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STIGMATA  作者: maria
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 「どうもありがとう。あのな、こういうCDショップでのインストアライブっつうのはここ皮切りに東京と名古屋、とあと大阪か、でやるんだけど、ライブハウスとかでライブやる気はねえんだ。」

 「ええ。」非難の声が上がる。

 「まあ、そう言ってくれんのはありがてえんだが、……まだまだオールド弾きこなせてねえから。メタルばっかやってたっつうのは言い訳になっちまうが、いつか、こいつの主が弾いていたあの音に近づけたら、考えるよ。ま、だから当分はやんねえな。その内ミリアが復帰したらバンド始めるし。じゃあ、今日はわざわざ来てくれてありがとう。次はバンドで来ます。よろしく。」

 そう言ってリョウは手を振り、ステージ奥へと戻っていった。観客たちは満足げに散り散りに店を去っていく。

 「凄かったすね……。」タツキの声は皴枯れていた。

 「あれでギター弾きこなせてねえなんつったら、俺らは一体どうなんだ。」

 「本当に。」タツキは苦笑しながら頷く。

 「リョウさんがバンドで売れてもレッスンやめねえのって、きっとそういう向上心、みてえなのがあるんだろうな。やっぱ人にモノ教えるっつうのは、自分も向上してねえとさ、無理だろうし。」

 「そういうもんですかね。」

 そんな会話をしているとステージ脇の扉が開き、そこからリョウがぬっと顔を出した。二人を見つけるなり、「お待たせ、昼飯食いに行こうぜ。」とギターの入ったハードケースを持ち上げた。

 「リョウさん、凄いすね。」ヒロキが悔しさと嬉しさの入り混じった笑みを湛える。

 「まあ、高ぇギターだかんな。ソロっつっても要はこの音を聴かせてやりてえっつうだけだ。そうそうそこいらにはねえギターだからな。」

 「否、リョウさんのプレイのことですよ。バンドとはまた全然違って、凄かったですよ。」

 「んな訳ねえよ。主はもっと凄かったぜ。」

 そう言ってリョウは二人を従え歩き出す。

 「主っていうのは、ミリアさんのお父さんですか。」

 「そうそう、ジュンヤさんな。俺な、初めてジャズギタリストのライブっつうモンに行ったんだよ。したらマジで、ビビった。ギターが鳴ってんだもん。歌ってるっつった方がいいかな。とにかく、ギターの野郎、こんな顔しやがんのかって感じだ。」

 二人は噴き出す。

 「あれすか、元カノが新しい男とデートしてる現場にばったり出くわして、そん時に、てめえにゃ碌に見せもしなかっためちゃめちゃ笑顔だった、みてえな。」

 「知らん。」言下に発する。「んなモンは知らん。」

 「多分おんなじ感情持ちましたよ。リョウさんのギターに。」

 「嗚呼、違ぇ。マジ、こんなモンじゃねえんだよ。ああ、聴かせたかったなあ。ジュンヤさんの生のギター。ギターの可能性ってここまであんのかって、目から鱗が落ちた。どうにかあがいてここ数か月努力はしてみたけど、正直まだまだだな。俺は幾つまで長生きすりゃあいいんだって思うよ。あんな風にギター鳴らせるようになるまではな。んで、旨い飯屋はどこ。」

 「駅前のすぐそこですよ。こいつの友達の店で。昨日みんなで来てあまりの旨さに、絶対リョウさん連れてこようって。」

 「おお、おお、マジか。楽しみだな。」

 三人が店に入るなり、ダイキが厨房から顔を覗かせた。「いらっしゃいませ。」

 「昨日も今日も世話んなって悪いな。」

 「何言ってんだ、客は偉そうにふんぞり返ってろ。」そう小声で呟くと、「三名様ご来店、どうぞこちらへ。」と昨夜と同じ座敷に案内した。

 「すんませんね。表の予約席取れなくて。でもまあ、その分飯の方でサービスさして貰いますから。」

 「いやいやいや、こっちこそ無理言っちまって。どうしてもリョウさんにここの飯食わしたかったモンですから。」

 「ありがとうな。」リョウは珍し気に店内を見回す。「いい雰囲気の店じゃねえか。」

 「こちらが有名な歌手の方ですか。」ダイキが恐る恐る尋ねた。

 リョウはぎょっとして、「有名でも歌手でも何でもねえ。」と身を仰け反らせる。

 「ジャパニーズメロデス界の重鎮って言われてて、でも今日はギタリストの方だな。普段は歌いながらギター弾いてんだ。」タツキが自慢げに答える。

 「はあ、凄いすね。すんません、俺、全然そういうの、疎くって。」

 「タツキを見出して、おんなじステージに上げてくれて、それで名前を売ってくれた大恩人だ。」ヒロキが付言する。

 ダイキは見る見る険しい顔付きになり、「そういう訳じゃあ、『どうも毎度あざす』で帰す訳にはいかねえ。旨さに引っ繰り返って貰わねえと。よっし。」と、何やら決意したようにして立ち上がり、身を翻して厨房へと消えた。

 「今日、タツキはこれから次の場所だろ。」

 「そうですね。飯食ったら出ます。」

 「次はどこだ。」

 「A市です。Aの、たしか、ギャングウェイっつうライブハウス。」

 「聞いたことあんな。やったことあるかもしんねえ。」

 「リョウさんも、日本国中回ってんですね。」

 「そうだな。北海道から沖縄まで行ったかんな。多分行ったことのねえ県はねえ。」

 「どこが一番印象的でしたか。」

 「んなの全部だろ。」

 「どこだって俺らのこと待ってて、来てくれんだから。どこだって最高なんだよ。」

 二人は目を丸くした。

 その時リョウの腰ポケットから携帯が鳴り響いた。

 「済まねえな。」そう断ってから取ると、「リョウ!」甲高い声が響いた。

 「ああ、どした。」

 「ライブ終わった?」

 「ああ、終わった終わった。今、飯食ってるとこ。で、どした。」

 「どうもしないわよう。リュウちゃんが寝たの。」

 「そうか、良かったな。お前も昼寝すれば。」

 「でもお洗濯しなきゃ。」

 「洗濯なんざしなくたって死にゃしねえだろ。」

「じゃ、お昼寝しよかな。」

 「そうだそうだ。昼夜寝ねえで起きてたら人は死ぬぞ。」

 「死にたくないわよう。まだリュウちゃんこーんな、小っちゃいのに。」

 「だろ。」

 「リョウは何時に帰ってくんの。」

 「今からこっちで飯食って、新幹線乗って帰るから夕方には戻るよ。」

 「そう。気を付けてね。」

「何か欲しいのあるか。土産。」

「そんなのはね、ないの。」

「そっか。」

「じゃあね。ばいばい。」要は何の用件もないのである。

 いつの間にやら傾聴していた二人に、リョウは瞠目する。

 「リョウさん、ラブラブですね。」

 「どこがだよ。」

 「小まめに電話し合ってんですか。」

 「まあ、そうだな。」さすがにこの電話を聞かれて否定はできない。

 「ミリアさん美人で一途で、いいですね。」

 「そりゃどうも。」

 「結婚前とかさぞかしモテたでしょうね。あ、でも、その頃からリョウさん一筋ですもんね。他の男なんざ見向きもしないか。」

 「インプリンティングっつうらしいぞ。」

 「インプリ……? 何ですか、それ。」

 「鳥の雛が、産まれて最初に見た動くものを親だと思い込んで、どこでも何でも付いて行っちまうこと。」

 タツキとヒロキはぶっと笑った。

 「そっか。ミリアさん子供の頃からリョウさんと一緒なんですもんね。」

 「そうだぞ、六歳だぞ。小学校入ったばっかり。そん時に俺んち来て。いきなり、バンドのリハ終えて家帰ったら、玄関の前で子供が寝てんだもん。俺は肝座ってる方だと思うけどな、ありゃあ焦った。」

 「ミリアさん、寝てたんすか。」

 「そうだ。一体何だって思うだろ。何度見ても間違いなく俺んちの前だしよお。で、真っ先に考えたのは知らねえうちにこさえちまった、てめえのガキかってことだ。いつだどいつだ、って必死んなって考えてな。で、次に考えたのが、ガキが単に家間違えたのかなってな。でも、まあ、とにかく起こすわな。起こしたら寝ぼけてやがってさあ、ぎゃあぎゃあ騒ぐの喚くの。ライブ近ぇんだから犯罪者にすんのは止めてくれって、どうにか宥めて家ん中入れて。最初からあいつには振り回されっぱなしだった。」

 「お待たせしましたー。」そこに、元気よくダイキが見事な彩色の大皿を抱えて戻って来る。

 「おお。」リョウは目を丸くした。

 「鯛の刺身です。」

 「マジかよ。」大皿には真っ赤な鯛の頭と、美しい切り身が並んでいた。

 「どうぞ今後もタツキを宜しくお願いします。」

 「お前、こんなん!」タツキ自身も瞠目した。

 「今日の夜、予約のお客様の座敷で出そうと思ってたんだけど、ちょうどいいのが余分に一匹入ったから。つうか、こっちの方が身がしまってて旨そうだったから。」照れたように言って、リョウに向き合う。「こいつは本当、昔からピアノ巧くて、音楽が大好きで。それで、きっとこれから色んな人幸せにできる奴だと思うんです。なので、どうぞ宜しくお願いします。」

 「んなのは十分わかってる。」リョウはにっと笑った。「こいつの曲とギターには信念がある。だから引っ張った。でもな、俺がこいつのためにできることは正直もうあんまねえんだよ。むしろこいつが俺に刺激をくれんだ。こいつの曲聴くと俺ももっといい曲書かねえととか、凄ぇプレイ見せられるようにしねえと、とか。昨日もレッスン入ってなけりゃあライブ来たんだけどなあ。」

 「また、東京でやるんでその時来て下さいよ。」

 「ああ。」

 ダイキは安堵の笑みを浮かべた。

 三人は丁重に「いただきます」と頭を下げ、端を取った。昨夜にも劣らず料理はどれも格別の味で、特に初めてのリョウは驚嘆しっ放しであった。

 「いやあ、今まで食った中で一番旨い飯だ。間違いねえ。」

 「俺がライブハウスで寝起きしてる時に、ダイキは料亭で修行してたんですよ。」

 「やるなあ。」リョウは感嘆しながらも箸を休めることはない。

 「これ、何だ。俺は初めて食ったぞ。」

 「ホヤ酢です。鮮度が大事なんであんまり東京じゃあ見ないんじゃないですかね。」ダイキは自慢げに微笑んだ。

 「たしかに。初めて食った。……お前の故郷はいい所だなあ。」リョウはタツキに笑いかけた。

 「ええ。」そう答えるのに最早躊躇いはなかった。「滅茶苦茶、いい所なんです。」


 三人はひとしきり出された料理を感嘆しながら全て完食し切ると、タツキは次なるライブハウスへ、リョウとヒロキは東京へと、袂を分かちた。

 「頑張ってこいよ。」

ホテル前に停車したバンの窓越しにそうリョウから声を掛けられ、タツキは助手席から身を乗り出しリョウを抱き締めた。

 「何だ、何だ。」

 「俺、ここでライブやってなんか変わったような気がするんです。きっと東京戻ったらいいライブができると思う。だから絶対来て下さい。」

 「わーかったわーかった。」子供をあやすようにリョウはタツキの頭を荒々しく撫で回した。

 「お前な、リョウさんとこ、子どもちっちぇえんだから無理言うなよ……。ミリアさんに恨まれるぞ。」コウキが苦言を呈す。

 「まあ、……大丈夫だろ。こんな旨そうなミリアへの土産も貰ったし、俺も帰ったらリュウの世話すっから。」

 そう答えるリョウの手には、ダイキからほぼ無理矢理の形で握らされた、自慢の押し寿司があった。

 「じゃあ、また。」

 「ああ、頑張ってな。」

 バンは名残惜しそうに、四人を乗せて次なる目的地へと走り去っていく。

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