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STIGMATA  作者: maria
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 「それにさ、」ユウコは続ける。「アオイちゃんの顔、これきっと神様からの贈物よ。」

 タツキは息を呑んだ。

 「あのね、私行っている大学ってカトリックなの。入学して間もない頃だったかな……、宗教の授業で勉強した。昔から信仰心厚い人の体には痣ができて、聖人って言われて崇拝の対象にさえなる。その証の痣は『スティグマータ』って言ってね、神様から特別愛されているっていう証拠なの。色々心配かもしれないけれど、絶対大丈夫。こんなに賢くって可愛いんだもの。ねえ、あなたもそう思っているでしょう?」

 タツキは自然と肯いていた。アオイは可愛い。美人だと言われていた姉にそっくりな顔つきをして、それでいて三歳でひらがなもほぼマスターしているのだ。頭もいい。もしかすると自分がどんなにあがいてもなれなかった医者にだってなれるかもしれない。今までアオイの将来を思っては悲嘆してばかりいたけれど、もしかするとそれは杞憂なのではないか。本当に神からの寵愛の証なのだとすれば――、そう思うとタツキは長い吐息が出た。


 いよいよ開場となった。ユウコは声を張り上げて「1番から10番の方、順番にどうぞー!」と階段に並ぶ黒尽くめの観客たちに向かい叫んだ。

 「どうじょー!」アオイも真剣そのものの顔つきで隣でそれに続く。

 1番のチケットを握りしめていた先頭の観客が、案の定アオイを見て体を固くした。

 「お目当てのバンドはどちらでしょうか。」ユウコがチケットを受け取りながら淡々と尋ねる。

 「……えっと、I AM KILLED……。あ、これ。」観客の男は受付に貼られていたアオイの書いた画用紙に見入った。

 「ありがとうございます。」

 「あーとう、……じゃまーす!」

 男も思わず「あ、ありがとうございます。」と小さく頭を下げてドリンク代を払い、ちらちらと見返りながら中へと入って行く。二番、三番とほぼ同じ様相でそれが繰り返された。

 「あの、これって……。」数人目の男が、アオイの書いた「あいあむきるど」の文字を指差した。

 「あ、はい、この子が書きました。バンドのイラスト担当なんです。」

 「……上手ですね。」髪の長い、一見して強面の男は顔を歪めるようにして微笑んだ。

 アオイは嬉しさに口を窄めた。

 客たちは普段通り、何の問題もなく受付を通過していく。タツキが思案したような、アオイの痣を注視するような人間は幸運にも一人もいなかった。誰もがユウコに倣って挨拶をし、お礼を言うアオイに微笑まし気な目を向けて中へと入っていく。

 「アオイちゃん、しっかり受付嬢やってるみてえだぞ。」

 レンにそう言われ、楽屋でギターを一応爪弾きながらも心ここにあらずであったタツキは、ほっと安堵に胸をなでおろした。

 「俺らもしっかり本番やってやんねえとな。」

 「……そうだな。」

 「何か俺、今日のライブ、絶対ぇ成功する気がすんだよ。」

 タツキは訝し気にレンを見た。

 「否、何となくだけど。」レンは照れ笑いを浮かべていた。その笑みを見ながら、タツキはアオイの痣、スティグマータが神からの寵愛の証であるというユウコの言葉を思い返していた。

 「そろそろ最初のバンドが始まるみてえだぞ。」コウキがステージを見ながら呟いた。

 「ああ。」タツキも眩げにライトの灯るステージを見詰めた。


 結果から言えば、ライブは大成功裏に終わった。初めての土地であったが、客も最後のI AM KILLEDの出番まで増え続ける一方で、僅かのみ用意した当日券も即座に完売、ツアー中最高の盛り上がりを見せたと言って過言ではなかった。

 他のバンドからも、ライブハウスの関係者からも頻りに打ち上げに誘われたものの、今日中に帰らねばならないから、アオイがいるからと断り、どうにか帰途に着くことを許された程であった。

 機材の搬入も無事終わり、メンバーはアオイの寝床を作り、乗り込んでいく。

「ユウコさん、ありがとうございました。」タツキは改めて頭を下げる。

 「あら、別に何にもしてないけど。……アオイちゃん、また遊びに来てね。」

 「うん。」アオイは差し伸べられたユウコの手を握った。

 「おうち帰ったら清さんに、大きい声でちゃんと『ただいま』言ってね。」タツキから聞き、ユウコもアオイが今日の今日、緘黙を克服したことを知っているのである。

 「たーいま。」

 「ああ、私も見てみたいな。清さんどれだけびっくりしちゃうだろう。」

 「俺らも見てみてえ。」レンが言い、「清さんが引っくり返った時の支え役として付いていくか。」コウキも笑った。

 タツキは再び丁重に店長とユウコに礼を言うと、機材を詰め込み終えたバンに乗り込んだ。帰りは自分が運転手である。

 「じゃあ、本当にありがとうございました。」

 「気を付けてね。」

 アオイも何かを感じ取るのかつまらなさそうな顔になり、ユウコを見詰める。

 「ほら、アオイ、ユウコさんにバイバイだ。バイバイっつって手振るの。」

 アオイはタツキにそう促されたものの、そっぽを向いてスケッチブックを捲り出した。

 「すんませんね。眠くて不機嫌なのかな。清さんがついてれば、こんな態度しねえんだけど。」

 「そりゃもう夜遅いしね。子供はちゃんと寝ないと成長できないから、帰りはちゃんと寝かして帰ってね。あなたたち車中で騒いじゃダメよ。」

 「わかってますよ。」コウキはアオイのためにチャイルドシートを設置した後部座席を振り返った。「もう準備はバッチリ。」

 「じゃあ、本当に世話んなりました。また絶対来ますから。」

 「じゃあね。」

 その時だった。アオイがぶつけるようにしてスケッチブックを窓に押し付けたのは。

 「わあ。」ユウコは目を丸くし、一気に破顔した。スケッチブックには大きな字で「ゆこ」と書かれていたのである。

 アオイは睨むような眼差しでユウコを見詰めていた。

 「アオイちゃん、アオイちゃん、ありがとう。ありがとうね!」

 「あーとう、ね!」アオイはそう叫ぶと、ぐしゃりと潰れるように泣き出した。釣られてユウコの瞳からも涙が零れ落ちた。

 とても見ていられないタツキは慌てて「じゃあ、ユウコさんありがとうございました。失礼します。」そう言うと、アクセルを踏みだした。

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