84 ものづくり指導2
「じゃあ次はロロロさんの裁縫を見させてもらいますね」
「はい……」
小さな声で返事をしたロロロさんは裁縫台に座り、セットに付属の雑生地と裁縫道具を前にメニューを開く。この後はもうお察しだが、いくつかのタップの後に一瞬で完成したワンピースは……なんというか左右のバランスが悪いし、縫い目の粗さも目立つ粗悪品だった。
なるほど、こんな感じに劣化するのか。これだとまともに着用できる物を作るのは難しい。雑巾ぐらいだったら多少粗悪品でも問題ないだろうが、ゲーム内で雑巾は多分使わない。
「わかりました。では、ロロロさんもしっかりと手順を踏んで手作業で……そうですね、スカートを一枚作製してみましょうか。あ、心配しなくても大丈夫ですよ。ちゃんとやればスキルも取得できると思いますし、可愛いお洋服や装備も作れるようになりますから」
「うん」
見るからに粗悪品のワンピースを作ってしまったことで落ち込んでいたロロロさんが、はっきりと大丈夫と言い切った私の言葉に嬉しそうに返事をする。ロロロさんはもしかしたら、もともと縫物、もしくは可愛い服そのものが好きなのかも。
それならご期待に沿えるようにしっかりと協力しよう。
「では、最初は私がやります。まずは型紙を作りますけど……ウエストはとりあえず60センチにしますね」
どうせなら誰かに試着してもらいたいけど、ゲーム内とはいえスリーサイズを聞く勇気はない。現実世界だと60センチは微妙なラインかも知れないが、女性がゲーム内でわざわざ太めのキャラを使う可能性は低い気がするからとりあえずこの辺。
今回は指導なのでデザインや形に変なアドリブは入れずに膝丈くらいのフレアスカートを作ることにする。作成の工程はざっくりとすればたったの三つ。
1.型紙を作る。
2.生地を裁断する。
3.縫う。
ようはこれを全て手作業でやればいい。
裁縫セットに備え付けの型紙用紙を取り出し、専用の道具と木炭を利用したペンで型紙を作る。
型紙ができたらそれに合わせて生地を裁断。
裁断した生地を針と糸で手縫い。難しいのはウエストを多少調整できるように紐で縛って留める形にする部分だけど、私は修行の成果とスキルの補正もあってかなりの速さでスカートが完成。
ぱちぱちぱちぱち
私の手が止まったと同時に聞こえた音に視線を向けると、作業を見ていたロロロさんが目を輝かせて小さな拍手をしてくれていた。
今までは裁縫も達人だったおかみさんやニジンさんに駄目出しをされることが多かったので、素直に称賛されるのはちょっと嬉しい。
「ありがとうございます。【裁縫】スキルを取得するまではちょっと大変かも知れませんけど、何度か作れば取れるはずなので頑張ってみてください。このスカートはさしあげますので、分解して練習用に再利用してもいいですよ」
素材もただの布だし、デザインも凝ってない。効果もただのお手本のつもりだったから自然に付いてしまったVIT+1しかない。裁縫の場合、手作業で作ったものは手作業でなら分解できるので裁断した直後までは戻すことができる。
鍛冶だとさすがに武器から使用前の鉱石に戻すことはできないけど、打ち直すことは可能なのでリイドでは練習のために同じ鉄で何度も剣を打ったっけ。
ところがロロロさんは私の作ったスカートを手に取ると、ふるふると首を横に振った。
「……だめ。勿体ない」
「でも、一度ばらしてから縫い合わせた方がわかりやすいですよ?」
「大丈夫、ちゃんと見てたから」
作業工程をちゃんと見ていてくれたのは嬉しいし、私が作った物を大事にしてくれるのも嬉しい。となれば、私にその意見を覆すだけの理由はない。
「わかりました、それではここにあるものは自由に使っていいのでスキルを取得できるようにいろいろ試してみてください」
私の言葉に嬉しそうに頷いたロロロさんがやる気に満ちた目で作業台に向かう。私はその姿を見て、リイドでの私もこんな感じだったのかなと思いちょっと感慨深い。
そのあとチヅルさんの肉の下処理について指導をしてしまうと、しばらくは本人たちが頑張る時間なので、ファムリナさんと親方の様子を見に行く。
「駄目だ駄目だ! そんな槌捌きじゃせっかくの【鍛冶】スキルが泣くぞ! いいか! よく見てろ。ただ槌を振り下ろすんじゃねぇ、作りたい物を常に心に描くんだ! 漫然とじゃねぇぞ、自分の目指す最高傑作品をだ! それに向かって槌を振り続ければだんだんとどこにどうやって槌を振ればいいのかが見えてくるようになるんだ!」
「なるほど、こうか!」
「違う! もっと魂を込めろ!」
「こうか!」
うん、いつも通りの親方の指導だった。
親方の言っていることはそれっぽく聞こえるが実は結構適当だったりする。内容もちょくちょく変わるしね……。
ただ、親方のガチな指導に伴う勢いと熱量に真剣に向き合うと、不思議なことになんとなく親方が言いたいことが肌で分かるようになってくる。【鍛冶】のスキルレベルが上がるときはそれが実感できた時が多かったっけ。
とりあえず、今の親方たちには話しかけられないのでそのままスルーしてファムリナさんたちの方へと向かう。
「あれ?」
思わず疑問の声を漏らした私が、そこで目にしたのはレイチェルさんに【彫金】を指導するファムリナさんと、ミルキーさんに【木工】を指導するモックさんの姿だった。




