第十一話 ニンテの勉強
今日は二話連続投稿です。
その頃、魔族の統率者を討ち倒した英雄として評価を受け、【ラスティア王国】にも大手を振って出迎えてもらった天川真雪は、今王国からかなり離れた位置にある【デストン】という街まで来ていた。
彼女は統率者を倒した赤髪の少年を探すためにこうして旅に出たのである。そしてその旅を勧めてくれたのは、他ならぬ日本でも親友として付き合っていた星守セイラだ。
少年を探す旅にも同行してくれているかけがえのない友である。
ここ【デストン】に来たのは幾つか理由がある。まず一つに、ここには港があり、各大陸を繋ぐ橋渡しをしてくれる。そしてもう一つ、ここにも【ラスティア】ほどではないが多くの種族が集まり交友しているので、様々な情報が得やすいのだ。
もしかしたらここにいる誰かが赤髪の少年について何か知っているかもしれないと思い、やって来たのだ。
しかしいろいろ二手に分かれて聞いてはみたが、ためになる情報はなかなか得られなかった。
「今、国じゃ大騒ぎしてるかなぁ」
「そうですね……えぅ、セイラたち、結構大胆なことしてますよね」
「何言ってるのよ。この旅を勧めてくれたのはセイラじゃない!」
「えぅ……それはそうなのですけど……」
「感謝してるんだからね私は!」
「真雪さん……」
「よし! 休憩終わり! とりあえずさ、別の大陸に行ってみない?」
「何か理由が?」
「ん~何となくこの大陸にはいないような気がしてさ」
「な、何となく……ですか?」
セイラは何か理由があると思っての発言だと思っていたのか、そうではないことを知り目をパチクリしている。
「うん、こう見えても結構勘当たるんだよ!」
えっへんといった感じでその大き過ぎる胸を張る。本来ならポヨンと盛大に揺れる二つの塊を拝めるのだが、今彼女たちは正体がバレないようにローブを身に纏っているのだ。
もし見つかってしまうと大騒ぎにもなるし、連れ戻されたりするかもしれないと危惧しての格好だった。
「あ~でも私の魔法がもうちょっと探索とかに向いてたらなぁ~」
口を尖らせて愚痴を溢す真雪。
「ふふ、そうですね。真雪さんのはどちらかというと攻撃主体ですしね」
「むぅ~セイラの魔法も確かに便利だけど、探索には不向きだしね」
二人の間にしばらく沈黙が流れるが、ふとセイラが思い出したようにハッとなる。
「そういえば……」
「ん? 何か思いついたの?」
「は、はい。確かあの人……」
「あの人って赤髪の人?」
「はい。その人なんですが、こちらに振り向いた時、燕尾服を着用していたような……」
「そうなの?」
どうやら真雪はハッキリとは確認していなかったようだ。
「はい。それに確かこうも仰ってました。お嬢様に叱られると……」
「お嬢様? ……だからどうしたの?」
「分かりませんか? 燕尾服を着用して、身近にお嬢様がいる。もしかしてその人は、そのお嬢様に仕えている使用人なのではないでしょうか?」
「……あ」
真雪もセイラの考えに衝撃が走るのを感じる。
「そ、それだよ! ということはアレだよね! えと……セレブ! しかも執事だよねきっと!」
「あ、はい。可能性としてですけど、もしかしたらお金持ちの家に厄介になられているのではないでしょうか。執事かどうかは分かりませんが」
「おお! 凄いよセイラ! あったま良い! まるで探偵さんみたいだよ!」
「あ、その、えへへ」
セイラも満更ではないのか照れ臭そうに微笑んでいる。
「それじゃこれから的を絞るのはセレブなんだね!」
「恐らく、その方が良いかと。その筋の方に、赤髪の執事を知らないかとお聞きすれば分かるかもしれません」
「よし! 善は急げだよ! まずは船に乗って東の大陸に行くよ!」
「は、はい!」
二人は道標を見つけた喜びではしゃいでいた。
「あれ? 皆さん、そんなところに集まって何をしているんですか?」
賊を討伐してから数日が何事も無く過ぎ、日々の淡々とした仕事をこなしていたソージは、昼過ぎ、まだ昼食を食べていなかったので何か腹に入れようと厨房に足を踏み入れた時、厨房のテーブルにメイドたちが椅子に腰かけているニンテを囲んでいた。
「あ、ソージじゃな~い」
そこにはソージの母親であるカイナもいた。見てみると、ニンテの眼前には一冊の本が置かれてあり、ニンテは「むむむ」といった感じで本を凝視している。
「実はね、ニンテったら今頃になってもっと世の中のこと知りたいですって言い出してね」
「へぇ」
「そんでちょうど休憩だから、みんなしてニンテにいろいろ教えてあげてるのよ~」
「なるほど。勉強ですか。それは良い心がけですね」
「そうね~、ニンテはずっと孤児院で暮らしてて世界情勢とかに疎かったし、良い機会かもね!」
カイナの言う通り、知識は無いよりあった方が断然良い。しかし気になるのはニンテが何故急にそのようなことを言い出したのかだが……。
「何でもね、あの子ったら、この前ソージたちに賊討伐についていったじゃない?」
「ええ」
「その時にね、世界は広いって気が付いたらしいのよ。このままじゃヨヨ様やソージ様のお役に立てませんって言ってね、私に泣きついてきたってわけ」
「そんなことが」
口を尖らせながら必死に勉強しているニンテを見つめるソージ。
「ホント純粋で可愛いんだからニンテは! それにしてもソージ? 女の子にそんなことを思わせるなんて、このこの、いつからそんな技術身に着けたのよ!」
ガシガシと肘で脇腹を突いてくる。
「い、痛いですよ母さん。それに技術も何も、オレはただお嬢様の言う通りに行動しただけですから」
「ふぅん、そのヨヨ様も何かあればソージは? とか、ソージに任せれば大丈夫よ。とかソージに意見を聞いてみるわ。とか、いつもいつもソージのこと。どうなの? 男としてはやっぱり嬉しいんじゃないの~?」
ニヤニヤ顔で顔を寄せてくるカイナの額に軽くデコピンとする。
「あうっ! う~もう何するのよ~」
「すみません、何かムカつきました」
「……それ謝ってないからね。とっても理不尽だからね」
「それより母さん、この間オレが作って保存しておいた酒が減っているんですが何か……」
「ああ~っ! ごっめ~ん、ちょっと用事思い出しちゃった! アハハ、じゃ~ね~!」
明らかに何かを誤魔化すように慌てて消え去っていく母。
(……今度減給しておこう)
そう心に決めたソージだった。
ふとニンテを見ると、紙に筆で文字を書いていた。ソージは静かに彼女に近づくと、
「ニンテ、その文字、間違ってますよ?」
「へ? あ、ほんとだぁ……ってソージ様!?」
他のメイドたちも気づいたようで姿勢を正している。
「文字は正しく書き取らないと駄目ですよ」
「あ、はいです!」
元気よく返事をする彼女を見ていると、ふと脳内にある人物がフラッシュバックする。その人物も、ハキハキして元気の良い少女だった。そして笑顔がとてもよく似合う。
(今頃何しているんだろうな~。普通に考えて、オレが死んでから十七年ほどか……もしかしたらもう誰かと結婚でもして、平和な家庭を築いているかもしれないなぁ)
少し遠い目をして、懐かしき前世では幼馴染であった天川真雪のことを思い出す。そして同時に彼女の豊か過ぎる胸も……。
(……アレが誰かのものになったとは……。とりあえずその男には何かドギツイ天罰でもくらうことを祈っておこう)
すると先程からニンテがこちらを見上げているのに気づく。
「どうかされましたか?」
「いえ、あのですねソージ様、ソージ様はどうしてそんなになんでもできるんです?」
それは本当に純粋な質問だった。あの濁り切った母親とは違い……いや、別に濁ってはいないのだが、最近の母親は少々めんどくさいと本気で思っていた。
「まあ、努力の賜ですね」
「じゃあニンテもいっぱいがんばればソージ様みたいになれるです?」
「それは分かりません」
「……そっかぁ」
ソージの言葉に残念とばかり肩を落とすニンテ。
「ですが、努力は必ず人を成長させます」
「…………」
「オレだって、最初から何でもできたわけじゃありません。お嬢様の執事として、恥ずかしくないように努めてきました」
「へぇ、そうだったんですね」
「ですから、ニンテも自分にできることをすれば良いと思います。そして、やりたいことを見つけるんです」
「やりたいこと……です?」
「ええ、夢、ともいいますね」
「……ソージ様はユメがあるんです?」
「もちろんです」
「それはなんです!」
キラキラした目を向けてきた。
「ん~それは秘密ということで」
「ええ~っ!」
ニンテだけではなく、その場にいたメイドたちも全員不満そうだった。
「あはは、いずれお話しますよ」
ソージは手を振ると、厨房から出て行った。出て行く最中、「よ~し! 頑張るぞ~!」というニンテの声を聞いて思わず頬が緩んだ。
ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ…………
何のために厨房に向かったのか忘れていたソージだった。




