第百二話 面倒事とお別れ
刃悟と善慈のせいでトラブルを持ち込んだということを追及し、とりあえず暴れられないように身体を拘束したアルビスを、《ハハム王立総学》へと送り返すように言った。
落ち度がある分、刃悟も強く言えないようだ。だが刃悟にも思いついたことがあるようで、善慈が一人でアルビスを送ることを提案するが、善慈は断固として首を縦には降らなかった。
こんなオッサンと二人きりで旅などしたくないとのことだ。それに刃悟のためにここまでやって来たのだから、刃悟も一緒に来ることを当然のごとく要求した。
その話を聞いた真雪から、善慈の言い分が正しいと言われ、明らかに愕然とした様子で落ち込みながら渋々了承した。
しかしソージと戦うために、トランテの情報収集を行ってくれたのもまた事実。なので今度会った時こそは、一度くらい手合せすることを約束すると単純な刃悟は「絶対だからなっ!」と言っていた。
こうしてアルビスを連れて刃悟と善慈は【南大陸・ダダネオ大陸】にある《ハム学》まで向かうことになった。
「刃悟くん! これ旅の途中に食べて!」
そう言って真雪が刃後に包みを渡していた。
「え? あ、そ、それって真雪が作ったのか?」
刃悟は真雪の厚意に動揺してどもっている。
「うん! また会おうね刃悟くん!」
「お、おう! ま、まあ機会があったらな」
「あら、ここに来たのも本当は真雪ちゃんに会うためにやってふがっ!?」
「ああそういや俺らはそろそろ行かなくちゃなんねんだわ!」
刃悟が慌てて善慈の口を塞ぎその先を言わせないように努めるが、
―――――――――ペロ。
ゾワッと刃悟の全身に寒気が走る。何故なら彼の手に生温かいねっとりとした感触が伝わったからだろう。
「テ、テメエ! 何舐めてんだよっ!」
「…………てへ!」
どうやら塞いでいた刃悟の手を善慈が舐めたようだ。
(うわ~それは最悪だなぁ)
ソージも当事者ではないのについ自分がやられた時のことを想像して身震いした。あんなオッサンに手なんか舐められたくはない。
「うふふ……お・い・し・か・った!」
「ふざけんなこの変態オカマ野郎がっ! ああもう! 何で俺のパートナーがこんな危ない奴なんだよぉ!」
刃悟は頭を抱えて盛大に首を振っている。
(でもいいのかな……頭抱えてるけど手にオッサンの唾がついてるんじゃ……)
彼のためにも言わないでおこうと心に決めたソージ。
「あはは! 相変わらず仲良いんだね!」
「ち、違うぞ真雪! 俺はこんな奴とは今すぐにでも別れたいと思ってる!」
「あらん、別れるなんて……やっぱり私たち今まで付き合ってたのね」
「そういう意味じゃねえぇぇぇぇっ!」
またも二人の夫婦漫才が始まっているようだが、ヨヨが一歩前に出て善慈に小袋を手渡す。
「ここに報酬金を入れておいたわ。今回のこと、礼を言うわね」
「あら、ありがたく頂戴するわ。ヨヨちゃんたちもお元気でね」
「ええ、あたなたちもね」
そしてソージの目の前には、力を込めるようにドシドシと近づいてくる刃悟がいた。そしてビシッと指を突きつけてくる。
「いいかソージ・アルカーサ! 今度会った時は絶対に俺が倒す!」
「あ~はいはい、一応覚えておきましょう」
「ふん!」
そして刃悟がチラチラと真雪を見て敵意を込めた視線をソージにぶつけてくる。
「そ、それとだな! 真雪を悲しませたりしたらこ、こ、殺すからなっ!」
「え? 私がそのようなことをするわけないではありませんか」
「そうだよ刃悟くん! 想くんは優しいよ?」
「いや、そのだな……つまり……」
「ん? どうしたの刃悟くん?」
真雪がその純真な瞳を刃悟に近づけると、ボフッと刃悟の顔から湯気が迸り、刃悟はいたたまれなくなったのか、地面に倒れているアルビスの襟を掴み上げるとそのまま走り出してしまう。
「と、とにかくそういうことだからなぁぁぁぁっ!」
そんな刃悟を楽しそうに眺めていた善慈がやれやれと肩を竦めて、
「それじゃまたね、みんな」
刃悟を追って歩き出して行った。
「バイバ~イ! 刃悟く~ん! 善慈さ~ん!」
真雪の言葉に応じて隣にいるセイラもまた頭を下げて見送っている。二人が去っていく後を眺めながらソージは、厄介事が先送りになって良かったなとホッとしていた。
刃悟たちを見送った後は、それぞれ自分の仕事をするために屋敷へと戻っていった。ソージの後ろには例のごとくシャイニーがトコトコとついていっている。最近ではピッタリと寄り添うのではなく、ソージの仕事を少し離れたところからジッと観察して、手伝えること、例えば掃除などに手を貸している。
まだそれほど産まれて日は経っていないが、それでもさすがに成長度が高いフェニーチェならではの学習力である。
だが彼女よりもまだ距離を取り、ソージの働く姿を見ている者が一人いる。敵意などは見当たらない。ただソージに話しかけたいのになかなかその機会に恵まれない様子で、踏ん切りがつかないのかもどかしそうな表情である。
そんな彼女の背後から声が飛ばされる。
「姫様、何を先程からストーキングしてるんですか?」
黄色いツインテールとそばかすが特徴のオルルだった。彼女は呆れたように半目を目の前にいる少女―――コーランを見つめている。
「オ、オルル!? い、いきなり声をかけるな! 驚くではないか!」
咄嗟に振り向き薄桃色の髪を盛大に揺らす。その整った顔が驚きに満ちてしまっている。
「はぁ、お話されたいのであれば、私が次の休憩の時にでも姫様とお話して下さるようにお頼みしましょうか?」
「い、いや……別に私はソージを見ていたわけではないぞ?」
図星をつかれたのに、まだ誤魔化せると思っているのか挙動不審気味に目を泳がしているコーランに、オルルは駄目だコイツと言わんばかりに溜め息を吐く。
「いいですか姫様。ソージ様はお忙しい身です。ですが姫様が望まれればきっと時間を作って下さいますよ? 素直にならなければこのままズルズルと時間だけが過ぎていって姫様の存在自体を忘れ去られて……」
「ダ、ダメだそれはっ!」
「あ、姫様っ!」
突然コーランがソージのもとへ走り去って行き、ソージの目前に現れると、
「わ、忘れてはダメだぞソージッ!」
何と的外れで意味の分からない叫びを発した。無論ソージはキョトンとしながら、
「……はい?」
当然のごとく首を傾げていた。
仕方無くオルルが二人のもとへ向かい、コーランがソージと話したいという旨を伝えた。
「ああ、そうですね。まだ会ってその機会もなかなか持てなくてすみませんでした」
「いえ、ソージ様も業務がありますから仕方ありません。いきなり訪問した私たちが悪いのですから」
「いえいえ、とても嬉しかったですよ。それにコーラン様にはもう一度お会いしてみたかったですし」
「そ、そうなのか!」
コーランが嬉しそうに破顔する。
「ええ、もう少しで仕事も一段落しますので客室の方でお待ち下さい。そこで是非これまでのお話なんかをして楽しみましょうか」
「う、うむ! 楽しみにしているぞ! 向かうぞオルル!」
「あ、姫様! で、ではソージ様、お待ちしていますね」
二人は客室へと向かって行った。それを見守っていると足元にシャイニーがやって来て顔を見上げてくるので彼女の頭をそっと撫でる。
「えへへ~パーパ~」
やっぱりまだまだ甘え足りないのかソージに「だっこ~」とねだり抱っこされている。昼過ぎの時間帯、いつもならそろそろ寝てしまう時間である。
こうしてシャイニーを抱えながら背中を優しくポンポンと叩くと、すぐに目を閉じて気持ち良さそうに寝息を立て始める。
完全に寝付くまではそれほどかからないので、彼女を抱えながらソージは自室へと向かって行く。その間に彼女は深い眠りの中へ意識を沈めていくのだ。
ソージの期待通り、部屋の前に辿り着くとシャイニーから規則正しい寝息が聞こえてくる。
「あはは、寝たようだな」
ソージはベッドの上に彼女を寝かせる。可愛らしい寝顔を見ていると和みを覚える。特に物欲しそうに親指を咥える姿を見ると誰もが胸キュンだろう。
もう一度彼女のふんわりとした赤い髪を一撫でしてから音を立てずに部屋から出ていった。




