジュは全身を雷に侵される。
するとガナンジュの身体からフワリと何かが浮き出てきた。それはまるで幽体のように弱々しい何かであり、その幽体がゆっくりとガナンジュの身体から離れて少年が開けた口の中へと吸い込まれてしまった。
(た、食べた……?)
少年はクチャクチャと口を動かしていると、ガナンジュは支えを失ったように、その巨体をバタッと床に倒した。そして少年はそこで初めてグロウズの存在に気づく。
目が合った瞬間、グロウズはゾクッとしたものを感じ、咄嗟に剣を少年に向けて警戒していた。
(警戒をさせられた? あのような幼子に!?)
それはグロウズの経験上なかったことだった。無論才能のある子供に出会ったことは幾度もある。しかしそれは総じて将来性を感じさせたということであり、その存在自体に恐怖を抱いたことも、警戒を抱いたことも皆無だった。
しかし目の前にいる少年と目を合わせた時、彼は気を抜けない相手だと認知してしまった。しかも強制的に本能がそう悟った。これは初めての経験だった。
少年が裸のままペタペタとグロウズへと近づいてくる。グロウズの中で、もうこの少年が、この国を滅ぼした元凶だということは理解できていた。
しかし目的がハッキリしない。そもそもこの少年がどこから現れたのか。何故裸なのか。何故【ルヴィーノ国】を滅ぼしたのか。一体何者なのか。
疑問は次々と湯水の如く湧き出てくる。そして一番の問題は……
(この少年は我々の敵なのか……?)
まさにこれだった。もしかしたら彼がクーデターを阻止するために滅ぼしたという可能性はあるのだ。そうなのであれば、同じ目的で動いていたグロウズたちと敵対する理由などない。
しかしそれ以外の目的があるのだとしたら、グロウズも彼の敵を成り得る可能性があるということで警戒を緩めることはできないのだ。
そしてある程度近づいたところで少年がピタリと足を止めた。そしてゆっくりと顔を左側に向けてある場所を一点に見つめた。
そこには大きなカーテンが纏められてあり、何故か風もないのに小刻みに揺れている。そしてグロウズもまたそのことに気づき、「生存者か!?」と言葉を発すると、少年よりも早くそこへ向かいカーテンの中を調べる。
そこにはグロウズも情報で知った顔があった。
「お前は確か……ミラージュ・スワンコニーか?」
そう、そこで身体を縮込ませて震えていたのは【南大陸・ダダネオ大陸】の《金滅賊》の長であるミラージュだった。やはりこの国に長たちは集結していたようだ。
その一人であるガーブは死んでしまっているようだが。
グロウズは彼女の生存により、詳しく話を聞く必要があると思ったが、背後からペタリペタリと足音が近づく。すぐに振り返ってみると、すぐ傍に少年が立っていた。そしてジッとグロウズを見上げている。
反射的に後ずさってしまったグロウズ。そして剣を構えると、
「この者を殺させるわけにいかん! 重要な情報源だからな!」
もし少年がミラージュをも殺すために近づいてきたとしたら、何としてでも止めなければならない。今では彼女だけが、この場で起こったことを知っていると判断したからだ。
「答えるとは思えんが、君は何者かな?」
グロウズが返答を期待せずに尋ねる。しかしやはり少年は沈黙を守ったまま、グロウズを見上げているだけだ。その眼には何の感情も見えない。まるで生まれたばかりの子供が、動くものに興味を示してジッと見ているかのようだ。
(この場でこの少年を捕らえた方が良いのだろうが…………危険なニオイがする)
力づく――――この状況では仕方ないと思いつつも、下手に手を出せば取り返しのつかないことになるような強烈な予感が走る。
だがそこへ天井の大穴から何者かが落下してきた。そしてその人物は少年の背後へと降り立つと、そのまま跪いて頭を垂れる。
少年も、そしてグロウズもその人物へと視線を移す。
「ご誕生心よりお喜び申し上げます。我ら一族、あなた様をお迎えに上がりました」
男がそういうと、黙って少年に何かを差し出す。それは虎柄のローブであり、その人物も同じようなものを着用している。
(何だこの男は……?)
突然現れ、少年に傅く大人の男性に訝しむグロウズ。しかし彼の頭の上にも少年と同じような角を発見する。少年とは違い、白髪の中に一本だけが生えているが。
少年は興味を示したかのようにローブを受け取り身に付けた。
「よくお似合いでございます。では参りましょう」
すると男と少年の身体がフワリと浮き上がる。このまま逃がしてもいいものかどうか迷ったグロウズは咄嗟に、
「待て! 君たちは一体何者だ!」
と問うが、少年は無視してそのまま大穴へと飛んでいく。だが男だけはプカプカと浮かびながらも身体ごとグロウズに向けてきた。
「……皇帝に伝えろ」
「……?」
「そろそろ上にいるのも飽きただろう」
「っ!?」
「そのうち我らが王子がその座を頂いてやるとな」
それだけを言うと彼もまた少年と同様に大穴から出ていってしまった。
そして残されたグロウズは言葉では言い表せない感情を抱きながらも、今後、さらなる不穏な渦が巻き起こりそうな予感を感じて呆然と立ち尽くしていた。




