第百三十二話 最悪の可能性
主導権を握っていたユリンから、強引に手に入れたヨヨが、キュレアに対してまず聞きたいこと―――――それは、
「此度の【ルヴィーノ国】の暴走、どのようにお考えなのでしょうか?」
「暴走……というと、彼らが皇帝様に背く者たちと結束してクーデターを起こそうとしていることでしょうか?」
「その通りです」
「……彼らは確かに同じ魔族ですが、国としての関係性は断絶しております」
「故に、彼らが何をしようが【トパージョ国】には関係ないと……そういうことでしょうか?」
「……はい」
ジッと目を見つめるヨヨだが、キュレアは所在無げな感じで目を泳がせるキュレアを見て、彼女の意思は別のところにあるのではないかと判断できる。
「キュレア王、それはあなた個人のお考えでしょうか?」
「先程から聞いていれば、あなたはただのノウェム王の配下ではないのですか? 何の権限があってこの場で発言をしているのですか?」
厳しく追及してくるのはキュレアの隣に立っているユリンである。しかしそこはノウェムが答えてくれる。
「勘違いせずともよいぞ。ここにいるヨヨ・八継・クロウテイルは、余が雇った人間じゃ」
「雇った……? どういうことですか?」
するとノウェムが、ヨヨの屋敷へやって来た経緯から、その目的を話した。
「なるほど、お話は分かりました。つまりは今回の交渉役として彼女を起用したということですね?」
「そうじゃ。故にこの場での発言を許可してもらいたいのじゃ」
「…………」
さすがのユリンも、一国の王から嘆願されれば無下に扱うことはできないだろう。そう、こうなることも含めてヨヨはノウェムを連れてきたのだ。全ては交渉をスムーズに進めるために。
「……私はあくまでも王の側近です。すべては王のご意思のままに」
「……い、いいのユリン?」
「はい。ですが国と民のことをお考え下さり言葉にして下さい」
「……分かりました。…………ヨヨさんと仰いましたね?」
「はい」
キュレアがヨヨの目を真っ直ぐ見つめてくる。
「あなたは私の意志かどうかお聞きになりましたね?」
「その通りです。無礼を承知で言わせて頂きますと、今までの言動から、どうもキュレア王は、そちらにおられるユリン殿の顔色を窺い発言なさっているようにお見受けされました」
「本当に無礼ですね」
ユリンから冷淡な声音が響く。だがヨヨの言葉を受け、図星をつかれたようにキュレアの表情が強張るのも確認できた。それはヨヨだけでなく他の者にも伝わったことだろう。だからこそ、ユリンは苦々しく眉をひそめている。
「できれば、あなたの率直なご意見をお伺いしたいのです。本当に何もしないことが国のためになると思っているのかどうかを」
「……? 何もしないことが国のためになるのではないのですか?」
キュレアに策略や騙しなどは似合わない。真正直な彼女がそう言うのだから、恐らく心底そう思って言っているのだろう。
「……そうユリン殿に言われたのですか?」
「……ユリン?」
キュレアがユリンに目線を合わすと、彼女はやれやれといった感じで肩を竦める。
「……戦争に参加するということは、民が……国が疲弊するということです。仮に勝利を得たとしても犠牲者は少なからず出ます。ですが此度の提案に乗らなければ、誰も傷つかなくて済みます」
確かにユリンの言うことも一理はある。
「ただしユリン殿の仰ることは、最悪の事態を想定していない……いわゆる浅い考えだと私は思います」
「浅い考え? ヨヨさん、こう見えてもユリンはいつも国のことを考えてくれています。私には浅い考えだと思えないのですが?」
どうやら彼女はユリンに絶大な信頼を置き、国のすべてを任せ過ぎているようだ。そしてユリン、彼女も頼れない王を支え、一人で国を無傷で存続させようと必死でやってきた結果が、今の閉鎖的な国を生んでしまったのだろう。
しかしこれではいずれ国は潰されてしまう可能性が出てくる。その相手が同じ魔族か、他種族かは分からないが、他と交わらない彼らは小さくなっても大きくなることはない。
次第に弱体化していき、その隙を突かれて国を乗っ取られる可能性だって存在する。いや、恐らくユリンのことだから気づいてはいるだろう。
だが彼女の態度から、他国との交わりを極端に避けている意志が伝わってくる。調べてみれば、かつて【トパージョ国】は同じ魔族に裏切られて国が危ぶまれてしまった過去がある。
だからこそ、本当に信頼できる者にしか心を開かない国になり、それは身内になってきたのだろう。
ユリンも歯痒いのかもしれない。このままでは縮小していく国だが、鎖国状態を解放させることで、また裏切られる可能性が出てくる。そう思えば、ユリンが決断に渋ることも理解できる。彼女は確かに国のことを考えてはいるのだ。
「ユリンさんのお考えはご立派です。しかし、このままではいずれ滅びが訪れることも、ユリン殿は気づいているはずです」
「ほ、滅び!? ユ、ユリン!?」
キュレアは吃驚しつつユリンに顔を向ける。ユリンもまた額から一滴汗を流している。ヨヨの言葉が的を射ているので動揺しているようだ。
「穏やかな言葉ではありませんねヨヨ殿。何を根拠にそのような戯言を吐けるというのですか?」
「戯言と仰るならば、それほど顔は強張らないかと思いますが……ユリン殿?」
「っ!?」
「信じるということは確かにとても難しいことだと思います。過去にその信頼を一方的に裏切られているのであれば当然でしょう」
「…………」
「しかし、殻に閉じこもっているだけでは進歩は望めません。国を……民を真に考えるのであれば、ここにおられるノウェム王の手をお取り下さい」
「……しかし、信頼に足る根拠がありません」
ユリンは頑なに否定する。
「……キュレア王、あなたはどう思われますか?」
「え?」
「仮定のお話をさせて頂きます。もし仮に、クーデター阻止を実行して我々が敗北した場合のことです」
キュレアは黙ってヨヨの顔を見つめている。そんな彼女の喉がゴクリと鳴る。
「恐らく【ルヴィーノ国】の王が新たな皇帝となり、世界を支配します。そして恐らく、【ゾーアン大陸】に住む反勢力である【トパージョ国】は潰されます」
「なっ!?」
「ここだけではなく、【サフィール国】も潰されるでしょう」
「そ、そんな……」
「また仮に戦争に勝ったとしても、皇帝の耳にあなた方が助力を断ったことが入れば、もしかすると魔族討伐作戦が実行される可能性があります」
「……え?」
「次の反乱を出さないためにも、魔法を使える魔族を滅ぼそうと行動を起こすかもしれません」
キュレアはパッと皇帝の使いであるグロウズの顔を見つめる。グロウズもまた厳しい顔つきのまま目を静かに閉じて発言する。
「可能性としてなら……あり得ますな」
「っ!?」
グロウズの言葉にショックを受けたキュレアは顔を青ざめさせる。そしてユリンに助けを求めるように顔を向ける。しかしその前にヨヨが続ける。
「これを解消する方法はただ一つ」
ユリンに顔を向けたキュレアが再びヨヨに視線を戻す。
「我々が手を組み、【ルヴィーノ国】を討ち、クーデターを阻止することです。そうすれば少なくとも、【サフィール国】と【トパージョ国】は安全圏でしょう」
「…………」
「さあ、どうされますか……キュレア王?」




